病院組織全体に影響する看護部長人事。どのように選ぶべきか―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(11)

病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

看護部人事を看護部任せにしすぎない

前回、「組織変革には看護部を味方につけることが重要である」とお伝えしました。

看護部のような指揮命令系統が一元化されたピラミッド型組織は、軍隊から派生したようです。トップに立つ看護部長の資質が重要であることは、容易に想像できます。

今回は、病院長として「看護部長はどのような人を、どのように選ぶべきか」ということをお話したいと思います。

まず、病院の看護部組織の特徴について整理してみましょう。

看護師を広く募集していても、勤務者が特定の学校出身者に偏ってしまう病院は珍しくありません。看護師育成のための教育機関を有していたり、地域性等によって特定の学校からの入職が多くなったりこともあります。さらに奨学金貸与者の対象が特定学校に偏ることも少なくないようです。

同じ価値観を持った人材が集まると組織として管理しやすい半面、異なる価値観・意見が取り入れられにくくなり、視野が狭くなる危険性があります。

また、管理職人事は前任者の意見が尊重されることが多いため、年功序列・予定調和の登用では組織の視野が広がる機会はなかなか訪れません。

看護部トップの人事は、病院全体のパフォーマンスに影響を及ぼします。

看護部長・副部長クラスの人事は看護部任せにしすぎず、時には病院長が関与する姿勢も必要だと思います。

スペシャリスト?ジェネラリスト?看護部長に求められる資質とは

まず、管理職やトップの候補者として名前が挙がりやすいのは看護部内からの評価が高い人です。

看護部は院内でも圧倒的に人数が多い部門ですから、部署内で疎まれている人では組織を統率することはできません。しかし私は、看護部内で評判のよい人が必ずしもトップとして適任とは言えない、と考えています。自部署に厳しい発言をしたり、客観的に判断したりできない可能性があるからです。

また、看護部組織を束ねる人材として「スペシャリストがよいか」「ジェネラリストがよいか」というのもよく起こる議論です。

医療において専門性が重視される時代ですから、「認定・専門看護師などのトレーニングを受けてきた人材が望ましい」という考えはあります。ただ、そんな人材が専門性を重視する組織管理を行った場合、皆が専門家を目指しローテーションがしづらくなるなどの問題が生じるかもしれません。

一方でジェネラル人材を登用した病院の場合、認定看護管理者教育課程「サードレベル」などの管理者研修を受けた方を選ぶことが多いようです。

管理者を育てる上でこのような教育は有効ですし、私もサードレベルの講師を担当しており、優れた教育機会だと思っています。しかし、あくまでこれらは看護部の論理が重視される研修です。多職種との高度な調整が求められる、看護部長職の十分条件にはなり得ないように感じます。

看護部長は、高度な専門性や管理者研修で学んだ知識を持っているだけでは不十分です。何より求められるのは、リーダーシップとバランス感覚を兼ね備えていること。それは医師であれ、看護師であれ、組織を牽引する方に求められる資質と言えるでしょう。

抜擢人事が、スタッフ・組織を成長させることもある

もし病院長が看護部長の人事に積極的に関与できるなら、ぜひ病院長と共に歩み、病院の発展のためにタッグを組める人を選んでいただきたいです。

組織内部(看護部内)だけではなく、病院全体を見据えた客観的な発想・発言ができる人、病院長にも「No」と言える人です。

そのような人材が院内にいて、看護部内でも高い評価を受けていれば人選は容易なのですが、現実はそうとは限りません。

今すぐに適任者が見つからないのであれば、中長期的に育成する視点を持ちましょう。

病院全体を見据えた発想・発言ができる看護師を育てる一つの方法として、法人本部などの中枢組織・外部機関で一定期間、経験を積んでもらうことはよくあることです。その後、看護部に戻り、副部長を経て看護部長に就任し、活躍できれば理想的です。

院内で適任者を探すことが難しいことも多々あり、その場合には外部からの募集を検討することが望ましいでしょう。ただ、ピラミッド型組織のトップ候補として外から飛び込んでくる人は極めて稀ですので、あらゆる人脈等を駆使して人材を募ることが大切です。看護部内での信任が得られないリスクをはらんでいるという点も留意しましょう。

また、院内で人選する際は年功序列になりがちですが、若手の抜擢が組織の活性化につながることも多いです。

ただし、これまでの慣例を越えた大抜擢は、看護部内外からの風当たりが極めて強くなります。せっかくいい人材を選んでも、抵抗勢力の信任を得られず、退却せざるを得なくなるのは非常に残念です。新看護部長を、病院長を中心に病院全体で支えていく覚悟を持ってください。

支えると言っても、甘やかしたり、馴れ合いの関係になったりするという意味ではありません。看護部長が「病院長の信任を得ている」という意識を過剰に持ち、独善的になってしまい、本来の力が発揮されなくなる可能性もあります。看護部長とは常に緊張感を持った関係性を保つことが、互いの成長につながるでしょう。

院外や若手からの登用など、大抜擢はリスクを伴います。しかし、病院長には「組織の成長のために実行しなければならない」と判断する局面も訪れるはずです。

年功序列人事という、予定調和の温室で育ってきたスタッフたちにとって、外からの風・若い風は厳しく感じるかもしれませんが、無風状態で筋肉質の組織をつくることは難しいと心得てください。

多くの医療職は、自らの成長のために最善を尽くすことができます。スタッフたちは風に揉まれ、揺らぎながら自らの体幹を鍛えていくはずです。スタッフを信じ、必要なときには「看護部・病院組織の成長のために風を吹かせる」という決断ができる病院長になっていただきたいと思います。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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