赤字体質の病院を「筋肉質で稼げる組織」に変える方法―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(8)

病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

病院の財務状況は、提供する「医療の質」にも影響を与える

もしあなたが企業の経営者なら、株主などの利害関係者の期待に沿うためにも最大利益を追求することは重要でしょう。しかし、病院経営者の場合はあるべき姿とはいえません。医療は、お金儲けのために行うものではないからです。

とは言え、一定の経済的利益が得られなければ、適切なヒトの採用や設備投資・更新が行えないのも事実です。今は質の高い医療を提供できていたとしても、財務がマイナスでは、やりたい医療・やるべき医療に制約が出てくるはずです。

現場が「絶対に実施した方がいい」と判断したことも、法人本部や事務長などが財政を理由にストップをかけるケースは珍しくありません。一つ例を出したいと思います。

私は、予定入院患者の円滑な受け入れのためには、PFM(Patient Flow Management)に関連する入院時支援加算の届出を行い、入院前からの患者情報取得や支援計画の策定などができる体制を整えることが必須だと考えています。中長期的には、多くの病院で実施されることになるでしょう。
しかし赤字病院の経営層は、診療報酬で得られる目先の加算金額と人件費を比較して「ペイしない活動」と捉え、二の足を踏んでしまいます。

このような加算を速やかに導入できるかどうかは、経営者の力量・価値観だけでなく、財務状況によることが多いのです。

では赤字病院を、“筋肉質で稼げる組織”に変容していくにはどうしたらいいのでしょう。

1. 単年度予算の達成にとらわれず、中長期的な視点を忘れない

稼げる組織にするために、私が常に念頭に置いている3つのポイントをお伝えします。

1つ目は、目先にとらわれ過ぎず、中長期の視点を持つことです。

病院長にとって、年度予算の達成は重要な責務の一つですから、常にそのプレッシャーを感じていることかと思います。しかし、単年度の実績にとらわれ過ぎると視野が狭くなり、目指している将来像とのズレが生じても気づきません。
そうした病院長の姿勢が定着すると、組織もそれに従うことになりますから、ズレの拡大に歯止めがかからなくなります。やがて何年もたってから、描いていた将来像と現実がかけ離れていることに気づくのです。

病院経営にとって利益はあくまで結果であり、ゴール(目的)ではないと、私は考えています。短期の視点にこだわると、どうしても患者数ばかりを追うことになりがちです。それでは、あるべき医療の姿と乖離していくことになるかもしれません。単年度予算が達成できなくても、中長期でカバーすればよいのです。

また、前稿でもお伝えしたように、いくら病院長が売上目標を高らかに掲げても、残念ながら職員は動いてくれません。役員会からの年度予算達成のプレッシャーは、病院長の心にしまっておきましょう。

2. 部門別の財務コントロールにこだわりすぎない

2つ目は、「部門別損益計算を基にした財務コントロール」にこだわりすぎないこと。

経営改善を目指すと、部門別の財務コントロールを経営の中心に据えようとしがちです。
「評価できないものは管理できない」という原則からすれば、各診療科の財務パフォーマンスを把握することは重要ですし、それが職員にとってやる気につながる可能性もあります。しかし、現実はそう単純に進みません。

そもそも部門別損益計算の結果に、職員が納得感を持つことは難しいと思います。収入でさえ各科に適切に計上されていない可能性があるのに、支出を後付けすることは困難です。そして、繰り返しになりますが、数字中心のマネジメントは職員の心に響きません。むしろ反発すら起こる可能性があります。
納得感が持てず、心にも響かない情報で組織をコントロールしようとしても、業績が好転することはないでしょう。

※補足
とは言え、部門別損益計算は貴重な情報であることは間違いありません。この情報の扱い方については、次稿に譲りたいと思います。

稼ぎ方を知らない職員に「稼げ」と言っても収益は上がらない

3つ目は特に大切です。稼ぎ方を知らない職員に「稼げ」と言っても収益は上がらないことを、肝に銘じてください。

現場の多くの医療職は経営を理解していません。そんな職員に「科別損益計算で赤字だから、頑張ってほしい」と言っても、頑張り方がわからないのです。赤字解消のための具体的な手段を指南しましょう。

この際に注意するべきは「パスの適用率〇%以上」「査定率〇%以内」などの部分的な数値が独り歩きしないようにすることです。
それぞれの現場で「経営改善」という名のもとに努力したのに、全体最適につながらず、本来の意味でのパフォーマンス向上が図れなかった、ということは十分にありえます。

事例としてわかりやすいのは、「患者数の増加」でしょう。

例えば現場に、「経営改善のために患者数を増加させなければならない」というメッセージだけが伝わった場合、

  • 治療終了後の入院患者の在院日数を意図的に延ばす
  • 外来患者の逆紹介をせずに抱え込む

などの取り組みが行われてしまうかもしれません。

国が目指す医療の姿からは外れることに加え、診療単価も下落することになります。現場は「こんなに忙しいのに収入が上がらない」というジレンマに陥るでしょう。

影響は、短期的な利益減少にとどまりません。
治療を終えた患者を病院都合で退院させないとなれば、患者、あるいは事実を一番よく知る職員がSNSなどに投稿した不満が拡散し、将来的に新規の患者数が減るかもしれません。外来患者を逆紹介しないことが紹介元の診療所などの不興を買い、次の紹介が来なくなることもありえます。

このように、職員が「病院のために」と信じて実施したことによって、病院の中長期的な発展が阻害されてしまうのは残念でなりません。

それを防ぐためには、まず経営者が病院としての方向性を明確に位置づけましょう。「こうしたらこうなる」と、未来を描けるメッセージを繰り返し強調することが大切です。その上で、損益を好転させるための具体的な手段を伝えていくのです。
診療科特性がありますから、具体的なデータとともに「この診療科にはこれをしてほしい」と示し、協力を仰ぐ必要があります。

職員を動かすにはどうすればいいか?

3つのポイントをお伝えしましたが、組織を変えるためには現場の協力が不可欠です。
一方で、繰り返しお伝えしているように売上目標を掲げても職員の心には響きません。職員を動かすにはどうしたらいいのでしょうか。

一つは「他と比較すること」だと思います。
各診療科のイニシアチブを握るのはやはり医師。何しろ、小さいころから医学部入学のために偏差値を意識してきていますから、他と比べて劣っていることを嫌がります。その競争意識を刺激することが有効です。

私の尊敬する武蔵野赤十字病院院長の泉並木先生も、医師の協力体制を作る手段として比較することをあげています(「病院マネジメントの教科書 病院経営28のソリューション=千葉大学医学部附属病院「ちば医経塾」講義テキスト」井上貴裕編/ロギカ書房)。ただ、相手は医師ですから、目標が合理的でなければ、見向きもされません。この点に留意したうえで働きかけましょう。

身近な比較対象は他の診療科ですが、「あの科とは診療科特性が異なる」という反発・反論もしばしば生じます。そのときは、同機能病院や近隣病院などの、近しい診療科と比較するのがいいでしょう。比較データを院内の職員の目につく場所に掲示するだけでも、一定の効果は期待できると思います。

病院には多くの職員が働いていますから、「明日から急に変わる」のは不可能です。
“筋肉質で稼げる組織”になるためには、職員皆が同じベクトルに向かって動けるような組織文化を創ることも大切です。組織文化とは、リーダーや職員が入れ替わっても、診療報酬が改定されても左右されない、“その病院らしさ”です。

一朝一夕にはいきませんが、試行錯誤しながら、病院の個性を活かした組織文化を醸成していきましょう。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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