【後編】24時間365日患者を見守る在宅療養支援病院が取り組む“医療人も地域も元気になれる”働き方改革とは?─仁寿会加藤病院

人口3000人の島根県邑智郡川本町で、地域のニーズにあわせ柔軟な医療提供体制を模索してきた、仁寿会加藤病院。産業医であり、労働衛生コンサルタントでもある加藤節司院長は、早期から職員の健康支援を推し進め、医師の有給休暇取得率は70%超と高水準を維持しています。しかし、医師の働き方改革を進めるには、様々な課題・苦労もあったといいます。加藤院長の肝いりで実践し、着実な効果を上げている“地域医療人育成”の取り組みについても伺いました。(前編はこちら)

目次

チーム主治医制は患者さんのメリットにもつながる

―医師の働き方改革を進める上で、最も苦労された点はなんですか?

医師に限定するのではなく、他の医療スタッフも含めた働き方改革を進めることが非常に重要です。

職種に関わらず、結婚している人、未婚の人、子育てをしている人、親の介護をしている人などさまざまな職員がいます。すべての職員が幸せになれるように、多様性に応える施策を実施して、公平・公正な改革を進めていくことが最も大切だと深く気づかされました。

―実際に、医師以外のスタッフから不安や不満の声が上がったのでしょうか?

そうですね。当時は今ほど「医師の働き方改革」という言葉が浸透していなかったこともあり、職員からは「医師にとってはいいかもしれないが、自分たちはどうなるのだろう」という声が上がりました。

そこで「なぜ今、当院が医師の働き方改革に力を入れるべきか」ということについて、職員の理解が深まるよう、

  • 医師は、夜勤(宿直)・日勤・待機の3つをこなさなければならない
  • 医師は、週労働時間が60時間を超える割合が職種別でワースト1位(総務省2016年「就業構造基本調査」)

などを丁寧に説明しました。

さらに2018年に厚生労働省が「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取り組み」について周知したことが追い風となり、院内全体で「改革を一気に進めよう」という機運が高まったのです。

Web取材に応じる加藤院長

―医師が平日休みを取ることについて、患者さんの反応は?

主治医に診てもらえない不安・不満はやはり根強いです。そこまで思っていただけるのは、医師としてはありがたいこともあるのですが、医師の柔軟な働き方を取り入れていくためには、共同診療制度(ピュアレビュー)の重要性を伝えていくことが大切でしょう。

例えば、訪問診療では月2回は主治医、残りの2回は別のドクターが訪問しています。医師が互いの医療の内容をチェックすることで、漏れがないか検証したり、新たな気づきもあったりしますので、患者さんにとってもメリットを提供できる仕組みです。そのことを丁寧に説明して、主治医以外のドクターがご自宅に伺うことにご理解をいただいています。

私自身も実践してみて、訪問先の患者さんから日頃のドクターたちの様子を聞けたのは大きな収穫でした。患者さんが面と向かっては言いにくい意見や感謝の言葉を、担当ドクターに伝えられたことはとても良かったと思っています。

外部の視点を入れることで経営陣と現場のズレを解消

―その他に、働き方改革を進めるなかで直面した課題があれば教えてください。

当院では現場がイニシアチブを取り、主体的に課題解決を図ることを目標としています。労働安全衛生に関わる課題は、現場が一番把握しているからです。しかし、現場でなかなか解決策が見いだせない、あるいは課題に気がついていないこともあります。そういった場合、マネジメント層が解決策を提示するのですが、マネジメント層の認識と、現場のニーズがズレている、ということがありました。

こうしたギャップを埋めるには満足度調査が有効です。しかし、アンケートだけで本音が引き出せるわけではありません。そこで、外部の社会保険労務士さんや経営コンサルタントさんに職員へヒアリングをしてもらったところ、経営層が認識していなかった課題があることがわかったのです。この経験を通して、外部の協力を適切に得ながら課題を解決していくことが非常に重要だと痛感しました。

―ズレとは具体的にはどのような点でしょうか?

例えば、クラウドの活用についても若い世代の職員や勤務時間が短いスタッフには好評ですが、年齢が上がるとICTをうまく活用できず、かえって時間がかかるという問題が浮き彫りになりました。

また、病院組織の階層的構造にかかわるコミュニケーション課題も明らかになりました。医療機関では医師を頂点とするヒエラルキーが長年根付いてきたこともあり、つながりやチーム医療を推進してきた当院においても、いまだに医師に対して気後れを感じる看護師は少なくありません。さらに、非医療職である事務職員が看護師に対して同様の感情を持っていることもわかりました。

こうした課題を改善し、「つながる」支援を強化するため、前編でも紹介したように、全職員にiPhone貸与することになったのです。密な情報交換や情報共有しやすい環境を整えることが心理的安全性を高め、誰もが安心して働ける組織風土の醸成につながると考えています。

カンファレンスの様子(パンデミック以前)
提供:仁寿会加藤病院
カンファレンスの様子(パンデミック後)
提供:仁寿会加藤病院

―医師の働き方改革の成果を教えてください。

以前に比べて、医師の所定時間外労働が圧倒的に減り、休みが取りやすくなったことで、趣味などパーソナルライフ充実のための時間が確保できるようになりました。また、高齢化・労働人口の減少が著しいエリアにあっては、離職率の低下も大きな成果の一つです。取り組みの総合的な成果として「プラチナくるみん」「健康経営優良法人ホワイト500」認定など外部評価にもつながっています。

改革の目的は、「職員の幸せの追求」です。仕事のやりがいや楽しみを見つけたり、趣味の時間を大切にしたりして、気持ちに余裕を持ちながら働くことができれば、労働生産性も高まります。その結果として、地域に提供できる医療・介護サービスの質の向上につながると信じ、今後も改革を進めていきます。

学生時代からチーム医療を体験 県内外の医療人が集まる研修を提供

―貴院は働き方の改善だけでなく、専門職連携教育にも早期から取り組んでいると伺いました。

従来から医師臨床研修、島根大学医学部学生の地域医療臨床実習を受け入れる中で、一つの疑問があったのです。医療現場ではつながる支援が重要としながら、私たち医師は看護学部生や薬学部の学生と一緒に勉強したり、実習したりした経験がありません。私はかねてから学生時代にこそこういった経験をすべきだと考えており、2009年に仁寿会の法人内に「田舎で学ぶ専門職学生連携医療教育プログラム」(RIPEP:Rural Inter Professional Education Program)を立ち上げました。

2011年に開始した「教えることは学ぶこと、学ぶことは教えること」を実践する同プログラムには、島根大学や東邦大学、自治医科大学などの若手医師・医学生、広島国際大学薬学部および医療栄養学部、島根県立大学看護栄養学部など、県外からも多くの学生が参加しています。

―こうした機会をもつことで、自然と地域医療マインドが育つわけですね。

はい、さらに仁寿会では2020年4月にはメディカルスタッフ スキルアップセンターを立ち上げました。その目的は、専門認定の取得・維持が可能な学習環境を提供することにあります。より良い在宅診療を継続して提供するためには、多職種連携のみならず、スタッフ一人ひとりのレベルアップが欠かせません。今後も、すべての医療人が専門職としてスキルアップできる生涯研修の場を提供し、より実践的な学習のお手伝いをさせていただければと考えています。

職員一人ひとりが輝くマネジメントで 持続可能な医療・介護を実現したい

―今後の課題をお聞かせください。

共生社会における病院の役割として、3つの柱を大切に、今後も持続可能なマネジメントを目指していきたいと考えています。

1つ目の柱は「人を活かす」こと。「健康」「成長」「つながる」支援に加え、人生100年時代を見据えたエイジマネジメントに注力し、組織に関わるすべての人が生産的に働き、仕事を通じて自己実現できるようにサポートしていきます。2つ目は在宅療養支援病院としての「役割・機能を果たし社会に貢献する」こと。そして3つ目は、倫理や法令、ガバナンスを強化し「社会を害さない」こと。これは組織として最大の社会的責任であると考えます。

1995年の経営危機を経験したからこそ、経営基盤を安定させ、持続可能性を担保するためにできることはすべてやる覚悟です。今後も人を大切にしたマネジメントを継続することが地域住民からの信頼獲得、ひいては地域医療を守り支える好循環につながると確信しています。仁寿会の誇りは、職員一人ひとりなのです。

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