東京医科大学女子受験生減点事件は医療界の問題が凝縮されている

東京医科大学女子受験生減点事件は医療界の問題が凝縮されている
つくば市 坂根Mクリニック
坂根みち子

2018年8月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

☑東京医科大学女子学生減点問題はこの大学だけの問題ではなかった
☑医療界が働き方改革を怠ってきたつけを女子学生に回した
☑長時間労働は、医師の健康を害し、子育て中の医師の立ち去りを誘発し、医師の家族に悪影響を与え、医療事故の元になっている
☑各国ではこの十数年働き方改革が進んできたが日本では全く進んでいない
☑専門医制度他、女性医師の活躍を阻害する制度が次々構築されている
☑医療界が変わらないのは、医療界の意思決定組織には子育てしたことがない同質の年配の男性しかいないことが大きい
☑すぐに出来ることは意思決定組織にクウォタ制を導入することである

怒り心頭である。東京医科大学が女子受験生に一律減点して女子の入学者数を抑制していた問題である。まだ、こんなことをやっていたのか。
実は女子学生の入学者数が不当に抑えられているのではないかと言う疑惑は、以前からあり、東京医科大学固有の問題でなく、昨年日本女性医療者連合でかなり詳細に検討されていた。医学部の女性の割合は徐々に増えていたものの、2000年以降ほぼ3割強で推移しており、女子受験生の合格率(受験者数/合格者数)が他学部に比べて、国立であろうが私立であろうが明らかに低く、入学時にゲートコントロールされている可能性あるというのだ。詳細は是非以下のリンクをご覧いただきたい。

女性医師を「増やさない」というガラスの天井 ~医師・医学生の女性比率に関する分析 ~
http://www.jampwomen.jp/topics/topics02.html
http://www.jampwomen.jp/topics/topics03.html

今回、東京医科大の問題が、文科省がらみの不正入試事件をきっかけに明らかになって、‘奇跡的にも’日本のジェンダーギャップの「闇」が白日の下に晒された。
これは医学部を含めた医療界全体の信頼を失墜させた大問題である。

報道によると今回の事件で東京医科大の関係者は「女性医師は出産や子育てで離職することが多く、系列病院では男性医師が現場を支えているのが実情だ」と説明。別の関係者は「どの医大でもやっていること。私大だからある程度の恣意的な選別はあってもいい」と話したという。
医療系メディアであるm3の掲示板でも、必要悪だというような現役医師からのコメントも多く、正直愕然としている。私たちは、先人達が苦労して切り開いてきた道のりを少しずつでも前に進めていると信じていたのである。
医療界は、働き方改革をずっと怠ってきた。365日24時間働き続ける人を求める体制は、子育て中の女性医師の離職と男性医師を中心とした現場の医師達の過重労働を引き起こしてきたが、他国が医師の働き方改革を進める中で、日本では日本特有の精神論が医療界でも幅を利かせ、何度も改革のチャンスがありながら先延ばししてきたのである。
確かに現在、日本の医療現場は人手不足と過重労働で限界に近づいているが、そのツケをよりによって女子受験生に回すとはどうゆうことか。

私が大学に入学した1980年代は、女性が増えると辞めてしまうので入学人数を抑制するのは仕方がないと公然と言われており、言われた方もその言葉にさほど違和感を感じない「時代の空気」があった。逆に母校の筑波大学は女子学生比率が3割前後と他大学に比べると非常に高く、成績だけで決めるとこうなると学群長が言っていたのを記憶している。卒業する頃、女性医師は入局を許されていない外科系の科がまだ存在していた。循環器内科でも研修医として行かされた先で、女性医師を受け入れることを反対していた院長から「死ぬ気で来てくれ」と言われ、実際そのように働いた。
筆者は男女雇用機会均等法の一期生にあたる年代である。
制度は出来ても、人々の意識が簡単に変わるわけもなく、私たちの世代の女性は、仕事も男性と同じように、でも家事育児も手を抜かないでねっという、スーパーウーマンを求められた。一方、夜討ち朝駆けのモーレツ社員型の男性の働き方は変らず、家事育児への参加時間は極めて低いままだった。日本は労働者に長時間のサービス残業をベースとした働き方を高度経済成長時代からバブル崩壊後も求め続けた。
このような状況で、女性医師の働き方も、結婚して非常勤になるか、未婚のまま仕事に邁進するかの二者択一になりがちで、同世代の女性医師の未婚率は、男性医師が2.8%に対して女性は35.9%に達した(1)。

筆者も子育て中、非常勤の期間が長かったが、医師は足りないので働くところは引く手あまただった。ところが、毎日非常勤で違う医療機関で働く場合は、どこへ行っても歓迎されるのだが、常勤で条件を付けて働こうとすると医局人事では歓迎されなかった。同じ一人としてカウントされるなら365日24時間フルで使える医師の方が歓迎されるのは当然のことである。そして週5日非常勤で働きつづけたほうが(こういう人はあまりいなかったが)常勤より収入は良い時代だった。常勤医師はサービス残業前提で安く使われており、足りない外来を埋めるために非常勤医が高給で招聘される理不尽な逆転構造なのだが、どの医療機関も文句を言わない常勤医の待遇改善を先送りした。そんな「美味しい」非常勤勤務を見逃さない手はなく、子育て中の女性医師の特権のようなその世界に、長時間労働環境から逃れてくるフリーター医師も今から10年くらい前から徐々に増えていった。

女性医師のパートナーは7割が医師と言われている。パートナーが365日24時間働き続ける勤務医なら夫が帰って来ない限り妻はワンオペで育児をし、かつ当直勤務をすることは出来ない。オン−オフはっきりした働き方にすることは、男女の関係なく、仕事と家庭の両立のため、大切な家族のためには必須条件であるが、日本の医師たちには選択肢がないままだった。

世界医師会(WMA)ではすでに2005年に以下のように医の倫理マニュアルで述べている
「医師は、自分が自分自身の家族に対しても責任を負っていることを忘れやすいものです。世界各地で、医師であることに対しては、自分の健康や福祉をほとんど考えず、医療の実践に自己を捧げることが求められてきました。週60〜80時間勤務もまれではなく、休暇は不必要な贅沢と考えられています。多くの医師はこのような状況でもなんとかやっているようですが、家族には悪影響が及んでいるに相違ありません。なかには、明らかにこのような専門職としての仕事のペースに苦しむ医師もおり、その結果は慢性疲労から薬物乱用、自殺に至るまで様々です。疲労は医療ミスの重大な要因なので、健康を害した医師は患者に取っても危険です。」(2)
今の医療界のリーダー達が寝食を忘れて医療に打ち込んできたことはその通りかもしれない。だが、その陰にはそれを支えてきた家族がいるだろう。「家のことはすべて妻に任せてきた」しわ寄せはないのだろうか。家族を不幸せにしていないだろうか。世界で同じようなことが起きていたからこそ、医の倫理マニュアルで医師の家族に言及されたのではないか。長時間労働は、本人の健康を害し、家族に悪影響を与え、医療事故の元となっているのである。
そして現在世界医師会の会長には日本医師会長がその要職についている。日本医師会の役員は上記についてなんと答えるであろうか。
実際、当院の外来には、医師の家族もたくさん来ているが、家に帰って来ない夫を支える妻の苦労はどこも大きく、年を経るに従って、時として修復不可能な傷を残している。

この十数年、各国は医師の働き方改革を進めてきた。ところが日本ではいつまで経っても抜本的な改革は先送りされてきた。
その根本には、日本医師会を始めとする医療界のリーダー達の意識が変わらず、過重労働を容認してきたからである。自分達も滅私奉公で働いてきた、医師はそうやって働いてなんぼというような「石(医師)頭」思考から抜けきれなかった。この期に及んで、医師の働き方改革は5年先送りされ、医師不足はなく、偏在だと言う。実際には足りていないので、若い医師の奪い合いになり、働き方改革どころか、地方枠や専門医制度で彼らを縛り付けることでそれを解決しようとしている(3)。

厚労省の医師の需要予測も、労働基準法違反となる30-50歳の男性医師の働き方を1としたもので、議論の前提が間違っている(4)。先進国では当たり前の交代制勤務を前提としていない。どうしてここまで後ろ向きなのか。
2014年に筆者が医療視察に行ったスウェーデンの場合、カロリンスカ大学病院では、医師は週40時間で、連続18時間まで「労働時間管理法」という法律に則って働いており、男性医師だろうが女性医師だろうがシフト制を組んで同じ働き方をしていた。日勤−夜勤−日勤の36時間連続勤務が常態化している日本の実情を聞いて「法律はないのか?」と不思議がられた。フィンランドも同様だ(5)。多くの先進国で女性医師比率は半数を超え(日本の女性医師比率は先進国最低)、勤務時間は法律に基づいて決められ交代制勤務となっている。それは取りも直さず男性医師も働きやすいということである。

今年始まった専門医制度はさらに働き方改革に逆行している。若い医師達が、結婚や子育て等ライフイベントが続く時期に、数ヶ月ごとに各地の医療機関を点々とするようなシステムを作ったのだ。「質の担保」を掲げて、若い医師達を偏在対策に使おうとしたのである。子育て中の医師に配慮するように、制度上の文言は出来上がっているが、実際には各プログラムで門前払いが横行し、それを正すはずの日本専門医機構は、一切のクレームを放置している。開始1年目の今年、専門医の研修は東京に一極集中し、研修しにくい内科や外科を避ける傾向が顕著であり、眼科や耳鼻科などのいわゆるマイナー科の希望者が増え、医師の偏在はかえって拡大したが(6)、その事実さえ認めようとせず、2年目は東京の募集枠を減らすことで対処しようとしている。専門医制度は女性医師の活躍も阻害する制度なのである。

医療の外の世界では、司法はとうに動いていた。日勤−当直—日勤の過酷な勤務が常態化しているとして奈良県立奈良病院の産婦人科の医師達が訴えた裁判で最高裁は、「現在の当直は夜勤である」として産婦人科の医師が勝訴したのが、2013年である。あれから5年、労基署が介入するようになって急に慌てだし、これでは医療機関が潰れると、日本医師会はさらに改革に逆行するような提案をしている(7)。

結局女子学生は、不当に制限のかかった入試を突破して晴れて医学生になろうとも、このままでは大学卒業後も彼女たちの能力を十分に生かすことが出来ない。女性医師は結婚することさえ他業種に比べてハードルが高いことに加えて、医療機関のトップになるための条件にへき地に勤務が入ったり、地域枠で長期間地域に拘束されたり、専門医制度で各地を転々とさせられたりと、結婚して子供を持って働き続けることを難しくするような仕掛けが次々構築されているのである。

最大の問題点は、年輩の男性が占められている医療界の重鎮達の意識改革が難しいことである。彼らの言うプロフェッショナルオートノミーを妨げているのは彼ら自身の存在である。
すぐにやるべきことは、意思決定組織に女性の数を一定数以上割り当てるクウォタ制の導入である。2002年に世界で初めて大企業にクウォタ制を導入する法案を通したノルウェーでも大臣がクウォタ制の導入を宣言した時には、企業から「女性役員の候補がいない」「女性にはまだ十分な経験がない」と激しい反対の声が起きたが、導入によって社会全体が変わり、女性が働くことや、男性も仕事と家庭を両立させることが当たり前になり出生率もトップクラスになったという(8)。

日本医師会は6月に新執行部となり第3次横倉体制が始まったが、役員14名中女性は1名、平均年齢64歳、代議員368名中女性14名(3.8% 4年前は2.2%)しかいない。
日本専門医機構も先日新体制となったが(9)、新理事25名中女性は学識経験者として入った向井千秋さんただ一人で、このメンバーに結婚して子育てしながら働いた経験のある人がいるのか、一歩譲って若い世代が働きながら子育て出来る制度を作るにはどうしたらいいのか、具体的に想像出来る人材がいるのかどうか極めて疑わしい。

来年度の受験は、すべての医学部で女子受験生の合格比率を出し、過去との比較も併せて明らかにして頂きたい。女性たちが地道に積み上げてきたものが、知らないところで不当に反故にされていたことが明らかになった以上、働き方改革を含め大鉈を振るうしかない。そのための第一歩としてクウォタ制の導入が必要である。
このような許しがたい差別がこれ以上続くようなら、医療界の自浄作用ではなく司法に任せるしかなくなる。残念な事態である。

参考
(1)職業別生涯未婚率
(2)医師が「患者の人権を尊重する」のは時代遅れで世界の非常識 平岡諦 P116「WMA Medical Ethics Manual 2005」(世界医師会の医の倫理マニュアル)
(3)若い医師達にもっと自由を!~今医学部の地域枠と専門医制度で起きていること 坂根みち子
(4)医師の需給推計について – 厚生労働省
(5)フィンランドの医療制度と医師の働き方
(6) 東京一極集中を招いた新専門医制度の弊害 ~医師偏在対策は予想通り大失敗~ 坂根みち子
(7)医師の働き方検討会議 「医師の働き方改革に関する意見書」まとまる
(8)企業に女性幹部クオータ制 先進ノルウェーに聞く
(9)吉村理事長、松原・山下副理事長が交代、日本専門医機構 社員総会で新理事25人を選任

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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