傷ついた医療事故当事者へのケア:Healsの設立―和田仁孝


早稲田大学法務研究科教授
和田仁孝

2017年10月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

この度、医療事故に直面し傷ついた遺族と医療者双方にケアし、支援していくシステムの普及を目指して、病院で赤ちゃんを亡くした遺族でもある永尾るみ子さんを中心として一般社団法人Heals(Healthcare Empowerment and Liaison Support)を設立しました。傷ついた患者家族、医療者への電話サポートに加え、傷ついた医療者のためのピアサポートシステムの導入・整備を活動の中心とし、数名の遺族、医療者、大学関係者が協働して進めています。この活動の重要性についてお伝えしたいと思います。
医療有害事象が発生したとき、患者遺族はもちろん、事故に直面した医療者も深く傷つき苦悩することになります。誰も事故を起こそうと思って起こすものではない以上、また、患者さんのために医療に従事している以上、何かが起こったとき、医療者も深く傷つくのは当然です。多くの医療者は、抑鬱状態に陥り、何度も事故の様子がフラッシュバックするなど、いわゆるトラウマを抱え込むことになり、体調に影響がでる場合もあります。医療者としての自信も喪われ、現場に戻れず、なかには自罰意識が昂じて自殺に至るケースもあります。

事故に直面した医療者は、深く傷つき混乱する中で、周囲の視線や言葉にも敏感に反応し、しばしば非難のニュアンスや、疎外感を感じ、いっそう傷ついいていくこともあります。どのように見守り、声をかけ、あるいは支援をしていくのか、周囲の医療者も、日常からそうした知識を身につけておく必要があります。事故後に、患者家族の悲嘆と心理状態に適切に対応していくことの重要性は、メディエーションのモデルなどを通じ、これまでも強調されてきました。それとまったく同等のケアとサポートが、事故当事者の医療者にも必要です。

事故に関わった医療者には、法的責任(刑事・民事・行政)や、医局からの離脱、失職など、追い打ちをかけるように様々なサンクションが課されていきます。それに対し、支援のシステムは、我が国ではまだまだ未成熟といわざるを得ません。アメリカなど海外では、医療有害事象に直面した医療者を、Second Victim(第2の被害者)として位置づけ、その救済のためのシステムを構築していく動きが定着しています。様々なモデルがありますが、共通しているのは、院内でファーストエイドとしてのサポートを同僚が提供していく形でシステム化されている点です。必要があればより専門的な臨床心理的ケアや専門的ケアへとつなぐ役割も果たしますが、それ以前に仲間(ピア)として、その話を共感的に受止め聞いて行く事が中心になります。苦悩の語りを聴くことこそが、その苦悩への共感を生むことになります。

事故に直面した医療者は、上司には話しにくい、場合によっては自分の属する部署の同僚には話しにくい、あるいは逆に部署の仲間こそに聞いて欲しいなど、多様なニーズを持っています。ピアサポートシステムとは、こうした多様なニーズに応答できるように、予めピアサポーターのリストを用意しておき、その中から当事者が自分で話す相手を選択できる体制を整える事を意味します。相談を受けたピアサポーターは、そこで聴いた話の内容は、上司や管理部はもちろん、ピアサポーターの仲間にも開示せず、完全に秘密を守ります。それゆえ、事故に直面した当事者は心置きなく苦悩を聞いてもらうことが出来るわけです。ピアサポートシステムは、通常の病院の組織システムからは、そういう意味で独立したシステムとして構成されることになります。

海外で一定の効果を果たしているピアサポートシステムですが、日本の環境では、院内の誰かに話を聴いてもらうのは抵抗があるという場合もあるかもしれません。その場合には、当該病院との提携関係の中で、守秘義務等に配慮しながら、Heals の相談員に辛い気持ちを話してもらえるようなシステムも準備したいと考えています。Heals には遺族の立場から医療者の話を聞ける相談員や、相談対応を担ってきた経験豊富な医療者の相談員もいます。そのニーズに合わせて、ピアサポートシステムに一環として支援を提供することも考えています。

Heals では、医療有害事象発生時の患者家族へのケアと、事故に関わった医療者へのケアは、つながったひとつの支援であるべきだと考えています。患者家族への誠実で適切なケアがなされ、遺族の想いへの応答がなされた場合、その遺族は医療者にも「これを機会によい医療者になって多くの患者さんを救ってあげてください」といった言葉が掛けられる例もあります。この遺族からの言葉こそ、自責と苦悩にさいなまれる医療者にとって、もっとも救いになるのではないでしょうか。この患者家族と医療者をつなぐ過程の一環としてピアサポートを考えています。

また、システムとしてのピアサポートだけでなく、ピアサポートの姿勢は、いつ仲間が、あるいは自信が事故に関わるかも知れない医療現場で働く全てのスタッフにとっても、実は必須の姿勢であると思います。Heals では、医療機関へのピアサポートシステムの導入をお手伝いするだけでなく、個々の医療者の方々にもピアサポートの姿勢や考え方を普及する事業を行っていきます。患者家族と医療者が、ともに救済される事を願ってこの事業を進めていきたいと思います。
(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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