高齢社会で「健康」をおしつける危うさ

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森田知宏

2019年2月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

「先生、認知症はどうやったらよくなるんでしょうか」
あるとき、なんとなく重い空気の中で相談を受けた。
病院の診察室ではなく、相馬市の井戸端長屋での一コマだ。

井戸端長屋というのは、東日本大震災で被災した高齢者のために相馬市が造成した公営住宅だ。私は一ヶ月に一度、医師として健康相談を受けるために訪問している。[1]

長屋は5棟あり、それぞれに特色があるが、この日訪問していた長屋は、最も活気があるところの一つだ。朝6時から住民全員でラジオ体操をする、年に数回は旅行へ行くなど積極的な住民活動が行われていた。みんなで健康を維持しようと積極的に心がけているので、コミュニティ内で運動習慣が保たれるし、不安も軽減する。毎月訪問していた私も、住民同士で支え合う「互助」とは、こういうことなのかと楽観的に考えていた。

しかしこの日、詳しく話を聞くと、入居者の1人が、「お金が盗られた」と騒いで困るというのだ。一緒に探すと部屋の中から見つかるのだが、その前に特定の住民を犯人呼ばわりしてしまうので、雰囲気が悪くなるとのことだった。

これは典型的な「もの盗られ妄想」である。認知症の合併症のうち最も一般的なものの一つで、アルツハイマー型認知症や脳血管型認知症の20–75%にみられる。[2] 周囲の対応や投薬で良くなることもあるが、完全に治すことは難しい。

すぐに、もとから通っていた主治医に連絡して認知症の治療を開始していただいた。さらに、住民には認知症についての説明を行い、本人を厳しく責めても状況が好転しないこと、なるべく不安を理解してあげるのが大切であるということを伝えた。しかし、家族でもない住民が、そのストレスを許容することは限界だった。結局、その住民は長屋を出て家族と暮らすことになった。

私が上記の住民の一件を通じて学んだことは、「健康であること」を共通価値とする危うさである。

現在の日本では核家族化が進み、独居高齢者は65歳以上の17%(男性13.3%、女性21.1%)を占める。[3] そうなると、介護を家庭内で行うことはできない。そこで、コミュニティ内で住民同士が支え合う「互助」が重要と言われるようになってきた。私自身も、そう思っていた1人だ。冒頭で述べたような長屋での住民活動のように、コミュニティのなかで健康を維持する活動を続けていくのが理想的だと考えていた。

しかし、これは間違いだった。「健康であること」を共通価値とすると、「健康であるべき」という規範が生じてしまう。すると、健康でなくなった人を疎外してしまうのだ。先の井戸端長屋の例でも、認知症に接した当初はみんな「かわいそうだ」「私達がしっかりしなくちゃ」と同情的・共感的であったが、不満が蓄積してきた終盤では、そういえば仮設住宅にいたときから私達と違った、というように差異を強調する表現が増えてきた。不健康な状態(今回は認知症)を遠ざけようとするあまり、その状態を他人事として捉えようとして、健康でない人をコミュニティから切り離してしまう。その結果、「健康であること」を目標としているコミュニティは、互助のセーフティネットとしての機能を果たすことができないのだ。

同様の危うさは、高齢者地域の取材記事でもよく目にする。高齢者ばかりの村でよく聞く「うちの村は高齢者ばかりだけど、みんな健康だから」という住民の発言は、「みんな健康であるべき」という規範の裏返しだ。このようなコミュニティでは、一旦健康を損なうと、疎外されかねない。

さらに、社会保障費負担の背景もあり、自治体が健康を奨励する場合もある。しかしこれはコミュニティ内で断絶を招く。たとえば自治体が主催するキャンペーンが「介護予防」をテーマにしていると、すでに介護サービスを使っている高齢者には罪悪感が生じるし、新規に介護サービスを開始することを躊躇する高齢者も出る。理想的な健康を維持できるという幻想を追い求めることは、住みやすい社会にはつながらない。

ここでもう1人、別の長屋での経験を紹介したい。
この長屋はどちらかというと先述のような「体育会系」ではなく、住民は集まって会話することはあれど旅行や体操などの活動はしていなかった。そこに住む83歳の女性は現在要介護2と判定され介護サービスを使っている。ある住民が脳梗塞で入院してから、「私もいつ介護が必要になるかわからない」という言葉が増え、そこから抵抗なく介護サービスの導入に至った。

ここに長屋のような共同住宅の果たす役割があるのかもしれない。他の住民と過ごすことで、健康でない状態を自分事として捉え、適切に準備することができる。そのためには、「健康を熱心に追い求める」という共通価値はむしろ邪魔なのかもしれない。

一方、私がここの長屋の特色だと思うことは、昔話が多いことだ。戦時中・戦後の話、初めて中学校ができたときの話、震災前の漁業の話、など様々な時代の話を聞く。地域への愛着が強い。ある日、ここの長屋の住民に、息子が暮らす〇〇市は出かけるにも医療機関を受診するにも便利そうだし、行きたいと思うことはあるのかと聞いたところ、ある住民は「私はここで育ってここが好きだから、息子のいる〇〇市には行きたくないなあ。行くときは死ぬ少し前かな」と言ったのだ。彼女にとっては健康よりも地域への愛着の方が優先順位が高い。

高齢社会では、誰もが不健康な状態に陥る危険がある。「健康を目標にすること」よりも「地域への愛着があること」を共通価値観とするコミュニティの方が暮らしやすい社会を実現できる。住民の共通項を持ちやすく疎外されにくいからだ。こうして、健全で、予想外の出来事に強いコミュニティを作ることができる。実際、地域への愛着が強いコミュニティは、被災後に復興が早いという研究もある。[4]

80代後半の長屋の住民たちに対して、私がいま健康相談という名前で行っているのは、ほとんど地域の昔話を聞くことだ。もちろん医療者として、住民の健康に関する不安を除いてあげることは重要だ。しかし、いたずらに健康を奨励することは余計なお世話なのかもしれない。

引用文献
1. 森田知宏. MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol.110 日本の将来を救う福島県浜通りの高齢化対策. http://medg.jp/mt/?p=5860.
2. Holt AE, Albert ML. Cognitive neuroscience of delusions in aging. Neuropsychiatr Dis Treat. 2006;2(2):181-9. PubMed PMID: 19412462; PubMed Central PMCID: PMCPMC2671775.
3. 平成30年高齢社会白書.
4. Iuchi K. Redefining a place to live: Decisions, planning processes, and outcomes of resettlement after disasters: University of Illinois at Urbana-Champaign; 2011.

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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