歴史は繰り返す。歯科医療界が失ったもの。

医療歩人社団SGH会すなまち北歯科クリニック
院長 橋村威慶

2015年11月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

私は東京都で歯科医院を開業している。今年で15年目になる中堅歯科医院だ。今回の事件について実際に診療する立場から実感したことを述べる。

2015年9月30日、日本歯科医師会長ら3人が政治資金規制法違反で逮捕された。このタイミングで逮捕劇が起きたのは伏線がある。流れは2004年に発覚した日歯連(日本歯科医師連盟)のヤミ献金事件までさかのぼる。

すでに、その当初以前から歯科医師の窮乏は問題とされており、業界最大手の歯科医師会はその対処に四苦八苦していた。歯科医師過剰による、いわゆるワーキングプア問題である。

歯科医師の報酬は診療報酬によって決まる(自由診療を除く)。これは厚生省が告示し、中医協(中央社会保障医療協議会)によって承認され、2年に一回改定される。この報酬が低いと歯科医師の収入減に直結する。1980年代以降、歯科医師は長年における低歯科診療報酬に苦しめられおり、現在でもそれが続いている。歯科医師は高収入というイメージが強いが世間一般が、そのような時代は1970年代までであり、未だにそのイメージが続いている。

事件がおきた2002年当時、時期診療報酬改定率はマイナス2.7%と大幅に低減した。その一つ前(2000年)の改定率はかろうじてプラス0.2%とわずかであったので、職域を守る歯科医師会としては大きな危機感を持ったに違いない。当時、開業間もない私の歯科医院も、このマイナス改訂に戦々恐々とした。この難局を乗り越えられるかわからず、閉院まで覚悟した。

焦った歯科医師会は政治家を取り込んで自らの発言権を得ようとしたのだろう。そのためには手段を選ばなかった。折しも小泉政権時代の聖域なき構造改革が謳われており、医療構造改革もその枠組みに入っており、医療費削減が盛り込まれていた。

この事件により歯科医療界は国民の信頼を大きく失った。ただでさえ、歯医者は儲かっているイメージがあるのに、さらにダークはイメージが根付いてしまった。当時のことを思い出すと、私自身、患者から厳しい意見や説明を求められた記憶がある。歯科医師会側からすれば、確かにやってしまったことは悪いことだけど、それは誤解であり、歯科医療の窮乏を是正するためだと言いたいだろうが、1億円の小切手は世間に対してインパクトが大き過ぎた。

その後改定率は2004年マイナス1.5%、2006年マイナス3.2%とマイナスの一途をたどっていく。私の医院の経営も年を追うごとに厳しくなっていった。その中で特に2006年の改定は厳しかった。マイナス改定もさながら、診療内容の算定基準が非常に厳しくなった。今まで同じことをしていたのが、文書を作らなければできなくなったり、一つ一つに点数(値段)がついていたのが一括され、いくら治療をしても点数は一緒といった内容が盛り込められた。2004年に献金問題が発覚した後の初めての診療報酬改定であり、懲罰的な意味合いが含まれていた。

事件発覚後、診療報酬を決める中医協のメンバーにも変更があった。2005年より、医師会が推薦できるメンバーの枠が減り、より包括的なメンバーとなった。これは診療報酬を挙げたい側の人数が減るということになる。診療報酬を上げるための発案が通りにくいという状況であり、歯科医療費の削減に拍車がかかった。

そんな最中、今回の事件が起こった。今回の事件は2004年の事件と共通する部分が多い。

まず、今期改定(平成26年)は見た目プラス改定(歯科プラス0.99%)だが、消費税率値上げを上げると実質マイナスである。(平成24年度はプラス1.7%)

前回と同様、プラスからマイナスの転換期を迎えた形となる。加えて来年はまた消費税が上がる。歯科医師会としては次回改定では消費税を織り込んだプラス改定を望んでいる。それに対応するには今しか無いという結論になったのだろう。そのためには強い政権の中で存在感を出すのが一番である。歯科医師連盟は前回の強い政権の時と同じように間違ったやり方で発言力を得ようとした。

次回診療報酬改定は歯科医師にとって非常に厳しい内容となるのは間違いない。東京23区の一部歯科医師過剰地域では相当数の倒産する歯科医院が出るかもしれない。私の歯科医院も危うい。何か対処する必要があるが、その方法が思いつかない。思いつかないというよりかは思うことを行動にする資金力がないのが現状である。これは私だけの個人的な問題ではなく、疲弊した歯科医療界全体の問題である。

身から出た錆といえども、国民の信頼を得るようになるまで歯科医師はこの現状に耐えなければならない。ただし医療と歯科医師体制問題は別物だ。歯科医師だけが困るのはまだいいかもしれないが、このまま歯科医師が困窮し続けると、医療の「質の担保」が崩壊する。良好な医療を受けられない状況になってしまうと、一番痛い目に合うのは国民だ。この負の連鎖を打ち切るために具体的にどうしたら良いのかを医療を施す側、受ける側ともに一緒になって考えていかなければならない。

(2015年11月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 より転載)

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