ペイシャント・アドボケート導入の可能性-2


早稲田大学法務研究科教授
和田仁孝

2018年11月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

2)我が国への導入の方向は?
院内医療メディエーションについては、この数年の間に急速に普及し、各種の病院団体、各地の医師会、行政などでの組織的な導入の動きも広がりつつあります。医療メディエーションの普及による医療者・病院の姿勢と対応の変化が、現場の患者に受け入れられていればこそ、普及してきているのだと思われます。「医療者すべてがペイシャント・アドボケートであるべき」という理念に似て、「医療者すべてがメディエーター・マインドを持つべき」という形で、医療者の対応・意識の変革に一定の貢献がなされてきたわけです。
他方、医療者側の変容は進みつつある一方で、患者への支援の仕組みはいまだ十分とはいえません。院内メディエーターは、判断や評価はせず橋渡しの役割に徹します。しかし、そうした謙抑的役割ゆえに、患者側と医療側の知識やリソースの差異の問題は、いまだ残っています。院内メディエーションが有益に機能するためには、こうした意味での患者側への支援の仕組みが別途、用意される必要があるでしょう。
そこで、わが国でもペイシャント・アドボケートのような患者の権利擁護の仕組みを生かしていくとすればどのような形が有益か、考えてみましょう。筆者自身は、我が国の制度的文脈では、ペイシャント・アドボケートは病院内に位置づけるのでなく、医療機関から独立した活動として構成し、そこに公的補助を行うような形が望ましいと考えています。
こうした独立型のペイシャント・アドボケート制度の確立が適しているという理由は以下です。

・役割の整理
海外の仕組みをそのまま制度環境の異なる我が国に移植することは不可能です。院内メディエーターも、海外の仕組みを参照しながらも、我が国で独自に概念構成され発展してきました。ペイシャント・アドボケートも同様です。そのためには、まず役割を整理して考えていく必要があります。海外のペイシャント・アドボケートも、その位置づけ・活動内容は多様であり、その中から、我が国で必要とされ、適合的な側面を抽出して導入していかねばなりません。
この観点からみるとき、まず、既に我が国で定着している役割との重複を避ける必要があります。たとえば、アメリカの院内ペイシャント・アドボケートの役割は、既に述べたように、我が国では、患者相談窓口、医療ソーシャルワーカー、地域連携室、医療メディエーターなどにより、既に担われていると言ってよいでしょう。院内に役割としてペイシャント・アドボケートを導入しても、これらの従来のリソースとの役割重複は避けられず、あまり意味はありません。むしろこれら既存のリソースを担う人材に、患者の権利擁護に関する教育を行い、その理念への理解を深めていく方向が適切です。
患者団体等による政策提言や患者支援活動も、わが国でも同様に行われており、そのように呼ばれていないだけで、これも立派なペイシャント・アドボケート活動です。個別の患者組織を超えたペイシャント・アドボケート組織としては、民間で萌芽的なペイシャント・アドボケートサービスを提供する組織は散見されるものの未だ普及しているとは言い難い状況です。これらを統合し、非営利の組織として、その権利擁護の視点を基盤に、一方で一般的な権利擁護への提言や人材養成を行い、他方で個々の患者への個別のペイシャント・アドボケートサービスを提供するような、本来的な意味での独立したペイシャント・アドボケート活動はわが国には欠落していると言わざるを得ません。
このように、多様なペイシャント・アドボケートの役割の中で、重複を排したうえで、我が国に欠落し求められているのは、医療機関とは独立した本格的なペイシャント・アドボケート活動組織であると言えるでしょう。

・医療サービスの仕組みの相違から来る困難
また、アメリカと我が国との医療サービス提供の仕組みの相違を踏まえる必要があります。この点でも、院内にペイシャント・アドボケートを位置づけるのは、我が国の医療制度の中では問題を孕むことになります。
一部の公立病院を除くアメリカの病院では、医師は病院の被用者ではありません。医師は、病院と契約関係を結び、病院の場と機材を借用しつつ診療に当たっている独立した存在です。それゆえペイシャント・アドボケートは、独立ペイシャント・アドボケートでなく院内ペイシャント・アドボケートであったとしても、医師との間では比較的第三者的な位置を取りうるわけです。すなわち、病院から独立した契約主体である医師と、病院の被用者であるペイシャント・アドボケートとは、その立場が異なり、院内ペイシャント・アドボケートは患者の立場に立って、医師と向き合うことが可能なのです。病院との関係では、その被用者であるため、患者支援の際に役割矛盾に直面する場合はあるかもしれませんが、医師との関係では、比較的こうしたジレンマを回避できるのです。
他方、わが国では、医師は病院の被用者です。院内にペイシャント・アドボケートを配置すれば、ペイシャント・アドボケートと医師は、同一組織の同僚であり利害を共有していることになります。病院側の患者対応の真摯な姿勢の表現として橋渡しに徹する院内医療メディエーターと違って、明確に「患者の立場に立ち権利擁護する」ことを理念とするペイシャント・アドボケートは、病院の被用者としての立場との間で、利益相反の状況に置かれ、とてつもない役割の葛藤、ジレンマに直面することになるでしょう。
院内ペイシャント・アドボケートは、アメリカのように医師が病院から独立している制度環境の中では、その理念に忠実な役割を果たせるが、我が国の制度的前提のもとでは、導入は不可能と言わざるを得ません。また、そのアメリカでさえ、雇用主である病院の利害との間ではジレンマがあり、公平性をめぐる批判が存在することも忘れてはなりません。それより、医療機関内では、「医療者すべてがペイシャント・アドボケートである」という理念の教育・共有により、既存のリソースをより患者重視の方向に向けていくことが適切な方策ではないかと思われます。

・独立ペイシャント・アドボケート組織の必要性
さて、以上は、我が国の制度環境や現状を踏まえた場合に、院内ペイシャント・アドボケートが好ましい選択肢でないというだけで、ペイシャント・アドボケート活動については、再三述べているように、その支援の仕組みを構築していく必要があります。
独立したペイシャント・アドボケートが組織化されることで、患者の権利や立場をめぐる理念の普及や、教育、人材養成といった一般的な課題のほか、我が国で欠落しているに等しい個々の患者への「明確に患者の立場に立った支援サービスの提供」が、将来的には準備されるべきです。この患者支援サービスには、法律家による法的助言から、医療者による医療に関する助言、さらには患者や事故被害経験者による心理的サポートなど、患者の抱える多様なニーズへのサービスが含まれるべきでしょう。こうした独立した組織的な動きが、我が国の制度環境に適合的なペイシャント・アドボケート制度の導入方向として望まれます。
そして、この我が国の医療制度や現状に適合的なサービスは、アメリカではなく、実はイギリスにモデルとなる仕組みが存在しています。

3)イギリスの患者支援サービス

イギリスでは、1970年代より、NHSの病院には、コンプレイント・マネジャー(苦情管理者、Complaint Manager) の配置が義務付けられています。これは、病院の職員であり、多くの場合、看護師が担っています。医療安全部と連携しつつ、患者からの苦情や事故などの問題に対応しています。我が国の医療メディエーターとは異なり、どちらかと言えば病院側の立場からの対応という色彩が強いと言えます。また、そこに至るまでに、PALS(Patient Advice and Liaison Service)という患者相談窓口担当者が患者への支援を行っています。この点は、我が国の患者相談窓口、そして院内メディエーターという構造と相似している。
問題はここからです。上記のサービスはいずれも院内の職員によるものであり、イギリスでは、これとは別に、患者の権利を適切に擁護するためには、病院から独立した仕組みが必要と認識され、そのような試みがなされているのです。これが我が国に欠落している本来的なペイシャント・アドボケートサービスです。
イギリスでは、Health and Social Care Act という法律により、国は、法的義務として、NHSの医療サービスに不満をもつ患者を支援するために、独立した権利擁護(Advocacy)サービスを提供するよう仕組みを整えなければならないとされており、これを受けて、国が経費を負担する形で、民間の組織サービスであるIndependent Complaints Advocacy Service(ICAS)に、患者への支援サービスを委託しています。これにより患者は、病院からは独立したペイシャント・アドボケートのサービスを、国の負担で無料で享受できる体制が整っているのです5)。
以前、ロンドンのICASを訪問した際には、6名のペイシャント・アドボケートたちが集まって説明をしてくれましたが、元看護師である一人を除き、他は非医療者であり、まさに独立した機関であることから、純粋に患者の権利擁護の視点に基づく支援活動を展開できているということでした。NHSとの契約は数年単位で、イギリス全土にブランチを持ち、アクセスも容易です。
また、アメリカでも、昨年、医療サービス受給のための障害を除き、医療の結果を改善するために、患者への支援サービスを提供する組織にモデル事業的な補助を提供することを国に命じる法案が提起されたりしています6)。
おそらく、我が国で必要なのは、役割の重複や公平性のジレンマに直面する院内へのペイシャント・アドボケート配置ではなく、独立した純粋な立場から患者支援を行う組織の育成であり、そして公的な制度としては、イギリスのように、この独立した組織に補助を行うような、より公平性に配慮した仕組みではないでしょうか。
医療側からの患者相談窓口や院内医療メディエーターの整備による対応の改善と、患者側の適切な支援とが結びつくとき、真の医療側と患者側の信頼と対話が構成されていくものと思われます。


(1)米病院協会内に設けられた院内ペイシャント・アドボケートに関する組織として、Society for Healthcare Consumer Advocacy of the American Hospital Association http://www.shca-aha.org/ ペイシャント・アドボケートに必須の9つの実践領域については、http://www.shca-aha.org/shca-aha/education/competency/9domains.html
SHCAのペイシャント・アドボケート育成トレーニングにも、メディエーションを含む「紛争解決(Conflict Resolution)」の研修がカリキュラムに含まれている。http://www.shca-aha.org/shca-aha/education/competency/9domains_curriculum.html
(2)こうした組織は数多く、枚挙にいとまがないが、たとえば、
National Association of Healthcare Advocacy Consultants

http://www.nahac.memberlodge.com/

Health Advocate Association

https://www.nahac.com/#!event-list(編集部注:転載元原文はhttp://health-advocates.org/index.html)

Patient Advocate Foundation

http://www.patientadvocate.org/(編集部注:原文ママ)

(3)S.1301: National Nursing Shortage reform and Patient Advocacy Act
(4)Patient Advocate Foundation

https://www.patientadvocate.org/(編集部注:転載元原文はhttp://www.ペイシャント・アドボケートtientadvocate.org/)

(5)ICASの患者支援サービスはいくつか組織によって提供されているが、たとえば、https://www.pohwer.net/(編集部注:転載元原文はhttp://www.pohwer.net/our_servies/independent_1.html)
(6)H.R.1883: Patient Advocacy Act of 2009

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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