病棟閉鎖、医師数人の138床病院を救った「働き方改革」―東京北部病院

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東京都心から電車30分圏内ながら、人口あたりの医師数が全国平均を大きく下回る足立区(※)。下町情緒があり、東京都23区でトップ5の人口を持つ同区で二次救急を担っているのが、医療法人社団けいせい会 東京北部病院(138床)です。12年前には病床が一部閉鎖されるなど危機的状況にありながら、同院が選択したのは一人ひとりに合わせた柔軟な働き方の実現でした。今では、専門医だけで常勤換算20人ほどになり、さらには最近注目のサバティカル制度を導入して勤務医の「国境なき医師団」(MSF)への参加をサポートするなど、スタッフの働き方支援をますます充実させています。なぜ苦境の頃からスタッフの柔軟な働き方を後押ししてきたのでしょうか。荒武寿樹院長と河哲京事務長に聞きました。
※ 人口10万人あたり医師数:足立区165.3人、全国平均249.4人(2017年)

「一円玉を積みあげるような努力」で取り組んだ病院再生

─貴院の立地する足立区について教えてください。
荒武院長
足立区は約68万人、新宿区の2倍以上の人口を擁する自治体ですが、三次救急を担う医療機関がありません。病床数は、大きな病院でも300床前後。当院を含め、200床未満の民間病院が二次救急を担い、地域を支えているのが現状です。また、最寄り駅の前には大きな団地があり、この地域に長くお住まいの患者さんも多い。こうした地域事情もふまえ、スタッフには常々「医療を通して地域を守っていきましょう」という方針を共有しています。沿線在住のスタッフが多いため、もともと“自分たちの地域を守りたい、住民の方々の役に立ちたい”という思いを分かりあえる土壌があります。

─貴院は一度、運営法人が代わっています。以前から地域密着に対する意識は強かったのでしょうか。
河事務長
当法人は2006年にこの病院の経営を引き継ぎました。正直、当時の評判は芳しくなく、地域に根づいていたとは言いがたいですね。人材も圧倒的に不足していました。常勤医は2~3人しかおらず、看護師の流出もあって医療が成り立たない状況でした。結果、138床のうち30床は病棟閉鎖に追い込まれていたのです。

経営を立て直すには、地域に求められる病院に生まれ変わらなければなりません。 “魔法の杖”はなくて、一円玉を積みあげていくように、努力を重ねて少しずつ変えていくしかありませんでした。中でも力を入れたのは、人材確保のための働き方整備です。病院再生には、同じベクトルを向いて一緒に病院をつくってくれるスタッフが必要ですが、既存の職員の大部分は去ってしまった。新たな人材を育成していく中で、スタッフが自身の力を最大限、発揮できるようにするには舞台を整えることが大切だと感じたんです。

十人十色の働き方を認める時代

─具体的にはどのような取り組みを行いましたか。
河事務長
病院では看護部がキャストの大部分を占めていますし、まずコメディカルから“働きやすい環境づくり”を進めました。たとえば、24時間稼働の託児所の設置、離職した看護師向けの復職支援セミナー開催なども早期に取り組んでいます。食堂に本格コーヒーマシンを導入したり、シャワー室のアメニティを充実させたり…小さなことかもしれませんが、どうすればスタッフが気持ちよく働けるかをイメージすれば、やれることはたくさんある。

また、ハード面の整備だけでなく、育児や介護など個別の事情に応じて、無理のない働き方ができるよう調整しています。たとえばお子さんの病気で急遽1人の欠員が出た場合も、病棟間でシフト調整をしたりと、速やかにカバーできる連携体制がとれています。率先して個別の働き方を支援することで、部内にも “困ったときはお互い様”という雰囲気が生まれました。その結果、離職率をなんとか14~15%にまでは抑えています。

─以前は常勤医が2~3人しかいなかったそうですが、医師採用のためにはどのような工夫をされたのでしょうか。

河事務長
今もそうですが、特に当時は医師の招聘が最優先事項でした。しかし、医師の少ない足立区において、当院のような中小病院では、一方的に「◯時~◯時の枠でお願いします」と条件を決めていてはなかなか人が集まりません。医師の事情にあわせた雇用形態をとりつつ、シェアできる仕事はシェアするという形で対応しています。たとえば常勤の麻酔科医には、育児のため定時ではなくオペ時間にあわせた勤務形態をとっている先生もいます。子育てや妊活、ご家族の介護、加齢に伴う体力の低下など、医師が10人いれば10通りの事情や考え方があり、働き方がある時代です。人員が充足しているとは言えない状況だからこそ、それぞれの働き方を尊重することの大切さを実感しています。

─医師が互いに働き方を尊重できるよう、心がけていることはありますか。

荒武院長
当然ですが、1人休めばその分、他の医師の業務量が増えるわけですから、お互いに気持ちよく休めるよう協力し合おう、と日頃から意識づけしています。また、医師が率直に希望を言いやすい環境づくりを意識していますね。院長だからと一方的に指示するのではなく、一人ひとりの意見に耳を傾ける姿勢が求められます。その他、業務外ですが「ふくろう会」という職員の食事会を年数回開催するなど、職員間のコミュニケーションが活発な点も風通しのよさにつながっているのではないでしょうか。

―働きやすい環境を整備してきたわけですね。医師に求めるものは何かあるのでしょうか。

荒武院長
大前提として、患者さんのため・社会貢献のための医療という当院の方針を共有できていないと連携は難しい。ですから、我々と一緒の方向を見てくださっているか、という点は重視して医師採用を行っています。裏を返せば、その大目的を共有できているからこそ、互いの働き方を尊重する協力体制を現在とれているのかもしれません。

その象徴的な存在とも言えるのが、MSFでの活動に精力的に取り組まれている村上大樹先生です。わたしを含め5人が在籍している消化器外科の1人です。この取材を受けているまさにいまも、当院初となるサバティカル制度(※)を利用して約1年のミッションに行っています。

(※)サバティカル制度…長期勤務者に対し1カ月~1年の長期休暇を付与する制度。欧米での導入が先行しており、休暇の目的は問われないが、自己啓発や学び直し、ボランティアに取り組む人が多い。日本でもヤフー株式会社などが取り入れたことで注目されていて、2018年には経済産業省の有識者会議が国内での導入促進に言及している。

「応援したい」がバックアップにつながる

─新しい制度を導入するなど、村上先生のMSFでの活動を積極的に支援されている理由をお聞かせください。

河事務長
村上先生のお人柄が大きいですね。率直に言って、MSFで活動している医師を積極的に採用したい、という意向は当初ありませんでした。

しかし、ミッションの最中にリュック一つ携え当院の面接に来てくださった村上先生の姿や、「足立の医療を一緒に支えてください」という我々の言葉に共鳴し入職を即決してくださった人となりに対して、当院としてもできる範囲でバックアップしたいと感じたんです。MSFの活動やグローバルな社会貢献の意義は医師として十分に理解・共感していますし、優秀な医師を手放すよりもどうにか一緒に働けないか、ということで浮上したのがサバティカル制度でした。方法にこだわりはなくて、まずは“人”ありきで、とりうる手段を模索していったというのが実状ですね。

─村上先生の不在時にはどのようにカバーされているのでしょうか。また、スタッフや患者さんからの反応はいかがでしょうか。

河事務長
ルーティーンを持っている常勤医が約1年不在にするわけですから、正直カバーも簡単にはできません。外来、検査、オペ、いずれも村上先生の担当分を、院長はじめ他の先生方に振り分ける形でタスクシェアをしています。

荒武院長
わたしが外来を引き継いで感じるのは、村上先生が日頃から患者さんをとても大切にされていることです。ミッションに際してはご自身でしっかり説明されるので、わたしが代わっても概して問題ありません。患者さんも「いつ帰ってくるんだろうね」と、村上先生のことで世間話するくらいです。スタッフとも仲が良く、若い技師さんや看護師さんから慕われていますね。

―ミッションから戻ったあと、村上先生に何か特別なことを求めたりするのでしょうか。

荒武院長
医局会では活動報告をしてもらうようにしています。物資も人材も乏しい過酷な環境下で頑張っている様子を共有してもらうことで、少しでも一緒に行った気になれれば、と思ってのことです。村上先生の日頃の医療に向き合う姿勢を現場で見たり、活動報告で知ったりすることで、周囲が自ずと「応援したい」と感じ、活動を後押しする雰囲気が生まれているのだと思います。

河事務長
運営継承時だったら、こうした体制を実現するのは無理でした。いま実現できているのは、ある程度の医師数を確保できているからこそだと思います。医師は34人 にまで増え、以前にくらべ、医療のクオリティも向上しました。継承時には50~60人程度だった外来患者数も現在は多いときで400人近くにのぼるようになっています。地域・患者さんのニーズに幾分かは応えられるようになってきたのかなと思います。

今日に至るまでの道のりを振り返ると、画期的な経営改善策があったわけではないし、働き方改革というほど大それた看板を掲げていたわけではなかった。ただ、その都度やれることに精一杯取り組んだ結果が今につながっているのだと思います。逆に言えば、限られたリソースでも、工夫次第でやり方はどうにか見えてくるのではないでしょうか。今後も働きやすい環境づくりを通してよりよい医療を提供できるよう、当院なりの戦い方を探っていきたいと思います。

<取材・文:角田歩樹、取材・写真:塚田大輔>

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