「選ばれる」病院になるためのデータ活用ノウハウ―京都第二赤十字病院 山本順一氏【前編】

病院の機能分化が進み、経営統合や閉鎖が相次ぐなか、病院には中長期を見据えた「経営計画・事業戦略」が必須となっています。その経営計画の善し悪しが、病院の存亡をも左右するようになったといえます。

そして、綿密なデータ分析に裏打ちされた「経営計画・事業戦略」づくりに取り組むのが京都第二赤十字病院(京都市、676床)です。同院は全国で92の病院を運営している赤十字病院グループとして、救命救急からがん治療までカバーし、地域の中核病院として地域医療に貢献しています(2017年3月現在)。同院の医療情報室で経営分析等を行っている山本順一氏に、戦略的な経営計画を策定するためのデータ活用法を伺いました。

病院に必要な「経営計画・事業戦略」とは

―病院にとって必要な「経営計画・事業戦略」とはどのようなものであると考えますか。

多くの病院の「経営計画・事業戦略」は、一般企業で実践されているものと乖離があると思います。一般企業は自らの市場を明確にし、市場の中で将来的にどうありたいかという明確なビジョンを基に策定していますが。多くの病院は過去や現在の延長線上で策定し、自院の現時点での実績をベースに「改善したら何%アップするだろう」といった単なる数値目標を「経営計画・事業戦略」としてしまっているような印象を受けます。

ビジョンは、「経営計画・事業戦略」の策定において重要な意味を持っています。その重要性については、明治維新の精神的支柱だった吉田松陰も「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし」と語っています。本来は病院も、データに基づいて市場や顧客、ライバルの動向に注視しながら、ビジョンのこもった「経営計画・事業戦略」をつくる必要があるでしょう。

―ビジョナリーな「経営計画・事業戦略」が必要だということですね。具体的には、どういうものなのでしょうか。

これまでのわたしの経験から、病院の「経営計画・事業戦略」に必要な条件は4点あると考えます。

1)「大きな経営環境の変化」を想定した成長戦略になっているか
2)成長領域への「選択と集中」に基づき、経営資源の配分ができているか
3)実現性をデータに裏打ちされた、説得性・ストーリー性のある数値計画か
4)達成時の「ありたい姿」から逆算しているか

これらの点を満たすためには、もはや経験や勘に頼ることはできません。つまり、データに裏打ちされた情報を元に、これから予想される環境に適した施策を行うことが求められているのです。

―そのデータは、どこから集めてくるのでしょうか。

実はそうしたデータは、すでに院内の各部署、厚生労働省などの公的機関に蓄積されており、十分な情報量があります。ただ、これらの情報は点在しています。そのため、自院の収入データや、医療圏の人口推計データなどを紐付けていく必要があるのです。
統合したデータを活用することで、病院内外の現状と目標とのギャップを見出すことができます。このギャップこそ、経営改善のヒントであり、「経営計画・事業戦略」に必要な要素なのです。

DPCデータを市場調査にフル活用

―自院や公的機関のデータを統合したら、どのように活用すればよいのでしょうか。

たとえば、経営計画の土台となる「市場規模」の算出です。厚労省が公開しているDPCデータと自院の収入データを結合させることで実現できます。

市場規模とは市場の大きさであり、「顧客数×平均単価」で大まかな市場規模をつかむことができます。

市場規模 = 各社の顧客数×平均単価 

これを病院に当てはめると、「施設ごとの症例数×MDC6分類での標準収入(粗利益)」で計算できます。

市場規模 =施設ごとの症例数×MDC6分類での標準収入(粗利益) 

症例数と標準収入のデータをどのように得るかですが、まず、「施設ごとの症例数」は「診療報酬調査専門組織・DPC評価分科会」(※)のデータを集計することで算出できます。

もうひとつ、MDC6分類での“粗利益”は他院のデータがありません。そこで一旦、自院のデータを基準に計算します。具体的には、粗利益の平均をMDC6(DPCコードの上6桁)で分類した傷病名ごとに割り出します=下表=。


【推定入院収入データの算出方法について ― 粗利益】

MDC6分類での粗利益 算出方法

(1)MDC6単位で、傷病名、手術の有無・不明でも分ける
(2)医療機関別係数を外す
(3)入院期間II(全国のDPC対象病院の平均在院日数)の中から平均値を算出

なお、ここでは診療報酬本体による収入を便宜的に「粗利益」と呼びます。この粗利益を使うことで、機材を多く使う循環器領域などの収入が大きくなるのを防ぎ、経営へのインパクトが分かるようにしています。算出は、薬剤費や特定保険医療材料費といった保険償還分を入院収入から差し引くことでできます。

ここまで準備ができたら、施設ごとの症例数と、MDC6分類での粗利益を掛け合わせることで、施設ごとの推定の粗利益を洗い出すことができます。そして自院と医療圏内の各病院の分を足し合わせれば、医療圏の市場規模を把握できるでしょう。

後編では、この算出したデータを使って、具体的にどのような分析ができるのかを紹介していきます。

※ DPCとは
Diagnosis(診断)、Procedure(一連、手順)、Combination(組み合わせ)の略であり、診断群分類のことである。入院期間中に医療資源を最も投入した「主傷病名」と、それに対し実施する手術、処置、化学療法などの「診療行為」の組み合わせにより分類された患者群のことである。
出典:【病院経営単語】DPC
※ DPCコードとは
14桁の数字で表現される。その14桁の数字の事を診断群分類番号と言う。最初の2桁がMDC(主要診断群)、次の4桁が傷病名を表す数字である。続けて入院種別、年齢・出生時体重、手術、処置、副傷病、重症度で構成されている。
出典:【病院経営単語】DPCコード

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