医師の長時間労働を是正し、安心・安全な医療の提供を目指す「医師の働き方改革」が2024年4月からスタートします。労働基準法に基づいた時間外労働の上限規制が罰則付きで適用されるため、各医療機関で労働時間の管理・適正化が進められています。そもそも労働者である医師に、使用者の医療機関が時間外労働をさせるためには「36(サブロク)協定」の締結と届出が必要です。本記事では、改めて医師の働き方改革の前に、おさえておきたい「36協定」の基本について解説します。
目次
36協定が注目される背景
大企業は2019年4月1日から、中小企業は2020年4月1日から働き方改革関連法が順次施行され 、時間外労働の上限規制、年次有休休暇の確実な取得、正社員と非正規社員の不合理な待遇差の禁止などが行われています。医療機関も医師以外の医療従事者には既に適用されており、医師は業務の特殊性から猶予期間が設けられ、規制対象外となっていました。
2024年4月1日には猶予期間の終了に伴い、医師にも時間外労働の上限規制が適用されます。具体的には36協定を締結した場合は原則「月45時間・年間360時間」、 後述する特別条項付きの36協定を締結した場合は「月100時間・年間960時間」です。
このように時間外労働に上限が定められ、違反した医療機関には罰則が科されます。したがって、医療機関は改めて自施設の36協定の締結内容と、労働時間の管理方法を自己点検することが求められます。
長時間労働は時に死を招く
今回の改革で最も改善が求められている長時間労働。その理由は、長時間労働が脳血管疾患・心臓疾患、精神障害を引き起こし、過労死につながる可能性があるからです。
厚生労働省が労災認定の基準値として定めた脳・心臓疾患の認定基準(過労死ライン)では、法定外労働時間が1ヶ月で100時間超、平均2〜6ヶ月間で80時間を超えると、業務による発症との関連性が強いと評価できるそうです。
2021年には働き方の多様化や職場環境の変化が生じていること、最新の医学的知見などを踏まえ、過労死ラインは20年ぶりに改正され、より厳格になりました。後述する時間外労働の上限規制を定めた各水準は過労死ラインに合わせて設定されています。
また、過労死に至らずとも、日常的に疲労の蓄積や睡眠不足が続いていると、医療過誤の原因になる可能性があります。加えて、ワークライフバランスが重要視されている今日、医師も仕事と子育て、介護などを無理なく両立するためにも改善が求められています。
そもそも「36協定」とは
36協定とは、残業に関する法律上の決まりのことです。正確には「時間外・休日労働に関する協定」と言い、呼び方は労働基準法第36条に規定があることに由来します。
まず、労働時間は「法定労働時間」と「所定労働時間」の2種類に分けられます。前者が法律で定められたもの、後者は企業や医療機関などの使用者が独自に定めるものです。
労働者の法定労働時間は原則「1日8時間、週40時間以内」と定められ、休日は少なくとも毎週1日与えることとされています。法定労働時間を超えて働くためには、使用者が労働者と36協定を締結した上で、所轄の労働基準監督署に届け出なければいけません。これが締結・届出されると、原則「月45時間、年360時間」が上限として認められます。なお、使用者が定めた所定労働時間を超えても法定労働時間を超えない場合、36協定は不要です。
36協定の締結・届出をすることなく、法定労働時間を超える残業や法定休日の労働があれば法律違反です。協定した制限時間を超えて労働者を働かせた場合も同様で、たとえ残業代を支払ったとしても法律違反にあたります。罰則として、使用者は労働基準法第141条により、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金の対象になります。罰則によって社会的信頼も失うため、金額以上の大きな損害になるでしょう。
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特別条項付き36協定とは
36協定では労働者の時間外労働は「月45時間、年360時間」までと決められていますが、特別な事情で臨時的に上限を超える労働が必要なこともあります。例えば、決算期に業務が増える、突発的な顧客対応などです。
このような事態に備えるため、36協定には「特別条項」を設け、臨時的な限度超過を定めることが認められていました。これは、特別条項付き36協定を締結すれば限度時間を超える時間外労働が可能ということ。その時間外労働の上限に法的な縛りもなく、青天井になってため、医師の長時間労働を合法的に可能にしてきた一因でもあります。
医療機関に新しく定められた時間外労働の上限
長時間労働を是正するために医療機関の実態に合わせた時間外労働の上限が新たに定められました。2024年4月からは、対象となる医療機関ごとに設けられたA、B、Cの水準に沿って時間外労働の上限や措置が決められています。
なお、A水準は先述した過労死ラインに合わせ、すべての医療機関を対象としています。B水準は2035年度末に終了目標が立てられており、C水準は将来的に縮減していくとされています。
A水準(すべての医療機関)
- 原則1日8時間(週40時間)、超える場合は36協定の締結が必要
- 36協定を締結している場合、勤務医の時間外労働の上限月100時間未満(年960時間未満)
- 時間外労働が月100時間を超える場合は、追加的健康確保措置を実施
B水準(地域医療の確保を担う医療機関)
- 月100時間未満、最大で年1860時間未満
- 時間外労働が月100時間を超える場合は、追加的健康確保措置を実施
C水準(集中的技能向上を担う医療機関)
- 月100時間未満、最大で年1860時間未満
- 時間外労働が月100時間を超える場合は、追加的健康確保措置を実施
「追加的健康確保措置」とは医師の健康と医療の安全性を確保するために実施するもので、上限を超えた労働が発生した際に行います。B・C水準に該当する医療機関は、時間外労働の上限を超えた医師に対して「連続勤務時間制限」「勤務間インターバル」「代償休息」を実施することが義務付けられています(A水準は努力義務)。
まずは自施設で働く医師の勤務実態をしっかり把握し、時間外労働の削減と是正へ向けて動き出しましょう。
36協定を適切に運用し、医師を労働者として守る
36協定は労働者の中から選定された代表者と使用者(企業や医療機関)が協定するものです。労働者の過半数で組織する「労働組合」がない場合、労働者の過半数を代表する者と協定を結びます。毎年締結し、労働基準監督署に届出をする必要があるため忘れずに対応をしましょう。36協定届の様式と記載例は、厚生労働省のウェブサイトに掲載されていますのでご参考にしてみてください。
また、使用者である医療機関は、36協定に従って労働時間や休日労働の規定をただ守ればいい、というわけではありません。36協定の範囲内でも労働者である医師への安全配慮義務を負っていることを念頭に、職場環境の整備やハラスメント対策などにも継続的に取り組むことが重要です。
安心・安全な医療の提供は、医師の心身の健康を守ることから始まります。医療機関は医師を労働者として守るため、先回りして医師の働き方改革施行に備えることが重要です。そのひとつとして36協定の適切な運用を意識しながら、持続可能な医療を目指しましょう。
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