経営層の鶴の一声、その判断は正しいのか【ケース編】:病院経営ケーススタディーvol.2

歴史がある分、意思決定も硬直化したX病院

X病院の概要
  1. 病床数:80床(医療療養I 50床、介護療養30床)
  2. 場所:地方都市(県庁所在地)
  3. 職員数:約150名

古くからその地にある療養型のX病院。地元では「老人病院」と呼ばれているが評判は良く、外来には地元の高齢者が数多く通っている。さらに同機能を持つ競合病院が少ないため、近隣の急性期病院からの転院ニーズも高い、地域密着型の病院だ。

X病院の職員たち


そんな同院では介護療養病床の実質的な廃止(6年の経過措置あり、2024年3月末まで)に伴い、今後の病床転換について幾度となく検討を重ねてきた。中小病院ではよくあるように、経営方針の策定といった組織の意思決定は、理事長・院長・事務長・看護部長・医事課長など少数の幹部で検討し、決定している。その中でも、S事務長は理事長・院長の判断材料となる経営指標を集めながら、全職員の調整役も担っており、板挟みの毎日を送っている。今日は病床転換に関する経営会議の日。そろそろ方向性を決めないと経営が悪化しかねない。

【経営会議での一場面】
事務長「本日はこれまでも議題にあがっていた病床転換について、結論を出したいと思います。まずは院長の考えをお聞かせください」
院長「患者単価を考慮すると、介護療養病床は看護職員配置20対1以上を要件とした療養病棟入院基本料1(以下、療養1)に転換し、80床全床を医療療養病床としたい。そうすれば全体の収入もアップする」
医事課長「しかしそのためには医療区分2・3の重症患者をもっと集めなければなりません。看護師の人員配置基準も6対1から4対1(診療報酬基準でいう30対1から20対1)に上がりますが、看護部はどうでしょうか?」
看護部長「現状では人員不足ですが、あと若干名採用すれば全床20対1にしても大丈夫です。重症患者も急性期病院からの転院需要は十分にありますし、軽度患者の退院支援を進めながら重症患者を確保していけばいけると思います。それよりも心配なのは、看護師の業務負担が増すことです。特に介護療養病床は、これまでは病状の落ち着いた方ばかり対応していたので、転換後の患者層の重症化による忙しさから不満を募らせることが懸念されます。たとえば、介護療養病床相当の施設基準とされている介護医療院Ⅰ型への転換という選択肢はないのでしょうか」
理事長「介護医療院の先行きはまだ誰もわからない。医療情勢が不安定な中、ひとまず患者単価を考慮して療養1を目指していきたい」
事務長「それでは全80床を療養1に転換するという方向で、事務側としても手続きを進めていきたいと思います。現場職員への周知をお願いします」

図:療養病棟入院料1~2の内容(厚生労働省保険局医療課 平成30年度診療報酬改定の概要 医科Ⅰより抜粋)

経営判断に反発…「辞める」と言い出す職員も

最終的に、経営会議では全80床を療養1へ転換するという計画が決まった。しかし、看護部長を通してその方針を知った病棟看護師たちは猛反発。看護部長だけではおさまりきらず、S事務長のもとへ直談判に来た。

看護師A「S事務長、看護部長から病床転換の話を聞きました。今でさえ忙しいのに、さらに重症患者を増やすというのは事務側の勝手な都合ではないでしょうか」
看護師B「そもそも療養型病院は手のかからない患者がいるところです。こんなに忙しい療養型は他にありません」
S事務長「病床転換前に採用を進めますし、業務が一気に増えないよう徐々に対応しますから…」
看護師A「採用するといっても新人でしょう。今より業務量が増えれば、事故が起こります」
看護師B「そうですよ。今以上に忙しくなるなら退職も考えざるを得ません。私と同じ考えの人はたくさんいますから、考え直したほうがいいのではないでしょうか」
S事務長「・・・」

X病院の看護部は定着率が高く、勤続10~20年のベテランスタッフが多い。頼もしい一方で、組織内の新陳代謝が進みにくいという側面があった。現場では「昔ながらのやり方」が定着しており、業務改善や組織変革を起こしにくい雰囲気が生まれているようだ。また、職員同士にも馴れ合いの関係が築かれている。幹部の指示命令があった時、賛成者が多ければチーム力を発揮できるものの、反対者が多ければベテランスタッフなど発言力のある人の意見に流され、組織のヒエラルキーが働きにくくなる。

「理事長・院長が下した経営判断は正しいのだろうか?」
「正しかったとして、反対する職員に納得してもらうにはどうしたらいいのだろうか?」
S事務長はこれから物事をどう進めようか、頭を抱えてしまった。

【設問】
  1. X病院が地域で担うべき役割、そして現時点で抱えている課題は何でしょうか。
  2. あなたがS事務長なら挙げられた課題に対し、どのように取り組みますか。

<参考>
厚生労働省保険局医療課 平成30年度診療報酬改定の概要 医科Ⅰ(平成30年3月5日版)

網代祐介(あじろ・ゆうすけ)
社会医療法人社団光仁会 第一病院(東京都葛飾区、一般病床101床(うち、地域包括ケア病床12床)・医療療養病床35床)にて医療福祉連携室室長と経営企画室を兼務。医療ソーシャルワーカー(MSW)として亀田総合病院で経験を積んだ後、医療課題は社会経済、経営、マーケティングの視点からも解決していく重要性を実感し、経営学修士(MBA)を取得。その他、医療経営士1級、介護福祉経営士1級などを取得し、講師業などにも取り組む。(過去のインタビュー記事

<編集:小野茉奈佳・角田歩樹>

関連記事

  1. 医師という職業とは―医師への選択、医師の選択(野末睦)

コメント

コメントをお待ちしております

HTMLタグはご利用いただけません。

スパム対策のため、日本語が含まれない場合は投稿されません。ご注意ください。

医師の働き方改革

病院経営事例集アンケート

病院・クリニックの事務職求人

病院経営事例集について

病院経営事例集は、実際の成功事例から医療経営・病院経営改善のノウハウを学ぶ、医療機関の経営層・医療従事者のための情報ポータルサイトです。