「組織に関する満足度」が低いことは問題なのか
職員の不満が病院経営をひっ迫させる
今回、T事務長は職員たちの「組織に関する満足度」の低さを問題視しているわけですね。そもそも、組織に対する不満が高じるとどのような事態を招くのでしょうか。
一つは職員の大量離職を引き起こすリスクが挙げられます。その職員にかかった採用・教育コストが水泡に帰すだけでなく、新たな職員を雇うのにも採用・教育コストがかかりますから、経営面への打撃は小さくありません。
次に、職員の満足度低下は患者の満足度低下につながる可能性が大きいです。組織に対する不満が高じれば、職員のモチベーションは低くなるでしょう。業務意識や生産性が低下することで、患者さんからのクレームや集患への影響も懸念されます。また、頻繁に職員が入れ替わる組織では、K病院の理事長が考えるような「自ら考える組織風土」の醸成も難しい。このように、職員の組織に関わる満足度は病院経営の根底に関わる問題と言えます。
経営陣・職員の間にある「情報の非対称性」とは
一方で、個人的には「組織に関する満足度」が相対的に低くなるのは、ある意味仕方のないことだと捉えています。経営陣と職員との間には、「情報の非対称性」というものがあります。
経済学から生まれた概念で、製品やサービスの提供に関して、売り手と買い手の間に情報の格差が生じること。
例)ネットオークションで物を買うとき、その損傷具合や老朽化の度合いなどは売り手にしかわからないので、買い手は売り手からの説明に依存せざるをえない。買い手は商品が手元に届くまで、完全には商品に関する情報を得ることができない。
これは、病院の経営陣と職員の関係性においても当てはまります。病院経営に関わる意思決定は、現場の状況を考慮して行う必要性があります。しかし一方で、社会情勢や競合の存在といった外因的要素にも影響されます。経営陣がさまざまな情報を総合的に鑑みて意思決定しているのに比べて、それを受け取る現場職員は情報量がとても限定的なのです。経営に関する情報を現場に逐一共有するのは非現実的ですから、職員の疑問や不満を完全に解消するのは難しいでしょう。
とはいえ、不満が高じれば前述したようなリスクにつながりますし、そもそも病院の方針を組織内に浸透させないことには、経営陣がどんなに戦略を考えたところで実行に結びつきません。各上長は、意思決定された内容の重要性と意義を伝える伝道者として、可能な範囲で情報を共有しながら職員の理解を求める姿勢が必要です。
満足度が部署によって異なるのはなぜか
それでは、ケースに戻りましょう。K病院で、部署によって「組織に関する満足度」に大きな差が生じているのはなぜなのでしょうか。同じ内容の意思決定にも関わらず部署ごとに理解度が異なるということは、その共有方法に問題があるという仮説が立てられます。各部署における意思決定の共有方法を確認してみましょう。
看護部では、看護部長が意思決定の内容を伝えるだけでなく、その背景を説明し、師長からの質問にもきちんと答えて丁寧に共有を行っています。ただ、師長から一般職員へは連絡ノートで共有しており説明が不十分で、疑問を解消する場もありません。上長が、自身が理解したことで満足し、部下に対して情報共有をおろそかにしがちというのは、なにもK病院に限った話ではないでしょう。
リハビリ部・診療支援部は特に不満度の高かった部署ですが、ここにおいてはなんと所属長・一般職員ともに報告書を配布するのみ。そもそも説明を行う各部長が経営会議に参加していないため、決定内容について十分理解できているかも疑問が残ります。これでは職員の不信感が募ってしまうのも無理がないですね。
それでは、満足度が一番よかった事務部はどうでしょう。所属長・一般職員ともに事務長が直接説明し、質疑応答も行っています。正確性・情報の網羅性という観点からは一番手厚く、その結果が満足度にも反映されていると思われます。ただし、これは組織の規模が小さいからできることであって、大きな組織では成り立ちません。また、事務長が一般職員に全て伝えることで所属長のマネジメント範囲を侵食し、所属長が一般職員を管理しにくくなってしまう可能性にも留意する必要があります。一般的には看護部のように、所属長が一般職員に伝えるのがよいでしょう。ただし、必要に応じて伝え方は指導する必要があると思います。
アンケートを“とっただけ”にしないために
K病院のように、職員の不満解消や経営課題の可視化のため、満足度調査を実施している病院は多いと思います。一方で、その設計・運用方法に苦慮している担当者も少なくないのではないでしょうか。アンケートを“とっただけ”にしないために、私身が心掛けていることをご紹介したいと思います。
(1)各部署との合意形成
アンケート結果は病院運営の改善につなげることを職員に毎回伝えます。実施する側からすれば、つい「当然伝わっているだろう」と考えがちですが、意外と現場の職員には届いていないものです。しっかり言葉にすることが大切です。
(2)企画・実施
◆匿名性を担保する
回答には、所属部署名のみを記載してもらいます。また、回答は個別に封筒に入れ、閉じた状態のものを所属長が数のみチェックし提出をするフローにしています。
◆中間評価は設けない
「そうだ」、「まぁそうだ」、「やや違う」、「違う」の4段階で回答してもらい、「どちらでもない」といったあいまいな選択肢は設けていません。
◆優先順位を明確化する
不満度の高い項目について、一度に全て改善するのは難しいです。一つ一つの改善施策をより効果的にするためにも、「あなたにとって、長く働いていく上で何が大切ですか?優先順位の高い順に3つ挙げてください」というように、どの課題が特に優先度が高いのかをはかる質問項目を加えています。
(3)職員へのフィードバック
個人的には、満足度調査においてこのプロセスが最も重要だと捉えています。きちんとフィードバックすることで、職員に向き合おうとする姿勢が伝わり、職員が経営層を信頼してくれるようになります。フィードバックの際は、結果とそこから何が読み取れたのか、職員が一目でわかるよう見せ方を工夫しましょう。たとえば直感的に結果を理解できるようグラフなどを盛り込むことで読んでもらいやすくなります。当院では、全従業員が見る院内掲示板にその結果・改善案を貼りだすとともに、全ての自由コメントに対して、経営幹部メンバーの返答を併せて掲示しています。また、掲示だけでなく各部長が口頭で所属長や現場職員に説明。そこで追加質問があれば個別に答えるようにしています。
(4)改善
フィードバックの際に明言した改善策はしっかり実行に移し、その結果についても丁寧に伝えましょう。そうすることで、次回以降もアンケートへの協力が得られやすくなり、さらなる改善につながっていきます。また、調査結果を踏まえ、アンケートの質問などは定期的に見直しましょう。当院では、調査結果を分析する中で生じた疑問やさらに深堀りしたい内容などは、次回のアンケートに反映するようにしています(ただし、経年的な変化も追いたいのでキーとなる質問については大きな変更はしない、回答率を高めるため質問を増やしすぎないといった点は留意しています)。アンケート実施→フィードバック→改善策の実施→質問などの精査→アンケートの実施というサイクルを地道に繰り返すことが重要です。
職員の不満を経営のエネルギーに変える
病院は、専門職が医療を提供する場です。そこでは商品、つまり“モノ”ではなく、働く“ヒト”が、収入を得るための原資と言えます。ですから持続的な病院運営には、職員の満足度をいかに高め、長く働きたいと思えるような職場環境をつくっていくことが必要不可欠なのです。職員満足度調査は、経営層にとっては「実施した以上、改善しないとさらなる不満につながりかねない」と負担に感じてしまう側面もあるでしょう。しかし、今回のケースのように不満の根底にあるものを明らかにし、その改善策を模索する中で組織のさらなる成長・発展の可能性が見えてきます。調査結果をネガティブに捉えすぎず、しっかり改善策に反映していくことが重要です。「地域を支えている」という実感を比較的得やすい大病院に比べ、中小病院では、特に意識的に病院への満足度・帰属意識を高める工夫が求められるように感じます。私自身、今後も職員の声に耳を傾けられるよう、そして得た声をもとに、よりよい病院へと成長できるよう模索していきたいです。
<編集:角田歩樹>
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