2018年度の診療報酬改定で新設された妊婦加算が2019年1月から凍結され、もうすぐ3カ月。「少子化対策に逆行する」などと批判を集めたことが凍結のきっかけですが、中央社会保険医療協議会(以下、中医協)では、同じく18年度に新設された別の加算にも飛び火し、算定要件の見直しを求める声が支払側の委員から上がっています。妊婦加算の見直しと共に、2020年度の診療報酬改定に向けた議論の焦点になるかもしれません。
<CBニュース記者・兼松昭夫>
妊婦加算は、運用と診療報酬上の枠組みに課題
「厚生労働大臣として改めてこの加算の趣旨に立ち返り、医療保険制度や診療報酬体系の中での妊婦加算の在り方について考えてみました」。
2018年12月14日、根本匠厚労相は閣議終了後の記者会見でこう切り出すと、この年の4月に新設されたばかりの妊婦加算をいったん凍結する考えを表明しました。
根本厚労相がこの時に指摘した課題は大きく2つ。患者への十分な説明なしに算定したり、コンタクトレンズの処方など通常と同じような診療で算定したりするケースがあるという妊婦加算の運用上の課題と、妊娠中の医療費の負担が通常よりも高くなるという診療報酬の枠組み自体に関する課題です。根本厚労相はさらに、「妊婦加算」という名称についても「再考する必要がある」との認識を示しました。「個人的な思い」と断った上で、「妊婦“安心”加算」と「妊婦“安心”“診療”加算」の2つを早速提案しています。
胎児への影響に注意して薬を選択するなど、通常の患者よりも慎重な対応が求められる妊娠中の女性に対する診療を評価することが、この加算をつくった目的でした。根本厚労相は会見で、「妊婦の方がより一層安心して医療を受けられるようにするという妊婦加算が目指しているものは依然として重要だ」とも指摘し、妊娠中の女性に対する診療の在り方を有識者らに議論してもらう考えを明らかにしました。
妊娠前後を想定した診療報酬には、妊娠22~27週の早産や40歳以上の初産などへの分娩管理を評価する「ハイリスク分娩管理加算」など、いずれも入院中に算定する報酬があります。これに対して妊婦加算は、妊娠中の女性に行う外来診療への評価で、医療機関は診療時間内なら初診時に75点、再診時は38点を、初診料(2019年9月まで282点)と再診料(72点)にそれぞれ上乗せできます=図表1=。
厚労省によると、発熱で内科を受診した際に産婦人科の受診を勧めるなど、妊娠中の女性の診療に必ずしも積極的でない医療機関があったほか、関連学会が2018年度での新設を要望していました。しかし、実際に新設されると、本来の趣旨に反するようなケースがあると交流サイト(SNS)やメディアで盛んに取り上げられました。それを受けて与党の会議が12月13日、妊娠中の女性が安心できる医療提供体制の充実などを検討するまで、運用を一時凍結するよう厚労省に求めたのです。
後期高齢者相談支援料は凍結から廃止へ
実は、これと同じようなことが、10年前の2008年から2010年にかけてもありました。「後期高齢者診療料」や「後期高齢者終末期相談支援料」など、2008年度の診療報酬改定で新設された後期高齢者(75歳以上)を対象とする報酬が、2年後に廃止されたり名称が変更されたり、対象が見直されたりしたのです。これらは、2008年の後期高齢者医療制度の創設に合わせてつくられましたが、「75歳以上」という年齢に着目したことが批判を集めました。
このうち終末期相談支援料は、回復を見込めない終末期の治療方針を患者・家族と話し合い、合意内容を文書にまとめることへの評価でした。しかし、「延命中止が強制される」などと特に強く批判され、新設からわずか3カ月後に凍結されました。
終末期相談支援料の凍結を決めた際の中医協の答申書では、「今回の措置は、国民の理解を得るための努力不足がその大きな原因」だと指摘し、こうしたことが再び起きないよう、診療報酬改定の趣旨や内容を国民に十分説明するよう厚労省に強く求めていました。それなのに、同じようなことが繰り返されたのです。
中医協「検証せずに凍結は異例」
根本厚労相の会見から5日後の12月19日、中医協は、妊婦加算の運用を2019年1月から一時凍結することを答申しました。
診療報酬に関する見直しは本来、中医協が調査・検証して対応を決めることになっています。しかし今回は、それを抜きに根本厚労相が一時凍結を表明しました。それだけに中医協の答申書では、「必要な調査・検証が行われないままに、凍結との諮問が行われたことは、極めて異例」などと不満をにじませました。
2019年2月15日には、「妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会」が発足し、根本厚労相の会見での発言を受け、妊産婦が安心できる医療提供体制の充実策などに関する話し合いを始めました。分娩を取り扱う全国の医療機関約500カ所の患者を対象に、実態調査も行います。
厚労省によると、2020年度に予定されている診療報酬改定に間に合わせるには、検討会での議論を2019年6月までに取りまとめる必要があるとのことです。夏以降は中医協が、妊婦加算の取り扱いも含めて診療報酬の枠組みを話し合います。
思わぬところに飛び火
「かかりつけ医機能」を整備している医療機関にとって気になるのが、妊婦加算を巡る中医協での議論が思わぬところに飛び火していることでしょう。中医協が妊婦加算の一時凍結を答申した12月19日の総会で、2020年度の報酬改定に向けて「機能強化加算」の見直しも検討すべきだという意見が支払側の委員から上がったのです。
幸野庄司委員(健康保険組合連合会理事)はこの日、「継続的な管理ではなく、風邪などで診療した場合にも算定されるケースがある」などと指摘しました。コンタクトレンズを処方するだけなのに妊婦加算を算定するのと同じような、運用上の問題点を指摘する声です。
さらに、中医協が2019年1月30日に開いた公聴会では、「従来と同じような診療を受けているにもかかわらず機能強化加算が設定されて800円ほど高くなった」などと幸野委員が述べ、それに対する苦情や問い合わせがないか、この日意見表明した開業医に質問する場面がありました。この開業医も機能強化加算を算定しているそうですが、「現時点で、私が知る限り苦情等はない」と応じました。
中医協がこの日公聴会を開いたのは、消費税率の引き上げに合わせ、2019年10月に国が臨時で行う診療報酬改定に患者や国民の声を反映させるためで、医療現場や健保組合の関係者、患者ら計10人が意見表明を行いました。妊婦加算や機能強化加算の見直しは臨時改定に直接関連するテーマではありませんが、健保組合の関係者は、妊婦加算と同じような問題がほかにないか、中医協による検証を求めました。これも機能強化加算を念頭に置いた発言とみられ、保険者側の関心の高さがうかがえます。
新設前から「診療機能の担保を」の声
機能強化加算は、「かかりつけ医機能」を持つ医療機関による質の高い初診への評価として、妊婦加算と同じ2018年度に新設されました。「地域包括診療料」や「小児かかりつけ診療料」など、「かかりつけ医機能」への評価とされる診療報酬を届け出ている医療機関が初診を行うと、初診料に80点を上乗せできます=図表2=。
政府の社会保障制度改革国民会議が2013年8月にまとめた報告書では、患者の“大病院志向”に歯止めを掛けて外来診療の役割分担を進めるため、「かかりつけ医」による「緩やかなゲートキーパー機能」の必要性を指摘しました。
地域の拠点病院では専門的な治療が必要な外来患者や、入院患者を中心にカバーし、一般的な外来への対応は「かかりつけ医機能」を持つ診療所や中小病院に委ねることで、限られた医療資源を有効に活用しようという考え方です。
それを踏まえて国は、2018年度の診療報酬改定では、紹介状を持たずに受診した外来患者から定額負担を徴収しなくてはならない病院の対象を拡大するなど、一層の役割分担を図りました。機能強化加算をつくったのもその一環です。
機能強化加算の新設を議論した2018年1月の中医協・総会で、支払側の吉森俊和委員(全国健康保険協会理事)は、この加算を算定するなら、通常の診療に比べて質の高い診療機能が明確に担保されることが必要だと訴えていました。そのための要件設定を求める声はこの時からあったのです。
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