虎の門病院 看護師 樋口朝霞
2015年4月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
1月に沖縄県立看護大学大学院を訪問した。遠隔教育システムを用いて、看護教育に取り組んでいる。
沖縄訪問のきっかけは、去年の冬に石田まさひろ・参議院議員(看護師)、東大医科研の児玉有子・看護師と様々な問題について議論したことだった。
私はもうじき病棟看護師として働きはじめて1年が経つ。看護師としてのキャリアパスも気になってきた私にとって、沖縄県立大の取り組みはとても魅力的にみえ、石田議員の視察に同行させてもらった。
このレポートでは、視察で得た沖縄県立大の取り組みの紹介と視察を通じて考えた看護師の魅力的なキャリアパス、さらに看護師の人材確保の新たな選択肢について述べたいと思う。
1. 遠隔教育システムは教育格差是正のキーとなりえる?
沖縄県立看護大学には、博士前期課程、後期課程の先端保健看護分野に「島嶼保健看護」という領域がある。医療資源の乏しい島においては、看護師の実力が患者の予後に影響するため、このコースが設置された。そして、学生や教員の移動コストだけでなく、医療人材も十分とは言えない島において、仕事を続けながらこのようなキャリアアップをすることが重要視され、遠隔教育システムを利用することになった。
このコースは博士前期課程2名、博士後期課程1名を受け入れおり、博士前期課程の入学者は島嶼地区に勤務する看護職者に限定している。このコースでは、島の病院と大学をテレビ会議システムで結び講義や論文指導をしている。もちろん、島や大学での対面での指導もある。現在は宮古島、久米島、八重島の3つの島の病院と大学を結び遠隔大学院教育が行われている。
私も実際遠隔教育の模擬体験をさせていただいた。テレビ会議システムはシンプルなシステムだ。画面とマイクとカメラ、そしてネット環境を整えればいい。その他に授業に使う資料を受信する、あるいはプリントアウトするパソコンとプリンターがあれば、モニターを介して学生と教員が「コミュニケーション」をとりながら授業が進められる。場所は病院の空いている会議室などの部屋で行われ学校を建設するコストがかからない。ただ、台風などで回線がうまくつながらない時や予期せぬシステムダウンを経験したそうだ。
私たちは実際に、久米島、宮古島、八重島の病院とテレビ会議システムをつなげて実際に学んでいる学生の話を聞いた。
八重島の病院で講義を受けている2年生のAさんは、「遠隔教育だからといってハンディを感じることはあまりない」という。「むしろ本島の教室に通うとすると移動の交通費と宿泊費がかかる。往復の飛行機代は島民割で1万5千円かかる。なので遠隔教育がなかったら、大学院をあきらめて島に残るか、大学院のために本島に住むかの選択肢しかなかった」と話す。「強いて欠点をいうなら、パソコンやプリンターの起動が遅くて、講義で使う資料をプリントアウトするのに時間がかかってしまうことや、グループワークやディスカッション形式の授業だと、本島の教室で盛り上がっていると途中から参加しにくいと感じることがある」という。
教員のB先生は「メンテナンスコストの確保がこれからの大きな課題」であるという。また教員のスキルアップやモニターの向こう側の学生への配慮で解決につながる課題もあるという。しかしながら、B先生は「テレビ会議システムは、対面での授業のあくまで代替手段であって、逆転の発想はない」と話す。教育には教える側も教わる側も仕草や反応を共有することは大切だからだ。
また、「学生同士が学び合う」という点で一緒に講義を受ける意義があるともB先生はいう。例えばハワイ大学の大学院では基本的にオンラインで授業が行われていて、集まるのは年に一回しかない。逆にオーストラリアの場合はオンラインをできるだけ少なくして実践を中心にしている。遠隔教育は、世界で試行錯誤が続いている。遠隔教育は完璧な教育手段ではないかもしれないが、離島のような遠隔地の教育格差を是正する一つのキーとなるかもしれない。
2. 入学資格は島嶼地区に勤務する看護職者
日本中どんな地域でも生じている問題だが、島の病院も看護師不足に悩み、看護師を集めたいと様々な試行錯誤をしている。「島嶼保健看護学」は博士前期課程の入学者は島嶼地区に勤務する看護職者に限定しているため、沖縄県立看護大学院の遠隔教育を受ける学生は必然的に島の病院で看護師として働くことになる。実際、今受講している一人は県外から来た学生であった。
私たちが実際に訪問した久米島の病院も他の離島と同様に医療関係者の人材不足、人材確保が課題となっている。その意味でも病院の中で働きながら大学院教育が受けられるということは重要なアピールポイントとなっている。
ここの病院の看護部長さんと事務長さんにお話を伺うことができた。働く医療関係者は事務職も含めて島外出身の人が多いという。ちなみに、院長の医師は長野出身、看護部長は沖縄本島の病院の管理者を退職しての赴任、事務長は長崎出身だった。事務職の確保も知り合い伝手で集めている状況で、当然医師不足も大きな課題で、ぎりぎりの人数で当直を回し、月に一度は本島から応援にきてもらって何とかしている状態であるという。島の医療は人材不足が大きな課題であるため、島で働きながら島嶼看護を学び修士課程を修了できることは島の医療人材確保、看護師確保に役立つ可能性がある。
3. 離島にいながらできるキャリア形成
宮古島の病院で看護師として働きながら講義を受けているCさんは専門看護師のコースに興味があって学んでいるという。Cさんは「仕事も家庭も島にあるのでこの遠隔大学院教育がなかったら大学院入学なんて考えもしなかった」と言う。
実際の講義は日中の仕事が終わったあと17時40分から行われている。講義は夜遅くまで続くこともあるが、常勤として働きながら、離島という僻地でキャリアアップができるという条件はやる気のある人にとっては、疲労感という感覚は二の次なのかもしれない。
また、病院の中に大学院があるので看護研究がしやすい。臨床と研究が同時にできるので、現場の看護師にとっても研究が身近に感じられるきっかけになっているようだ。大学院の教室が院内にあることで、島の病院で大学院を受講していない看護師も、大学院の「図書」を利用できる。つまり、島の病院に大学院があるということは、院生として学看護師のキャリアアップだけでなく、島の病院全体の看護のレベルアップにつながる仕組みであるとも言えるだろう。
今後、働きながら大学院生をする職員に対して病院から公休扱いで本島の教室での講義が受けられるなどの優遇措置進めば、島で看護師として働くことがより魅力的な職業になるのではないだろうか。
私は宮城の松島の生まれでもあり、僻地医療、地域医療に興味がある。これまで、僻地で実践しながら、大学院に行くことは困難さしか思い浮かばなかった。しかし、沖縄県立看護大の島嶼看護学のような遠隔教育システムは、私のような看護師にとって、現地でプライマリケアを実践しながら大学院で学問や研究ができる魅力的なキャリアパスになる可能性をとても感じた。
4. 縁の下の力持ちの存在
沖縄県立大学院で遠隔大学院教育を始めるきっかけとなったのは先代の学長たちの強い意志だったという。上田礼子・初代学長がハワイ大学で行われている遠隔システムを取り入れる話を持ち出し、2代目の野口美和子学長が島嶼保健看護学確立をやると決めたことだったらしい。県などからの反対がある中、バイタリティのある教員らによって実現した看護教育の新しい方法である。
ちなみに沖縄県ではすでに准看養成は停止されている。このように先進的な看護師養成、看護教育の実践が沖縄から始まっていることを今回の視察ではじめて知った。
当然、実施面では様々な困難や苦労もある。たとえば、大学院は仕事をもつ社会人が多いこともあり、教員らは学部の講義が終わる夕方から大学院の講義を行っている。教員のDさんは、「沖縄には電車がないという土地柄から終電の時間を気にしないで仕事ができる」と笑って話す。ハンディのある地域でも学びたいというやる気のある学生を支えている素晴らしい教員らがいてこの教育体制が成り立っている。
また、人材育成と人材確保はセットで考えるという発想が今の遠隔大学院教育である。これもバイタリティ溢れる教員らによって考え出された。アイディア次第で既存の課題にアプローチする方法はいくらでもあるという。今後は大学院教育課程に急性期やプライマリケアのナースプラクティショナーのコースも新設する予定とのことで、ますますこの遠隔大学院教育が注目されることだろう。沖縄では特に島出身の人材がアイディアやバイタリティの豊かさで目立っていると耳にしたが、今後も島出身の教員らがこの遠隔大学院教育をリードし、さらに進化をつづけるのだろう。
5. 沖縄モデルを日本全国に
この遠隔教育という発想によって、離島や地方に住んでいる人の教育を受ける機会が少ないという教育格差を是正し、教育の質を向上させるということが、看護学のスキルに限らず様々な分野において応用できるかもしれない。先に述べたように教育機関という箱モノはいらない。既存の教育機関とネットと受講者というシンプルな条件さえあればよい。
また、人材育成と人材確保をセットで考えるという発想はやはり離島や僻地の医療人材不足問題に大きなヒントを与えるかもしれない。
現在、私を含め、病院勤務をしている看護師は仕事の勤務体制上の問題で、キャリアアップを見据えてセミナーや研修を受けることはそう簡単なことではない。そこで、この遠隔大学院教育のように働きながら大学院でキャリアアップが図れるという取り組みは非常に魅力的に思える。
遠隔教育のシステムは看護師の人材確保の新たな選択肢となるかもしれない。特に東日本大震災から4年経った東北の被災地では、私の地元宮城県含め、急速な高齢化が医療のニーズを高める中、医療、教育の人材確保が大きな課題となっている。地方の病院で働きながら遠隔大学院教育でキャリアアップという付加価値を伴う選択肢は復興への加速に役立つかもしれない。私自身も大学院に行きながら地元の病院で働けるという選択肢は大変魅力的に思う。このしくみが日本の看護師教育では当たり前の選択肢になる日もそう遠くないように今回の視察を通して強く感じた。どうしたら広がるのか、また今の課題をどうクリアするのか、看護師駆け出しの私の立場からも今後も対策を考えていきたい。
最後に、この遠隔教育システムのさらなる可能性は、そもそも看護師養成の段階、つまり大学の学部等の教育の時点への導入だろう。基礎教育からこの遠隔教育が行われると、地方の看護師不足への突破口となるかもしれない。学部教育に向けて法整備など様々な課題があると思われるが、実施までの壁とその解決策をこれからも考えていきたいと思う。
(2015年4月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 より転載)
著者紹介
樋口朝霞
宮城県出身。北海道大学医学部保健学科看護学専攻卒業。国家公務員共済組合連合会 虎の門病院で看護師として勤務。
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