異国修行のすゝめ

神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科後期研修医
前田裕斗

2015年6月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

「アホ!…あ、東京の人にこんなこと言うたら怒られるわ」と言われながら手術や診療に励むのはなかなか刺激的な毎日だ。私の名前は前田裕斗。生まれも育ちも東京で、開成学園高校、東京大学と経て初期研修は神奈川県の川崎市立川崎病院で修了した。だが産婦人科として後期研修を始めるにあたり、関西は神戸という全く縁も所縁もない場所を選んだ。その理由について詳細は前稿 (MRIC Vol.188 私が「関西武者修行」を選ぶわけ) に譲るが、ごく簡単に言えば「見知らぬ土地での修行を通して仲間を作り、自ら物事を決める力を培うため」である。

本稿では実際に関西で研修を行い改めて実感したことを紹介するとともに、地元を離れて研修を行う利点について述べる。その利点は大きく分けて3つ。異文化を吸収できること。地元を相対化できること。そしてなにより貪欲になれることである。

はじめに「異文化を吸収できること」である。勿論技術面、診療内容も含むが最も違うのは人だ。関西人はハッキリとものを言う。冒頭の台詞は手術中に一つ手順を飛ばしそうになった私にある先生が放ったものだが、確かになかなか関東の病院では聞きそうにない。また、カンファレンスでも後期研修医が上級医の手術方針と異なる自分の意見を主張するなど、刺激的な場面もよくみられる。このように関西では自身の考えを持ち、より明解な発言が求められる。関東で育ってきた自分の弱点でもあり日々鍛えられている。

次に「地元を相対化できること」だ。東京のよさは、東京を離れてみないとわからない。例えば離れてわかる東京の利点は、何もかもがまとまっていることだ。東京の人口密度は兵庫の約2.5倍。単位面積あたりの駅数はなんと約8倍。関西は駅間が広いため移動に車や電車が必要なことが多く、仕事終わりに勉強会にというのはややハードルが高い。その点東京は23区内なら自由自在に移動でき、人も集まりやすい。情報が集まるのはやはり東京だ。一方人とモノが集まりすぎているため病院間やスタッフ間で症例の取り合いが起きることもしばしばで、より多くの経験を積む、つまり修行するには東京は向かない。地元で働くのは、居心地がいい。自分が最も慣れ親しんだ地域だからだ。しかし、地元で働くことがどのように自分にとってプラスになるのかを明確に言える人は意外と少ないのではないだろうか。

そして最後にして最大の利点が「貪欲になれること」だ。人も場所もわからない。知り合いもいない。その中で仲間を増やし、周りから認められる為には人並み以上に努力し、文化を吸収し、周りと意思疎通を図らねばならない。関西行きは自らで決めたことで、関西まで出てきたからには手ぶらでは帰れない。その貪欲さこそが慣れ親しんだ地域を離れて修行を行うことで得られる最大の利点であり、強みである。

以上で紹介してきたように、地元を離れて研修することは、多様な価値観を身につけ、自身の育った環境を見直し、主体性・積極性をもって学ぶことに繋がる。そして何よりも、楽しい。子供の頃に新しい場所を訪れたときや、初めて海外旅行に行ったときのことを思い出してほしい。何が待っているのかわからない不安と共に、新しい発見に出会える高揚感を抱かなかっただろうか。最後になるが、この選択肢は将来を決めかねている人にこそおすすめしたい。多様な視点を身につけることで、自分自身で将来を決める為の一助となることは請け合いだ。一度きりの人生、数年ぐらい故郷を飛び出し異国で修行に励むことをおすすめしたい。

【略歴】
前田 裕斗
2007年3月私立開成学園高等学校卒業
2013年3月東京大学医学部医学科卒業
2015年3月川崎市立川崎病院にて初期臨床研修修了
2015年4月より神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科にて後期研修開始

(2015年6月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 より転載)

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