購買課編:コスト削減に現場から反発…。どうやって交渉進める?~事例でまなぶ病院経営 病院事務管理職のすゝめ~vol.3 

病院事務管理職の業務に必要なスキルは、体系的に学べないものがほとんどです。経理や医事、労務管理の知識であれば書籍などで習得できますが、理事長・院長をはじめとする経営幹部が病院事務管理職に求めるスキルはそれらにとどまりません。

本連載では、病院事務管理職が経験しがちな“あるある”課題を事例として紹介します。事例を通して、より円滑に効率よく仕事するためのノウハウを学んでいきましょう。

解説者:加藤隆之氏 株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員/中小企業診断士/経営学修士(MBA) 


本連載3回目は、薬剤・医療材料の物品管理・コスト削減の要である購買課。販売代理店や医師とのコミュニケーションで陥りがちな課題について、解決策を検討していきます。

目次

購買課の業務の特徴とは?

周りの職員からは「外部の業者とそんなに何を話しているのだろう」と不思議に思われることもある購買課。
販売代理店だけでなく、院内の医療現場とのつながりも重要で、看護師長や診療部長との関係性をしっかり築ける職員がいる購買課は、事務長からの信頼も厚くなっているでしょう。

一方で、他の病院事務とのつながりは薄く、医事や総務など他の事務部署とは系統が異なるため、事務職の中でも専門的な職種に見えがちです。「購買課にだけは配属されたくない」と思っている事務職も多いのではないでしょうか?
また、業者とあまりに仲がよかったり、長年購買課に所属したりすると、「業者と癒着しているのでは」などの変な噂が出てしまうこともあります。

このようになんだか孤立しがちな購買課ですが、現場と経営陣、そして卸業者との間での立ち回り次第では、他の事務系の部署にはない経営インパクトを与えることも可能です。
本ケースでは、コスト削減に向けた院内調整の事例を検討します。

【事例紹介】

医師に委縮して、代理店との価格交渉が進められない購買課長

(D購買課長:48歳男性、部下2人/350床の急性期病院)

地方中心都市郊外に立地しているA病院は、循環器内科と整形外科が強みで、医療材料の購入金額が大きい。Dさんは前職での購買課の経験を買われ、8年前に購買課長として入職。以来、ずっと同じ役職に就いている。

日々の主な業務は院内物流の管理・発注で、その他新規製品の採用や医療機器の見積もり、修理対応の窓口業務なども行う。購買専任のようなポジションのため、各病棟の看護師・医師など医療現場で顔が広く、購買の経験がない事務長からは、業者や現場とのやり取りをほとんど任せられていた。

取引先として、循環器内科はカテーテル実施時に頻繁に立ち合ってくれるB代理店、整形材料は医師からの信頼が高いC代理店、その他一般医療材料を納品する数社とやりとりしている。日ごろから代理店には強めの態度で接するようにしており、見積もりが提示されてもすぐには受け取らず、何度も再見積もりを出させている。時には代理店の担当者に対して怒鳴ってしまうこともあった。

先日、コンサルティング会社からある診療材料のベンチマークシステム(他病院との納入価格の比較)の紹介を受けて、D購買課長は驚愕した。会話の中で、複数の製品について、これまで標準よりも高い金額で購入していたことが判明したのだ。
すぐに代理店の担当者を呼び出し、大声で価格を下げるように迫ったが、さまざまな理由ではぐらかされてしまう。仕方なく「代理店を変える」といった言葉まで発してみたが、それでも価格は下げられないようだ。

しかもその後、循環器の医師から個別に呼び出され、「業者をいじめるような言葉はやめなさい。当院の世間からの印象が悪くなる」と注意を受けてしまった。
「購買担当として『少しでも安く購入できるのが当院のため』と考えてのことなのに、なぜ悪者のように注意されないといけないのか」――。D購買課長は、理不尽さを感じ、悲しくなった。

【解説】

院内の利害関係、力関係を整理して、「大義名分」を手に入れる

今回の事例のように、医師が業者寄りの立場につくことは珍しくありません。D購買課長は、業者に対して強い態度で価格交渉をしていましたが、医師は日ごろの手技中の立ち合いなどを通して業者と良好な関係を築いてきたようです。

医師からすると「安く納品してくれる業者」よりも、「新しい製品を紹介してくれて、その製品について詳しい業者」と付き合いたい気持ちが強いのは当然なのかもしれません。そのような医師に「購買担当の役割をわかってほしい」と訴えても、ましてや「あの医師は業者とべたべただから……」と周囲に愚痴ったとしても、納品価格を下げることにはつながらないでしょう。その医師と自身の関係性が益々悪くなることもあり得ます。

それでは、この購買課長はどのように価格交渉を進めればよかったのでしょうか?

まずは、院内の利害関係、力関係を整理してみましょう。材料を使う人、製品の採用や使用頻度に大きく影響を与える人は誰でしょうか。

今回の場合は、医師ですね。それでは医師が「この人の指示は聞かなければならない」と考える人は誰か。診療部長・院長です。さらにいうと、院長は理事長の指示に従うはずです。(そうでない医師も多いですが、少なからず建前上はこのルールに従っていると思います)

つまり、購買課長としては、理事長・院長から「製品の購買価格を下げる」という“勅命” を、院内にオープンな形で出してもらうことが重要なのです。その「大義名分」を示した上で、医師や業者へは「私も現場の事や、いつもサポート頂いている業者さんの立場を考えると心苦しいのですが……」といったスタンスで対応していきます。

購買課長の考えや主張を前面に出した価格交渉はうまくいかない

至極普通のことを書いているようですが、さまざまな病院を訪問していると、購買担当者自身の考え・主張を前面に出してしまって、医師や看護師など現場の反発を受けているケースは珍しくありません。それよりも、院内ではそれなりの“タヌキ”でいて、不要な衝突を避けた方が仕事はスムーズに進められるはずです。(これは事務長にも言えることですが)

これまで正面突破で物事を進めてきた方々にとっては、もしかしたらちょっとずるい手法に映るかもしれません。しかし、価格交渉は購買課長の重要な使命です。病院の経営に貢献することができれば、職員数の増加や、最新の医療機器の導入が叶う可能性もあります。つまり、価格交渉をきちんと進めることは、現場の医師や看護師にも大きな意味があるのです。

現場はどうしても目先の利益にとらわれがちですが、購買課の職員は「病院の将来の利益にもつながっている仕事」という自負を持ち、日ごろの業務を進めていただきたいと思います。

【筆者プロフィール】

株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員 加藤隆之
中小企業診断士 経営学修士(MBA)
「事例でまなぶ病院経営 中小病院事務長塾」 著者
病院専門コンサルティング会社にて全国の急性期病院での経営改善に従事。その後、専門病院の立上げを行う医療法人に事務長として参画。院内運営体制の確立、病院ブランドの育成に貢献。現在は日本M&Aセンターで医療機関向けの事業企画・コンサルティング業務等に従事する傍ら、アクティブに活躍する病院事務職の育成を目指して、各種勉強会の企画や講演・執筆活動を行っている。

病院経営に関するご相談、事業承継に関するご相談は、
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