スタッフの働き方に直接アプローチする健康経営
―最近では、従業員への健康経営を評価するホワイト500(※)の受賞も話題になりました。具体的にどのようなことに取り組んだのでしょうか。
ホワイト500とは、経済産業省により、健康経営に優れていることを認定された大規模法人。2016年に創設された「健康経営優良法人認定制度」の大規模法人部門で認定された法人を指し、対象は「規模の大きい企業や医療法人等」とされている。2020年までに500法人の認定を目指しており、2018年8月時点で539法人が認定済み。
メンタルヘルス対策や生活習慣病対策などです。メンタルヘルス対策では、職員それぞれに対し、ワークライフバランスの考慮やタスクシフティングのための院内研修を行っています。この取り組みは、従業員の自律的なキャリア形成支援が評価され、厚生労働省のグッドキャリア企業アワードを受賞しました。
生活習慣病対策では、看護師や介護職員など腰痛を抱えやすい職種に対して、腰痛予防教室を開いたり、ノーリフティング(移動できない患者らを人力だけで抱え上げない)を推奨したりしています。それと、本年から導入したPHR(健康に関する個人情報)管理システム「カルテコ」をスタッフにも提供して健康意識を醸成しようとしています。
ただ、これらの取り組みは受賞のために何かを始めたというわけではありません。もちろん申請するから受賞できるわけですが、『「生きる」を応援する』『スタッフが本来業務に集中できる環境をつくる』といった考え方に基づいて取り組み続けた結果、申請できる状況になっていたのが実態です。
経営者駆け出しの頃のトラウマ
―これまで数々の取り組みを実現し、法人規模も拡大してきました。順風満帆のように見えますが、いかがですか。
いや、実は経営者としてのトラウマがあるんです。ちょうど院長から理事長になった頃だったと思います。当時、先代が先行投資をしていた影響もあって、足元の経営状態は芳しくありませんでした。そのため、就任早々に全職員集会でボーナスカットの説明をしなければいけない事態になってしまいました。
スタッフの間では『沈没する恵寿丸に乗っていて大丈夫だろうか?』という話も出ていたようです。幸い、実際に降りる方はあまりいませんでしたが、あのような説明会は二度としたくない。私自身も辛いし、スタッフには不安を与えてしまって本来業務に集中できなくなる。経営を頑張らなくては…と思わせられる出来事でした。
―銀行から融資ランクを下げられたりもしたそうですね。そんな窮地を経て、新しい取り組みの数々を実現させてきました。どのように発想しているのでしょうか。
新しいと言っても、なにかを発明しているわけではありません。多くは他業界のアイデアを転用しているに過ぎません。そのとき、闇雲にアイデアを持ってくるのでなく、現場の問題意識を把握することが大事なのだと思います。わたしは今も、外来に立つようにしています。病院と介護医療院で週1コマずつに過ぎませんから問題すべては把握できないかもしれませんが、現場の様子や仕事の流れ、システムの使い勝手など、自分で触れるか触れないかでは大きな違いです。
あとは、新しいことを続けていると、変わったことをしている企業から声が掛かりやすくなります。「こんなサービスを始めようと思うんですけど、モニターになってくれませんか?」と言ってきてくれるので、新サービスにわたし達の意見を反映してもらいやすい。それに、割安で提供してもらえます(笑)
―アイデアは現場からのボトムアップというより、トップや経営層の発想が大きいのでしょうか。
現場からの意見を聞かないというわけではありません。身の回りの業務改善というレベルなら、スタッフがよく分かっていると思います。ただ、これまでお話したようなSPDやコールセンター、ユニバーサル外来、カルテコなどの導入を一部門の一スタッフが考えるのは難しいでしょう。そこはトップが責任をもって考えることが必要です。
―トップが責任を持つとは、具体的にどういうことでしょうか?
投資のバランスでしょう。新しい取り組みにどの程度まで資源投入するかは、まさにトップが考えることです。
世界に認められた「けいじゅヘルスケアシステム」
―今後はどんな取り組みを考えていますか?
恵寿ヘルスケアグループの「生きるを応援する」をさらに実現体現していきたいと考えています。これまで医療機関が応援する「生きる」とは、生命そのものでした。しかし本来、人は生活を営み、人生を歩んでいます。ですから生活、いいかえれば介護ももっと応援していきたい。
2018年に入って、生活支援部を立ち上げました。何を扱うかというと、たとえば自動車免許を返上した高齢者のための送迎サービス「楽のりくん」。これは乗り合いタクシーと病院シャトルバスを組み合わせたようなもので、患者さんたちの自宅を周回して病院まで送るのです。自宅からバス停までが遠い高齢者もいますから、通常のシャトルバスよりも乗車率が高いです。他にも、入院・入所中の生活必需品を定額で提供するサービスも扱っています。申し込むとタオルやタオルケット、下着、ティッシュなどが使い放題になります。洗濯物はご家族が持ち帰って洗うわけですが、それを頑張って毎週のようにやっても、入所者視点からすると部屋に使用済みのものが1週間も溜まっていることになります。ご家族の負担と衛生面から、なんとかできないかと思い、立ち上げたサービスです。
今秋には、退院した後の生活も支援しようと、「便利屋さん事業」を始める予定です。たとえば脳卒中で半身不随になったとき、家が散らかっていては退院後の生活もままなりません。それなら、わたし達が掃除や買い物、それこそ電球交換まで代行しようというサービスです。
―貴グループの地域包括ケアとも言える「けいじゅヘルスケアシステム」は、国際病院連盟賞2018(2018 IHF Awards)でファイナリストにも選出され、10月には最終順位が発表される予定です。
世界的にも注目していただけて嬉しい限りです。いくつか部門がある中でも大賞のファイナリストで、33か国118組織160応募の中から上位6テーマに選ばれたということです。けいじゅヘルスケアシステムでは、急性期からか介護・福祉までを統合していく戦略が世界に認められたのだと受け止めています。これを励みに、これからもますます地域の方々や患者さん、スタッフのために邁進していきたいですね。
<取材・写真・制作:塚田大輔>
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