半沢直樹に学ぶ、“強い”経営マネジメントスタッフの育成~医療マーケティングの一丁目一番地とは~―病院マーケティング新時代(43)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター

済生会熊本病院 医療連携部 地域医療連携室長

医療マーケティング、ゼロからはじめよう!−病院マーケティング新時代(42)」では、私が勤務する済生会熊本病院でマーケティングを展開する上での基礎部分のお話をさせていただきました。
今回から具体的な施策をご紹介しようと思っていましたが、読者の方から「そもそもどんな体制で取り組んでいるのか?」や「どうやってスタッフを育成しているのか?」といった声をいただいたので、まずはその辺りの疑問にお答えします。

目次

仕事は「客のため」「世の中のため」にするものだ

さて、今回の記事のタイトルに入れた「半沢直樹」。ご存じの方も多いでしょうが、銀行員が権力に屈することなく奮闘する池井戸潤氏の人気小説シリーズです。ドラマ化もされ、普段テレビをあまり見ない私も毎週楽しみに観ていました。(2年以上前の話にはなりますが……)

原作シリーズ第3弾の「ロスジェネの逆襲」も読みました。タイトル回収部分とも言える核心部(pp. 393-395)。主人公の半沢と部下の森山は、「仕事の信念」についてこんな会話を繰り広げます。

森山は問うた。「それはどんな信念なんでしょうか」

「簡単なことさ。正しいことを正しいといえること。世の中の常識と組織の常識を一致させること。ただ、それだけのことだ。ひたむきで誠実に働いた者がきちんと評価される。そんな当たり前のことさえ、いまの組織はできていない。だからダメなんだ」

「原因はなんだとお考えですか」

森山はさらにきいた。

自分のために仕事をしているからだ

半沢の答えは明確だった。「仕事は客のためにするもんだ。ひいては世の中のためにする。その大原則を忘れたとき、人は自分のためだけに仕事をするようになる。自分のためにした仕事は内向きで、卑屈で、身勝手な都合で醜く歪んでいく。そういう連中が増えれば、当然組織も腐っていく。組織が腐れば、世の中も腐る。わかるか?」

真顔でうなずいた森山の肩を、半沢は微かに笑ってぽんとひとつ叩いた。

(池井戸潤、ロスジェネの逆襲、2015年、文春文庫)

私はこのシーンを読んで心が震えました。これこそが組織人の原理原則、プリンシプルだと。

特に病院の経営マネジメントを担う事務系職員は、顧客との接点・現場経験がない場合が少なくありません。組織に対する貢献意識は高くとも、“顧客不在の経営議論”に陥ってしまう可能性があるのです。
私自身、入職直後はそのような議論(目先の収益改善等)に走る傾向があり、しばしば上長から指導を受けていました(汗)。
医療現場と経営支援のミスマッチを防ぐためにも、前回お伝えしたとおり「院内連携の強化」、そして「ステークホルダーとの連携に関する新人教育」は極めて重要と考えています。

患者の乗る車椅子を押す同僚とすれ違ったら、なんと声をかけますか

上司から毎日怒られながら(ご指導いただきながら)新人時代を過ごした私ですが、今では経営マネジメントスタッフとしてのキャリアも11年目になり、 6年前から医療連携を担当しています。
これまでに約2,000件の医療機関を訪問。基本的には「量より質」という考え方ではあるのですが、自分自身の医療経営に対する価値基準は、訪問数を重ねたことで大きく変わったと感じます。
連携先の先生方から様々な価値観・経営観を学んだこの経験は、経営マネジメントスタッフとして価値ある財産になりました。

現在は、渉外活動を行うスタッフも育ち、複数体制で施策を実践できる体制となりました。ステークホルダーの視点・声を自院に持ち込み、組織を巻き込んだ改善活動(PDCA)を回し続けることが地域医療連携室の責任者として最大の責務だと心得ています。

このような背景もあり、当院で経営マネジメントの教育をする場面では
とにかく

  • 「患者さん」と「地域(連携先・住民)」の存在
  • リレーションシップ強化

の重要性を伝えるようにしています。

新人職員ほど「そんなのは当たり前だ」という顔をしています。しかし、入職当時は「当たり前だ」と感じていた職員たちも、上記を常日頃から意識しなければ、年数を重ねるにつれてついつい“内向き”の仕事をしてしまいがちです。

例えば職場の廊下で患者さんの乗る車椅子を押している同僚とすれ違ったら、なんと声をかけますか。
同僚に「お疲れ様です」と声をかけるか、患者さんに「こんにちは」と挨拶するか。その意識の差は、仕事の向き合い方に連動します。

病院の顧客は誰か?〜医療マーケティングの一丁目一番地〜

世の中にあるビジネスの大半は、モノやサービスを使った(購入した)お客さんが、その場で提供元への対価としてお金を支払います。「お客さんに商品を買ってもらわなければ、ビジネスは成り立たない」。これは、一般事業会社において、というか一般常識として当たり前だと思います。だからこそ、どのビジネスでも当たり前の水準で「顧客のため」が実践されるのです。

ところが医療は構造上、経営に関わるほどに“顧客”が見えづらくなってしまいます。
そのため当院の新入職員には、「顧客」という概念を深堀りして考えてもらいます。

「病院のお客さんって誰だと思う?」と問うと、「患者さん」という答えが返ってきます。中には入職直後から「連携医療機関」と答えてくる場合もあり、よく考えてくれているなと嬉しくなります。

いずれも正解ですが、“それだけでは足らない”というのが私達の考えです。
私達の病院に来ていただいている患者さんが支払う医療費の負担割合は1〜3割。高額療養費制度や公費負担医療制度等もあるため、国民医療費全体で見ると患者負担額が占める割合はわずか11.7%にすぎません。(下図参照)

出典:厚生労働省.令和元(2019)年度国民医療費の概況-図3財源別国民医療費より筆者作成

では残りの9割弱は誰が支払っているか。
その9割は保険料や税金ですから、大半は患者さんではない、病気ではない方々が支払ったお金になります。しかも若年から高齢者まで幅広い層の方々が負担しているのです。

病院経営は多くの国民に支えられている。だから私達は、一定の水準で「地域」「社会」のために努力しなければならないと考えています。
私達が正しい情報を発し続ける必要があるのは、このためです。地域住民が医療を必要とするとき、その医療ニーズに最適な医療を受けられるように、より賢明な選択ができるように。
情報の非対称性を少しでも解消する。これが医療マーケティング、ブランディングの一丁目一番地となるのです。

済生会熊本病院の医療マーケティング体制を紹介します!

最後に、当院で医療マーケティング戦略の策定・実践を担う地域医療連携室の体制をご紹介します。

15名が在籍し、連携先からの相談窓口の他、医療政策・地域の動向を踏まえたマーケティング戦略の策定と、施策実践を中心に運営しています。今後ご紹介予定の渉外活動やセミナー企画、広報といった具体的施策についてもその一貫です。

業務の内訳としては、15名中7名が連携医療機関からの紹介予約を承る専門チーム「外来紹介センター」に所属しており、残る8名で企画・戦略業務、及びその補佐を担当しています。

※クリックで画像が拡大します

なお、地域医療連携室が所属する「医療連携部」は2022年11月現在、42名が在籍しています。
下図の通り医療連携部長(上杉英之医師)、医療連携部副部長(坂本快郎医師)を筆頭に、地域医療連携室を含む4つの室で構成されています。

※クリックで画像が拡大します

さて、話を地域医療連携室の体制に戻します。

当院は熊本市にある400床の急性期病院です。地域医療連携室に15名、うち8名が企画・戦略業務に携わると聞いて「人数が多い……」と思われたかもしれません。

しかし最初からこの体制だったわけではなく、私が地域医療連携室に異動した2016年当時は8名体制でした。(4名が紹介予約担当、2名が問合せ等への対応担当、残り2名が渉外・企画担当といった感じです)
機能分化と医療連携推進の重要性が増し、その対策としてここ数年間「人員増」というありがたい経営判断がされています。その一方で、医療連携を理解したマーケティング人材の育成が急務となりました。

前述の、基礎教育を組み合わせた実践型人材養成研修を重ねた結果、現在は複数体制でのマーケティングの実践が可能となっています。中でも特徴的なのは、クリエイティブ担当の職員を1名育成して、専従配置していることです。この経緯や具体的な育成方法については、また今後お伝えしたいと思います。

>>医療マーケティング、ゼロからはじめよう!―病院マーケティング新時代(42)

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