病院職員の新たなキャリアパス~医療特化型マーケティング企業の設立事例~病院マーケティング新時代(52)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター

済生会熊本病院 医療連携部 地域医療連携室長

目次

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病院マーケティングサミットJAPAN理事の松本卓さん。医療マーケティング・病院広報界隈ではご存知の方も多いのではないでしょうか。小倉記念病院(北九州市)では、医師とともにコミュニケーション戦略を構築し、同院のV字回復に大きく貢献されました。現在は病院を退職され、マーケティング・戦略広報の実践を生業とすべく2023年7月に独立。医療特化型マーケティング企業「合同会社つなぐ」の代表として活躍しています。医療マーケティングの社会的意義や、経営層、医療マーケティング・広報実務者に伝えたいことを伺いました。

参考記事:いま、医療経営に求められる「戦略広報」とは?―病院マーケティング新時代(51)

プロフィール

松本 卓(Suguru Matsumoto)
1984年、長崎県五島列島生まれ。2006年より小倉記念病院(北九州市)に在籍。医事・人事・管理業務を経て、2014年より企画広報課にてマーケティング業務に従事。2017年、PRプランナー取得。2018年、病院マーケティングサミットJAPAN Executive Director就任。2021年、日経BPより書籍「小倉記念病院のV字回復に学ぶ 最高収益を生み出す 病医院マーケティング」を出版。2023年、医療機関専門のマーケティング会社「合同会社つなぐ」を設立。

40歳で病院を退職し、医療マーケティング分野での独立を決意

――小倉記念病院時代の業務内容と、40歳で退職され、独立された経緯を教えてください。

2006年から勤めた小倉記念病院では、2014年に企画広報課を立ち上げ、webサイトの見直しから医療マーケティング活動を開始しました。
単なる広報ではなく、地域とのコミュニケーションに力点を置いたマーケティングに注力してきました。

医師を全面に出し、患者だけでなく生活者の視点を重視した、ある意味病院らしくない広報活動を行うことで、病院の実績は着実に回復。同院でのマーケター生活も10年近くになり、安定的な経営に貢献できているやりがいを感じていました。
一方で、「0から1」を生み出す機会は少なくなりました。私は「0から1」に取り組む瞬間が1番燃えるんです。

実は以前からクリニック・病院の先生方からマーケティングに関する相談を受けることがしばしばあり、病院勤務の傍ら複数施設とコンサルティング契約を結んでいました。

「これからマーケティングに力を入れたい」と意気込むクライアントとの活動では、「0から1」に携わる機会が豊富にあります。クライアントと二人三脚での熱量を込めたマーケティング活動により、多くの生活者が「医療」によって救われる。それが私自身の生きがいになりました。

また、病院の事務職員として人事異動が避けられないことも、独立した一因です。
事務職員として、これまで積み上げてきたマーケティングから離れる日はやってくるでしょう。医事課や人事課などの部署で責任者としてキャリア形成する選択肢もありました。

しかし、私は常に自分自身に対し、「組織に所属していなくとも、市場価値のある人間か」という問いを投げ続けてきました。病院内でのキャリアが進むほど、「組織に属することで得られる待遇」と「組織に頼らずとも得られる待遇」の差は大きくなります。

現在40歳。組織の中で価値を高めるのではなく、市場価値を高める方向で人生の舵を切ることを決めました。

医療マーケターは、情報によって患者を救える

――松本さんの医療マーケターとしての軸はなんですか?

私は医師ではないので「治療」はできませんが、情報を届けることで「救う」ことができるかもしれない。これが医療マーケターとしての原点であり、軸となっています。

病院で広報の仕事を始めて約2年が経過した頃、義父が脳梗塞で倒れました。
倒れた日の夜中から違和感があったようですが、いつも通り職場に出向き、結果的に職場から救急搬送されました。
救急要請を受けた救急隊が搬送したのは、小倉記念病院ではなく、近隣にある別の病院。
私は2つの後悔の念に駆られました。

1つめは「住民向けに脳梗塞の兆候を伝える仕事をしていたが、家族には伝えられていなかった」こと。
2つめは「救急隊へ、“脳梗塞は小倉記念病院へ”というコミュニケーションができていなかった」こと。

この経験から、義父のように自分自身がとるべき医療の「選択肢」を知らずに後遺症に苦しんだり、後悔したりする方が世の中には溢れているのではないかと思うようになりました。

――代表を務める「合同会社つなぐ」の社会的意義を教えてください。

情報社会に突入し、この10年間で個人の保有する情報量が一気に変わりました。
一昔前まで、「患者は黙って医者の言うことを聞いていればよい」というパターナリズムが当たり前のように許容されていましたが、現在は患者側が医療機関や治療を選択する時代になりつつあります。

そういった背景もあり、小倉記念病院では生活者に対するコミュニケーションを強化してきました。
医療機関をターゲットとする場合、北九州の場合は約1,600施設が対象となりますが、生活者の場合100万人単位となります。桁違いのターゲットにコミュニケーション戦略を展開するには数を打つしかありません。

「正しい情報」を社会に広めることで医療リテラシーは上がります。
しかし、情報過多社会の中で「正しい情報」に辿り着いてもらうには、専門知識や実践経験が必要です。そう考えた時、医療業界と生活者を“つなぐ”ための医療特化型マーケティング企業が必要と考えました。

社会に対する情報発信を支援することで、生活者が医療に関心を持ち、必要とした際に「自分が求める医療」にアクセスできる。患者・家族が自ら医療機関を「選択」できる世界を実現したいと考えています。

「施策」が実行できない医療機関はもったいない!

――マーケティングに悩む医療業界の経営層や、広報・医療マーケティング実務者に伝えたいことはありますか。

これまでの経験から言えるのは「マーケティングに正解はない」ということです。組織ごとに地域性やターゲットが変わるため、最適解は異なります。

ただ、もったいないのは「施策」が実行できていないことです。
病院ではデータを示しながら意思決定に繋ぐ文化があります。それも重要ですが、例えばリソースの8割がデータ分析や検討の時間、残り2割が実行という医療機関も多く存在します。
医療機関勤務の中で、また医療機関を支援してきて、「この割合を逆転できれば……」と思うことが多々ありました。
大事なのは実行すること。必要なのは“手を動かせる”人です。

私はこれから、その実行部分の手助けをしたいと考えています。
ただコンサルトするだけでなく、実行部隊として施策の実践を続けていきます。

取材してみて

収益構造やROIを鑑みると、医療は大手広告代理店が参入しづらい業界です。
松本さんは「医療マーケティング市場は『ブルーオーシャン」」と言いますが、圧倒的な実践経験がなければ勝機を見出すことはできないでしょう。そのような世界で勝負をする決意をした松本さんは、クライアントの人材育成にも意欲的です。

マーケティングの実践というサービス特性上、ある意味主力商品は「松本卓」。ますます医療マーケティング業界を引っ張っていただけることを期待します。

▼合同会社つなぐウェブサイトはこちら
https://tsunagu-inc.co.jp/greeting/

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