医師と経営マネジメントスタッフ(社労士)が進めた医師の働き方改革/「意識改革」+「時間・業務・場所シフト」が鍵に 済生会熊本病院~病院マーケティング新時代(53)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター

済生会熊本病院 医療連携部 地域医療連携室長

目次

「医師の働き方改革」が2024年4月から本格的にスタートします。皆さんの病院ではどのような準備を進めていますか? 済生会熊本病院では医師の働き方改革関連のプロジェクトが佳境を迎えています。

キーワードは「意識改革+Time(時間)・Task(業務)・Place(場所)シフト」。今回はプロジェクトリーダーの坂本知浩副院長(循環器内科医師)と、経営マネジメントスタッフとしてサポートする舩本佳史朗さん(人事室、社会保険労務士)にお話を伺いました。

坂本知浩副院長(左)と、人事室・社会保険労務士の舩本佳史朗さん

《働き方改革の概要》

働き方改革関連法に伴う法改正により、2019年4月 以降、労働者の時間外労働に年720時間の上限が設けられました。医師については、業務の特殊性や取引慣行の課題を理由に猶予されましたが、2024年4月から適用となります。時間外労働の上限は960時間、特例として認められる場合は1860時間です。

出典:厚生労働省「令和6年4月いよいよ開始!医師の働き方改革の新制度」

医師の「労働時間に対する意識改革」をどのように実現したか?

――医師の働き方改革に向けたプロジェクトは、どのような目的で立ち上げられましたか。

舩本さん:法令遵守を達成するために、より適切に勤務管理できる体制を整えようと、2022年3月から本格的に始動しています。医師の負担軽減という制度目的に照らし、時間外労働の上限を960時間以内で運用することを目指しました。

当院の管理運営会議(経営会議)メンバーである坂本副院長が、働き方改革の特命副院長として、「医師の働き方改革」と「タスクシフト推進」の2つのプロジェクトを立ち上げ、リーダーを務めています。メンバーには関係診療部門の責任者・事務長が参画し、私は事務局としてサポートしております。

――プロジェクト立ち上げ後に、まず着手したことはなんですか。
坂本副院長:プロジェクトの目的達成に向けて、現状の課題を整理しました。
最も重要でかつ難しかった課題は「医師自身の労働時間に対する意識の低さ 」です。
医師は他職種と比べ裁量的な業務が多いため、「一般的な労働者に該当しない」という考えが根強かったのですが、医師も使用者に従属していれば当然、労働者です。働き方改革を実現するためには、医師自身が「労働者」として労働時間の管理意識を持つことが 不可欠ですから、その意識改革に、時間をかけてでも取り組まなければならないと感じました。

――どのように医師の意識改革を進めたのでしょうか。
舩本さん:全診療科部長に、

  1. 2024年から始まる時間外労働上限規制の趣旨
  2. 目指す水準
  3. 業務効率化に向けた対策
    をヒアリングしました。

まず、時間外労働上限規制については、すべての部長医師が把握しており、関心の高さがわかりました。
ところが「目指したい施設水準」は、医師との意識のギャップを感じる結果となりました。健康被害防止という目的から原則とされているA水準は「業務に支障が出る」という意見が一定数あり、医師自身が望んでいないことがわかったのです。

「医師は長時間労働が当たり前」「日々の時間管理は必要ない」 という意識が根強い中、どのようにアプローチすべきか悩みましたが、制度の理解を深めていただくために、あえて以下のようにシンプルな内容を伝えました。

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  • 長時間労働による、医師の健康被害が増えている
  • 勤務環境の是正が、今後の人材確保に影響する
  • 罰則付きの義務であり避けられない

だから、労働時間の実態の把握・管理が必要です。

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また、各科との打ち合わせを進めると、「スタッフの勤務実態を把握できていない」「個々の業務負担に偏りが生じている」 などの課題を持つ科が複数ありました。改善の必要性を感じているものの、対策までは検討できていないという状況です。

プロジェクトとしては、「上限規制を良い機会とし、我々が各科の特徴を踏まえた対策を共に考えていきます」という姿勢で、部長医師へ提案を重ねました。各科との関係性を構築しながら検討を進めた結果、当初は「A水準なんて無理」 と否定的だった科も、A水準達成に前向きな姿勢を示していただき、大変ありがたかったです。

時間・業務・場所のシフトにより、医師の労働時間を短縮

――医師の働き方改革について、他にも特徴的な取り組みがあると伺いました。
坂本副院長:Time(時間)、Task(業務)、Place(場所)の頭文字をとり、「TTPシフト」と名付けた取り組みです。

《Time(時間)》

朝のカンファレンスは始業前に実施していたのですが、参加の必要性があると判断した診療科は、カンファレンスを勤務時間に組み込み、始業時間が早まった分、退勤時間を前倒しする変更を行いました。

そのほか、宿日直許可のもとに実施している診療科独自の日直について、実態を適切に把握すべく調査を実施。これまで勤務として扱っていなかった時間も労働時間とし、平日に代休を取得するシフト勤務を導入しています。
これらの実現には、いずれも医師の業務改善が不可欠ですから、多職種の協力を得ながら試行しています。

《Task(業務)》

医師間のタスクシェアとしては、包括診療科が活躍しています。包括診療科は、病院総合医が病棟業務を中心に行う当院独自の診療科です。病院総合医が、主治医と病棟スタッフの間の業務を調整して効率化を図っています。

他職種へのタスクシフトとしては、これまでも臨床工学技士による麻酔アシスタントや特定看護師の育成 など、多くの取組を先駆的実施してきました。加えてタスクシフト推進プロジェクトでは、医師の指示を待たずに診療が進められるプロトコール(規定)づくりなどを実施。現場目線での業務効率化や、患者利益につながる取り組みの推進ができるように、フローを構築しました。

《Place(場所)》

従来は病院内で実施していた業務が、オンラインで対応できるようになりました。
Zoomなどツールを使用したオンラインカンファレンスやリモート診療、在宅ワークといった、効率的な方法を次々と導入しています。
特にMicrosoft Teamsが積極的に活用されており、自宅や通勤時の車内からリモートでカンファレンス・勉強会に参加する医師もいます。

働き方改革には「医師と事務方」「経営層と現場」の協力が不可欠

――副院長のサポートをする舩本さんは、社労士の資格をお持ちです。社労士としての視点で、働き方改革を進める他院へのアドバイスはありますか。

舩本さん:働き方改革の根源は、医師の負担軽減と、長時間労働の是正による「持続的な医療提供」だと考えています。病院側が医師に「とにかく時間外労働を減らせ」と丸投げしたり、現場の意見を無視して運用を“改悪”して乗り切ったりすることは絶対に避けなければなりません。

現在、「宿日直許可の取得」が話題になっています。
宿日直許可を取得すると当直が労働時間から除外され、労働時間の大幅な削減につながります。厚生労働省の資料(※)をみると 、2023年の許可件数は2年前の約10倍にのぼり、2024年度に向けて重点的に取り組んでいる施設が多いことがわかります。
ただ、この許可取得を推進する動きは、場合によっては実態とかけ離れた労務管理を助長しているとも感じています。
「医師の働き方改革 ~医療を未来に繋ぐために~- 改めて考える“働き方改革”、仕組みと取組のポイント -

当院でも当直の取り扱いを議論する際は、 「些細な内容の電話が多く眠れなかった」「疲れが抜けない」などの医師の意見を踏まえて検討を進めました。

働き方改革は対応を一歩間違えると、労基法上の社会的制裁を受けるだけでなく、最悪の場合病院経営の崩壊を招く恐れがあります。
当院では、当直の取り扱いを大きく変え、新たな勤務管理体制を導入することになりましたが、医師と事務方が協力し、プロジェクトメンバー全員で検討できたからこその決断だったと思います。

また、経営層の姿勢も重要です。

当直の取り扱い変更にあたり、経営面での負担増を最小限に抑えるため、事務方から坂本副院長へ変形労働制を提案しました。坂本副院長は事務方へ丸投げするのではなく、理解を示しながら何度も質問し、事務方の考えを聞いていただきました。
大きな改革でしたが、経営層に、事務方からの提案の背景・内容を理解しようという姿勢があったことも、導入を円滑に進められた要因だと感じています。

働き方改革成功の鍵は、病院と自院の医師双方が納得のいく“自施設流の改革”を追求することだと思います。

坂本副院長からの一言&今後の展望

「医師の働き方改革」なんて無理、出来るはずない。
これは厚労省の「医師の働き方改革に関する検討会 報告書(2019年3月28日)」に触れた時の私の最初の感想でした。

「空を飛ぶことを可能にしたのは空を飛ぶことを夢見たからである」

これはイギリスの哲学者、カール・ライムント・ポパーの言葉です。
ポパーは批判的合理主義を提唱しましたが、彼の考えでは人が「真実」と呼べるものに到達する道は、突飛で独創的な仮説を「経験の裁き」にかけるプロセスだそうです。

人間が空を飛ぶ、なんてまさに突飛な考えですが、そのアイディアを実現する(真実のものにする)には、それに反駁しようとする様々な試みに打ち勝って生き残らなければ、実現する(裏付けのある真実にする)ことはできないそうです。

医師の過重労働の改善は実現不可能にも思える突飛な考えかもしれません。空を飛ぶことに比べれば随分と夢の無い理想ですが、この2年間、私は済生会熊本病院の「働き方改革」特命副院長として、この理想に向かって「経験の裁き」を続けて来ました。

現在、まだ試行段階ですが何とか2024年4月の開始に間に合いそうなところまでたどり着くことができました。これも当院人事室の舩本氏の献身的な働きのおかげと、この場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。
今後はAIやロボットの活用でさらに医師の労働生産性を高めることで、真の「働き方改革」を推進していきたいと考えています。

取材してみて

医師の働き方改革は、医療政策のみならず、病院経営においても喫緊の課題となっています。
時間外労働の削減による診療縮小、救急医療の撤退といったマイナス面が取りざたされ、ネガティブな話題になる傾向がありますが、今後の持続可能な医療提供体制を構築するためにはとても重要なテーマです。

もし働き方改革のメインテーマを時間外労働の削減としてしまったら、最も簡単な解決策は“患者さんを診ない”になってしまいます。それでは本末転倒です。

済生会熊本病院の中尾浩一院長は、幹部職員に対し「こんな時こそ理念に立ち返る“ミッション・コマンド”が重要」と伝えました。ミッション・コマンドとは、自組織の明確なミッションの達成を導くリーダーシップスタイルです。
済生会熊本病院は「医療を通じて地域社会に貢献します」という理念のもと、1. 救急医療、2. 高度医療、3. 予防医療、4. 地域連携、5. 人材育成という5つのミッション(基本方針)が定められており、日頃からミッション・コマンドが重視されています。

働き方改革においても「救急医療や高度医療などを高品質に提供し、地域に貢献し続けるために、どのように改革するべきか」という視点が大切にされました。坂本知浩副院長と舩本佳史朗さんのタッグを中心とした取り組みは、「ミッション・コマンド」の実践例でもあると感じます。

「無理だ」と思われていたTime shift、Task shift、Place shiftを実現したこの事例を参考に、皆様の病院でも「地域から必要な存在であり続けるための働き方改革」を再考してみてはいかがでしょうか。

>>病院職員の新たなキャリアパス~医療特化型マーケティング企業の設立事例~病院マーケティング新時代(52)

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