
本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。
著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター
済生会熊本病院 経営企画部 経営企画室長 兼 広報室長
人材の流動化が進む時代において、「どう人を育てるか」という問いは、あらゆる組織にとって切実さを増しています。医療業界も例外ではありません。人が来て、育ち、そして去っていく──そうした現実の中で、いかにして個人の成長とやりがいを組織の力に変えるか。私自身がこの問いと長く向き合ってきた末にたどり着いた一つの答えが、「プラカデミック(Pracademic)」という概念です。プラカデミックとは、「Practice(実践者)」と「Academic(学術研究者)」を組み合わせた造語です。私がスタッフを育てる中で大切にしてきた実践を、最もよく言語化してくれる言葉として出会いました。
この「プラカデミック」な人材の育成こそが、これからの病院マーケティングの鍵を握っています。病院マーケティングを語るとき、話題は広報誌のリニューアルやウェブサイト改修、SNS活用へと向かいがちです。しかし、持続的なブランド価値の構築という観点に立てば、「自院の経営実践を、業界の共有知として外部に発信できているか」という根源的な問いが存在します。この問いに正面から向き合ってきたのが、済生会熊本病院の経営マネジメントスタッフです。
本稿では、学会発表・執筆活動の戦略的活用と、そこから見えてくる病院マーケティングの新たな可能性についてお伝えします。
1 「経営企画室」の誕生と、求められる人材像の転換
2024年6月、当院では「医療支援部 医事企画室」と「経営企画部 企画室」が統合し、新たに「経営企画部 経営企画室」が発足しました。これは単純な部署の統廃合ではありません。日々の請求業務を主体としてきたスタッフと、病院の中長期事業計画を推進してきたスタッフが、同じ組織として協働する――実務面はもちろん、組織文化においても大きな変革でした。
この再編は同時に、私たちに「これからのスタッフに求められる人材像」の問い直しを突きつけてきました。診療報酬知識やレセプト処理の精度が不可欠であることは変わりありません。しかし今後はそれに加えて、院内外の利害関係者を巻き込んで動かしていくために、自院の病院経営を「外に発信できる」能力が新たに求められるようになったのです。それはすなわち、「業務の執行者」から「経営の体現者・発信者」への転換と言い換えてもよいでしょう。こうした変化の中で、私が一貫して人材育成の核心に据えてきたのが、学会発表と執筆活動への意図的な参加でした。
2 なぜ学会発表・執筆活動を戦略に組み込むのか
私は当院の所属長の中でも、学会発表と執筆活動を最も強く推奨しています。なぜ、これほどまでに「外部への発信」を重視するのか。その理由は以下の三点に集約されます。
第一に、アウトプットが知識を体系化する
日常業務の断片的な実践を「他者に伝わる形」に整理する過程で自己理解が深まり、論理構造が鍛えられます。抄録の作成、スライドの構成、質疑への備え──これら一連のプロセスは、通常のOJTとは異なる認知的負荷をかけ、確実にスタッフを成長させます。
第二に、「外に通用するか」という問いが業務の質を変える
「この取り組みを学会で発表できるか」という基準を持つことで、自院の常識内だけでループしがちな思考から解放されます。業界として共有しうる知見かどうかを意識する習慣は、病院という閉じた組織に「知的な風通し」をもたらし、改善の軸を「自院の正解」から「業界の正解」へと引き上げます。
第三に、学術文化の体験が医療者との共通言語を生む
医師をはじめ医療職にとって、学会発表や論文執筆は職業的アイデンティティの一部と言えます。事務職員があえてその文化圏に踏み込むことは、多職種協働の質を高め、経営マネジメントスタッフが臨床現場と尊重し合いながら対等に議論できる基盤を作ります。こうした取り組みが、組織の競争優位に直結する変化を生み出すのです。
3 実践の現在地──戦略的アウトプットの成果
2025年度は、経営企画室と広報室より日本病院学会に1演題、医療マネジメント学会に2演題、済生会学会に5演題を発表しました。2026年度には、臨床家との共同発表として日本泌尿器科学会総会にも1演題が採択されています。執筆面でも、学会発表をもとに3名のスタッフが病院経営関連誌への寄稿を実現しました。

済生会学会では3年目~5年目のスタッフがそれぞれ演台に立ちました。発表の準備を通じ、抄録の書き方から本番のプレゼンテーション、質疑応答、名刺交換に至るまで、学会の一連の作法を体験できることの意義は大きいです。また、他院の発表に触れることで自院の立ち位置を相対化できます。「自分たちの取り組みが業界の中でどこに位置するか」を知ることは、組織の自己認識を鍛え、次の一手を考える力につながります。
もう一点、私が大切にしていることがあります。学会はあくまでも発表の場ですが、その「前後」もまた、育成の一部だと考えています。普段とは異なる土地に赴き、発表を終えた後に街を歩く。地元の食事を囲み、その土地の空気を感じる。そうした経験は、業務研修では決して代替できない種類の学びです。滋賀で開催された学会では、前後に京都を訪ねました。古い街並みを歩きながら、スタッフたちが何を感じ、何を話したか──その中身は記録には残りませんが、確かに何かが積み重なっていると感じます。
人の視野というものは、インプットする情報量を増やすだけで広がるものではありません。異なる風土に身を置き、見慣れない景色の中で自分の仕事を少し遠くから眺める──そういう余白の時間が、人をつくると思っています。プラカデミックを育てることは、知識と技術の習得に留まりません。その人が医療者として、社会人として、どういう人間になっていくかという、もう少し長い時間軸を見据えた話なのです。
さらに今年度は、経営企画室の主任1名が大学院へ進学しました。業務・育児と並行しながら研究に向き合う環境は容易ではありませんが、そこで得られる学術的視座と研究方法論が、やがて組織の実務へと還元されることを大いに期待しています。大学院は、日常業務では得がたい「俯瞰的な問いの立て方」を体得する場でもあります。その経験が室全体の知的水準を引き上げていくはずです。

4 プラカデミックとは何か──医療経営・病院マーケティングへの応用
冒頭で触れた通り、「Pracademic(プラカデミック)」とは、practitioner(実践者)とacademic(学術研究者)を組み合わせた概念であり、1990年代末以降、公共政策・教育・医療などの領域で注目されてきました¹⁾²⁾。実務の最前線に立ちながら、同時に学術的知見の生産・発信にも関与できる人材を指します。研究者が実務を知らず、実務家が研究に無縁でいるという断絶を埋める存在として定義されてきた概念です。
こうした断絶は、「医療経営」の現場においても存在します。臨床現場では学術活動が当然とされる一方、マネジメント部門では実務効率が優先され、知見の体系化・発信は後回しになりやすいです。しかしこれからの病院経営には、現場の実践を言語化し、外部に発信し、フィードバックを受けながら改善するサイクルが不可欠です。そのサイクルを担える人材こそ、医療経営版のプラカデミックなのです。
これをマーケティングの文脈で捉え直すと、知的発信は「ブランドの証明」と言えるでしょう。従来の広報活動が「伝える」マーケティングだとすれば、学会発表・論文は「証明する」マーケティングです。厳しい第三者評価を経た知見の発信は、単なる自己紹介とは次元の異なる信頼性を持ちます。さらに採用市場においても、「スタッフたちが自ら研究し、発信している」という事実は、志の高い人材に対する強いシグナルとなります。経営マネジメントスタッフが学術誌に寄稿し、学会で登壇する病院──それ自体が一つの強力なブランドメッセージとなるのです。
医療におけるプラカデミックは、当然ながら経営マネジメント職に限った概念ではなく、その実現には複数の経路があります。ここで、九州大学大学院 医学系学府 医療経営・管理学専攻の同志である診療看護師(NP)、本田和也さんのことを記しておきたいと思います。
本田さんは長崎医療センターで診療看護師(NP)として臨床の最前線に立ちながら、研究と発信を続けてきた方です。そしてこのほど、純真学園大学(福岡県)へと転籍し、教育者として次世代の医療人を育てる立場に就きました。臨床実践者からアカデミアへ──プラカデミックの、もう一つの形がここにあります。
私が実務の現場から学術へ橋をかけようとしているとすれば、本田さんはアカデミアの側から臨床の知を照らし、育てることを選んだのかもしれません。向かう方向は違っても、「実践と学術の間に立つ」という姿勢は、不思議なほど重なっています。MHA(Master of Health Administration)という場で生まれたこうした縁が、互いの歩みを静かに、しかし力強く支えてくれていることを、あらためてありがたく思います。

5 おわりに──始めなければ永遠に始まらない
プラカデミックの育成は、一朝一夕には実現しません。しかし始めなければ永遠に始まりません。当院ではこれからも毎年新しい経営マネジメントスタッフを迎えながら、学会発表・執筆の文化を積み重ねていきます。この連載もまた、その一つにほかなりません。
実践と学術の両軸を持って立てる人材の育成──それこそが、これからの病院経営を変え、病院マーケティングの新たな可能性を切り拓く原動力になると確信しています。経営マネジメントスタッフが学会の会場で、あるいは雑誌の紙面で発信し続ける。そういう組織であり続けてほしいと、今日も強く思っています。
参考文献
1)Volpe, M. R., & Chandler, D. (2001). Resolving and managing conflicts in academic communities: The emerging role of the “pracademic.” Negotiation Journal, 17(3), 245–255.
2)Mendoza Chirinos, G. M., & Salama, A. (2024). Pracademics at the intersection of multilingualism and transculturalism (WIDA Research Brief No. RB-2024-2). Wisconsin Center for Education Research.










