孤独の中で闘っている病院経営者へ―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(1)

病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

「医療者の理想」と「経営の現実」をどう調和させるか

病院の経営というと、「収支を改善すること」あるいは「利益を出して次の投資の原資を稼ぐこと」と理解されがちです。もちろん、これも経営者の役割の1つですが、病院経営者に課された役割はそんなに単純なものではありません。

患者の命を預かる医療においては何よりも質が大切で、質にこだわってこそ患者から選ばれる病院になれます。しかし、高品質は高コストにつながることもあり、時として赤字に陥ってしまう可能性もあるでしょう。もちろん患者の命がかかっているのですから赤字でもやるべき医療はあるし、それが他との差別化にもなりえます。

ただ、組織を存続させ、成長させるためには経済性の担保が重要です。病院経営者には質と経済性を両立させ、そのバランスを追求することが求められています。「理想と現実をどう調和させるか」という表現に置き換えることもできるでしょう。

医療者は理想を大切にし、あるべき医療を提供しようとします。経営者もその理想が叶う“夢のある組織”を創ることが期待されますし、それを目指すことは組織活性化の観点からも重要です。プライドを持って医療を提供することに使命を感じている医療者には、気持ちよく働いてほしい。しかし、医療者の理想は時に暴走し、経済的に成り立たない非現実的なものであることも少なくありません。

病院経営は、医療職の思いを尊重しつつも現実的な意思決定を行う必要があります。理想と現実のはざまでどのような医療を提供するべきか――。その道や方法を考えながら、スタッフを誘導していくことが経営者の役割です。

誰にも頼れない瞬間は必ずやってくる

現場からの突き上げに悩む経営者もいるでしょう。

病院長などのトップマネジメントを除くほとんどの職員は、組織全体を考えて発言しているわけではありません。それぞれの目の前で起きている、自身が関わっていることを中心にさまざまな主張をしてきます。

副病院長は自分の診療科の利益を主張し、担当業務だけを考えている場合もありますし、看護部長は看護部という大集団の代表です。事務長ですら、組織全体を考えていないかもしれません。結局、組織は部分最適になりがちで、それが組織の成長を阻む大きな要因になります。

各部門の長が真剣であればあるほど、その傾向は顕著になり、組織疲労が蓄積されてしまいます。病院のために皆が一生懸命提案しているのに、組織全体としては受け入れられず、あきらめともつかない疎外感が生まれてしまう。これでは、優秀で熱意のある者から組織を離れる事態にも発展しかねません。

このように、トップだけにしかわからない悩み事は尽きません。病院経営は孤独で、誰にも頼れない瞬間が必ずやってきます。時として、“正解”のない問題にぶつかることもあります。「これを決めれば組織に軋轢が生じる」とわかっていたとしても、問題を先送りにすれば、ひずみは大きくなるばかり。たとえ自らが退任しても組織が永続するよう、短期だけでなく中長期の視点で「正しかった」と思える意思決定が求められているのです。

経営者の任期は永続するわけではない

経営者には、人を育てるという大切な役割もあります。任期は永続するわけではありませんから、次の世代に適切なバトンを渡せるよう後任を意識して育てなければなりません。全体最適の思考を持つ機会を与え、教育していくのです。

病院組織は縦割りの特性が強く、組織が大きくなるほどその傾向は強まります。となると、「結局、全てはトップに委ねられる」ことになりがちです。そこにはやりがいもありますが、皆がトップの顔色を伺い、些細なことも判断を託され、その対応に忙殺されていては何も成し遂げられません。トップがやるべきことはビジョンを掲げて、それを浸透させ、強固な組織文化の礎を築くべく、リーダーシップを発揮することです。そのためには日常業務は権限委譲しなければならないですし、縦割り組織に横串を刺す参謀を意識的に育てなければなりません。

適切なビジョンは、自分たちの利益だけでなく、地域医療の未来を考え、どう支え、貢献するかという視点により生み出されます。ただ、言うは易く行うは難し。きれいごとだけで済まされるほど、現実は甘くありません。いいときがあれば、そうでないときも必ずありますし、逆風が吹いたときに組織は揺れます。しかし、組織が揺れるときこそ、自身は揺れずに信念を貫くところに経営者の価値がある。夢のある組織を創るために、経営者が果たすべき役割は大きいのです。

本連載では、私が常日頃、病院経営を実践する中で考え、感じてきたことに加え、共に闘ってきた多くの病院長から教えていただいたエッセンスをお伝えします。そして、病院経営者として知っていていただきたい知見にも触れていきます。

成功の唯一の方程式はありません。経営はスキルでなくハート。情熱を持って命を懸けて挑むことが何よりも大切です。ただ先人の智から学ぶべきことはあり、失敗を最小とし、成功確率を高めることはできます。それを伝えることが、多くの素敵な病院長に育てていただいた自らの役割と考えています。

本連載が病院経営者の経営リテラシーの向上につながるとともに、経営者が孤独を感じたとき、心の拠り所となれば望外の喜びです。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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