“経営に興味がない医師たち”に協力を仰ぐには―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(14)

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病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

医師はなぜ経営に興味を持たないのか?

日頃、多くの病院長から「医師が経営に協力的でなく、興味すら持ってくれない」という嘆きを聞きます。「どうしたら組織を一枚岩にできるのか。秘訣を教えてほしい」と尋ねられることも少なくありません。

私は、「医師をはじめとする医療人が経営に興味を持たないのは当然」という考えを前提に、病院経営をしています。「組織が一枚岩になる」などは夢のまた夢であり、現実的には難しいでしょう。

では、なぜ医師をはじめとする医療職の多くは、経営に興味を持たないのでしょうか? 私は大きく分けて3つの理由があると感じています。

1.「命は崇高なもので、何にも代えがたい」と信じているから

まず1つ目は、命は崇高なものであり、何にも代えがたいものであると信じているからです。

医師などの医療職は、患者の命と日々向き合い、困難な治療等を行っています。そんな中で「経営的には…」という議論をしようものなら、「自分たちはお金儲けのために医療をやっているのではない」と批判してきます。医療職にとって、経済性の優先順位は低いのです。

仮にあなたの愛する家族や友人が病に倒れたとして、病院から「この治療を実施すると当院が赤字になるからできない」と言われたらどう感じるでしょうか。そんな病院を信じることはできないでしょうし、すぐに転院させたくなるでしょう。

当然、働くスタッフも同じことを感じますから、そんなことをしていたら組織は成り立たなくなります。

2.経済性よりも「臨床成績」の追求を重視するから

2つ目は患者に科学的な医療を提供する、いわゆる“科学の殿堂”である病院では、臨床成績の追求が重要視される傾向があるからです。

エビデンスに基づいた、あるいは新たなエビデンスを生み出そうとする医療者にとっての成績は経済性ではなく、医療の質です。

科学者としての姿勢を貫き通すことは医療者の信念であり、目の前にいる患者の治療に最善を尽くすことが重要です。だからこそ、稼働率を優先して在院日数を調整しようなどといった、姑息な手段で経済性を改善しようとしても、効果は出ません。

ただ、今後は医療の質において費用対効果という視点の重要性は増していきますから、経営者としてスタッフをどのように導いていくかは課題です。

3.組織への忠誠心が乏しく、組織の中長期的成長に興味がないから

3つ目は、組織に対する忠誠心が乏しく、その病院の中長期的な成長には興味を持たないからです。

医師も病院で働く以上は組織人ですから、このような態度は望ましいとは言えないかもしれません。しかし、実際「この病院でずっと働くかはわからない」と思っている医師は少なくないでしょう。プロフェッショナルの働き方には、多様な選択肢があるからです。

誰しも、自らが働く組織は輝いていてほしいと願うものですし、その輝きを誇りにも感じます。ただ、医師はそれ以上に、自らのプロフェッショナリズムを発揮できる環境を好むので、「病院のために経営改善をせよ」と命じたところで、前向きに行動してくれるかは疑問です。

医師が経営に興味を持てば、あらゆる取り組みはうまくいくのか?

そもそも、医師が経営に興味を持ってくれたら、病院運営はうまくいくのでしょうか。

確かに、皆が前向きに経営を考えてくれれば、様々なアイディアが生まれるでしょうし、現場発信の改善活動も期待できます。経営陣に対して協力的な文化が醸成されれば、あらゆる取り組みがうまくいくようにも感じられます。

ただ、現実はそう簡単でもありません。

一言に「経営」といっても様々な機能や側面があり、どこに焦点を当てるかによって捉え方は様々です。経営に関心がある医師たちが病院方針とは異なる考えを持ち、独自路線を追求する可能性もあります。

例えば、パスあるいは電子化に興味があり、熱心に進めようとする医師がいるとしましょう。それらの取り組みが重要であることは間違いありませんが、戦略との首尾一貫性がない趣味的に進められたプロジェクトが功を奏するとは限りません。目的と手段が転倒してしまう危険性すらあるのです。

医師たちに病院経営への協力を仰ぐには

では、経営に興味を持たない医師たちに協力を仰ぐにはどうすればよいでしょう。

まず、経営の現状を包み隠さず、誠実に伝える必要があります。
今はどの病院も厳しい環境に身を置いていますから、その状況を真摯に伝え、危機感を共有することが第一歩です。

その上で、なぜ目標達成が必要なのかを繰り返し説明します。
目標達成が患者・スタッフにとってどのような便益があるのか、あるいは達成できなければどのような不利益があるのかをわかりやすく説明することが大事です。

目標は経営陣の私心によるものではなく、患者のため、職員のため、社会のためなのだということを伝えましょう。

私は、課題解決のための適切な目標を設定し、データを基に説明すれば、それを理解できない医療人はいないと信じています。だからこそ、目標は明確でなければなりませんし、方針はぶれることがあってはいけません。

目標を示す際には、連載第8回 でも言及しましたが、客観的なデータを基に他と比較することも重要です。「Apple to Apple」と比喩(表現)されるように、同一条件で納得感のある比較対象を探しましょう。自らの立ち位置が客観的に示され、目標が適切だと理解したら、医療人は前に向かって動き出すことができます。

病院経営のために動くわけではないのだとしても、自らの成長やプライドにつながる重要事項と位置付けてくれれば、結果はついてくるものです。

最後に、インセンティブやペナルティーで組織を牽引するという選択肢もあります。
特に「目標を達成したら、新たな医療機器を購入できる」などは医師にとって魅力的でしょう。

ただ、インセンティブには反作用があることも忘れないでください。「ニンジンをぶら下げないと、誰も頑張らない」とはよく言われることですが、やりすぎは“ニンジンがないと動かない組織”を作りあげることにもつながりかねません。
何よりも、インセンティブがないと行動しない文化をつくることは、医療人としての倫理観が中長期的に歪められてしまう可能性があります。適切な目標設定が行われていれば、それ自体がインセンティブになることでしょう。

ペナルティーを課すという選択もありますが、萎縮した文化が醸成されてしまう危険性があります。やり方次第ですが、場合によっては、優秀なスタッフから病院を離れていくかもしれません。
インセンティブやペナルティーが必ずしも悪いわけではないのですが、バランスを忘れないようにしたいものです。

冒頭にお伝えしたように、組織が一枚岩になることは現実的には難しいです。
しかし病院長は、それを理解しつつも、「これだけは譲れない」という方針を明確に打ち出し、その重要性をぶれずに説き続けなければなりません。

経営に興味を持たない医師たちの心を動かすために何より大切なのは、組織を1つの方向に導こうとする病院長の熱意なのです。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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