自院の診療報酬改定への対応に、経営者としてどう関わるか―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(4)

病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

2022年診療報酬改定、実質的なプラス財源はほぼゼロに

2022年度診療報酬改定の短冊が示され、各医療機関は4月以降に向けて粛々と準備を進めているところでしょう。
保険診療枠内の医療提供内容とその価格は、我々にとっては提供サービスのメニュー表のようなもの。それが、4月1日を境に全国一律で変わるわけですから、乗り遅れるわけにはいきません。対応によっては、経済的なリスクを抱える可能性もあります。

マクロ的な視点では、今改定で診療報酬は0.43%のプラスとなりましたが、そのうち0.2%は看護師等の処遇改善の手当増に、0.2%が不妊治療の保険適用に充当されるので、実質的なプラス財源はほとんどありません。厳しい状況だからこそ、病院個別の視点では、実態に応じた“損をしない適切な対応”が求められます。

では、病院長は改定対応にどのように関わっていくべきでしょうか。
診療報酬に詳しい病院長ばかりではないでしょう。「改定は、医事課に任せておけばよい」と考える方もいらっしゃるかもしれません。また、改定に際して自院の医事課のレベルに疑問を抱いたり、「信頼したいけれど、信頼しきっていいものか」と不安になったりする方もいるはずです。

とはいえ、病院長には「あれもこれも」と細かいことまで指示する余裕はありません。ご自身のキャラクターやご興味によるとは思いますが、細かい論点は副病院長以下の現場スタッフに任せるのが理想でしょう。

一方で、病院長として一定のコミットメントは必要です。どの病院にも、経営者として最も頼りにしているエース級職員はいるでしょうが、その方だけで改定への対応ができるわけではありません。特に病院規模が大きくなると、職員一人の訴求力には限界があります。改定項目を組織全体に浸透させることは容易ではないのです。やはり、病院長としては「改定に適切な対応をする」という明確な方針を現場に打ち出すべきだと思います。

診療報酬改定に一喜一憂しない。しかし「あるべき姿」は捉えるのが経営者の役割

診療報酬改定に一喜一憂する必要はありません。ただ、病院長の役割は、中長期的視点から自院のあるべき姿を考え、そのゴールに向かって組織を導いていくこと。適切な方針を打ち出すためにも、医療政策や診療報酬の方向性は捉えておくべきです。

今までの改定等の議論をフォローし、多くの有識者の声に耳を傾けることにより、国が目指す医療提供の姿が浮かび上がってきます。もちろん、改定ごとに厚生労働省の担当課長や筆頭補佐の色があり、重視される点は微妙に異なります。しかし、私は「中長期で見ると目指す方向性は変わらないはず」と信じ、病院経営の方針を考え、実行しています。

例えば、入院医療に求められる機能は何か。それは重症者を入院させ、適切な治療をし、その患者を早く退院させること、可能であれば家に帰すことでしょう。
重症者の定義やハードルは改定ごとに変わるかもしれませんが、病院が進むべき大きな方向性は変わらないはずです。

急性期入院医療関連では今回、一般病棟の重症度、医療・看護必要度について、評価項目から「心電図モニターの管理」が削除されました。内科系医療の評価が厳しくなったと言われていますが、私たちは「この変更により、急性期医療に求められる姿は何か?」を改めて考える必要があります。

それは、手術患者の獲得・在院日数の短縮が求められるのは、不変の真理ということです。(※1)。これができない急性期病院は、ダウンサイズしたり地域包括ケア病棟などに転換したりすることが現実的かもしれません。

また、ICU(特定集中治療室管理料)では重症度、医療・看護必要度において、指標からB項目の評価が除かれました。看護師の負担を考えると、本来業務に注力するにはA・C項目に限定することが望ましいですし、何よりもB項目は慢性期的な評価と言わざるを得えません(※2)。
「患者状態の把握のためにB項目は必要」という考え方もありますが、早期離床を阻む指標があることは、ICUの本来のあり方に逆行するでしょう。

さらに今回の改定は「地域包括ケア病棟に厳しい内容だった」という声を耳にします。
これまで、多くの急性期病院が、患者をまず急性期病棟に入棟させ、その後院内転棟させることでうまみを得てきました。しかし今回、地域包括ケア病棟について、自宅から直接の入院・他院からの転院などを促進することにより、「本来の役割に沿った使い方を求める」という方向性が明示されたわけです。
何しろ地域包括ケアシステムを支える中心を担うのがこの病棟なのですから、何ら不思議な改定内容ではありません(※3)。

これらの改定について「コロナ禍の今でなく、2年後でもよいのではないか」という考え方もあります。しかし、財源なき改定の中で、「働き方改革関連の補助者加算のさらなる評価」や「機能分化の推進のための急性期充実体制加算」などを新設したことをふまえると、致し方ない面もあるのでしょう。

診療報酬改定は組織力強化のチャンスである

保険診療では、私たちに提供サービスの価格決定権はありません。しかしだからこそ、提供したサービスの実態に応じて、算定を行うことが不可欠です。適切な算定なくして、健全な病院経営を実現することは難しいでしょう。
もちろん、「診療報酬をうまく算定すれば、病院経営もうまくいく」というほど単純ではありません。しかし、少なくとも適切な算定ができていないために損をしているようでは、厳しい経営環境の中で成長を遂げることはできないはずです。

この2年に1回の改定というイベントにどう立ち向かい、即時に対応できるかどうかは、組織力が問われます。
もし貴院が「現場のスタッフだけでは、改定に向き合えない」と考えるなら、外部コンサルタントに依頼する選択もありますが、短期的に効果が出ても、それを継続すること、強い組織をつくることは難しいかもしれません。

診療報酬改定を、組織力強化の好機と捉えてみませんか。施設基準の届出をして終わるのではなく、ぜひ、組織皆で膝を突合せ、改定への対応について議論してください。改定内容について学び、対応を考え、実行する文化を醸成していきましょう。それを率いるのが、病院長を中心とした経営幹部です。
改定が改革のステップにつながるよう、病院長のリーダーシップを発揮していただきたいと思います。


※部分は、以下の拙著にも記載
(※1)「検証 コロナ禍の病院経営―after COVID に向けて持続可能経営への舵取り―」2020年度改定で見えた看護必要度の本質(ロギガ書房)
(※2)「病院経営戦略 収益確保はこうして実践する」人手不足の時代、看護必要度B項目を廃止しては(ロギガ書房)
(※3)「病院経営戦略 収益確保はこうして実践する」2020年度改定から見る地域包括ケア病棟に求められる役割(ロギガ書房)

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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