日本における医師の偏在を医師の移動から考える


初期研修医
医師 岡田直己

2018年6月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

近年医師数が増加しているにもかかわらず、多くの日本の病院は医師不足に苛まれている。では何故医師不足が生じるのだろうか。実際、多くの病院で医師が不足している中医師の過剰になっている病院もある。医師の偏在が生じているということだ。医師は田舎から都会へと移動すると言われており、これは偏在を説明する一因である。しかしながら日本において医師がどこにどのように移動しているかは今まで明らかにされてこなかった。そこで、我々は医師の移動モデルを作ることで医師の移動状況とその原因を推定した。詳細については今年5月にMedicineという雑誌にA model-based estimation of inter-prefectural migration of physicians within Japan and associated factors: A 20-year retrospective studyという題で発表したためご参考いただきたい。
医療者の充実は世界中で大きな課題となっている。国ごとの所得格差が国境を越えた医師の移動を促すのではないかという意見もある。これは国内での医師の移動にも当てはまることであり医師は田舎から都会へと向かうのではないかと言われてきた。実際、日本は高所得国に分類されるが、医師不足に悩む都道府県も存在する。高齢化が進行し医療ニーズが増加する中、医師の負担も急増しており、この問題はより深刻な状況へと発展してきている。

日本の医師数はここ50年で増加してきている。1961年に国民皆保険が制定された際、医師は日本に10万人存在した(人口10万人あたり約104人)。これが2016年には、32万人(人口10万人あたり約240人)へと増加している。2016年、2017年に政府はさらに2つの医学部を開設することを決定した。このように医師は増加傾向にあるにもかかわらず、医師不足は一部ではより深刻化しており、都道府県間の医療資源格差は未だ存在し続けている。

人口10万人あたりの医師数が多い都道府県は、上位から順に徳島県(315.9人)、京都府(314.9人)、高知県(306人)、逆に少ないのは下位から埼玉県(160.1人)、茨城県(180.4人)、千葉県(189.9人)となっている。日本において医師はほぼ自由に医局、つまり働く場所を決めることができる。このような状況下で医師の勤務地選択を制限しなければならないのではないかという意見もでてきている。しかしながら、今まで医師の卒後勤務地について公的なデータは今までない上に移動状況自体も詳細不明なままであった。そこで、我々は厚生労働省が開示しているデータを用いて、過去20年間の卒後医師の移動をモデル化し、それを解析することで都道府県間の医師の移動とその原因となる因子を割り出した。

医師の流出が最も多かったのは石川県で卒後医師の68%が他県へと移動していた。逆に流入が最も多かったのは千葉県で卒後医師の313%にあたる医師が他県より移動してきていた。医師が流出していたのは日本海、太平洋に接した都道府県に多く、石川、島根、高知、鳥取、秋田などがその代表であった。流入していたのは大都市近郊でより人口密度の高い都道府県に多く、千葉、埼玉、静岡、兵庫、広島などがその代表であった。その一方大都市にあたる東京都は、実は13%もの医師を流出させていた。愛知、大阪、福岡など他の大都市にあたる都道府県には7.7% 〜22.8%の幅で医師が流入していた。

全体として、医師の流入している都道府県には医学部が少なく、流出している都道府県には医学部が多い傾向にあることがわかった。医師を流出させている都道府県では高齢化が進んでいる傾向にあり、医師自体も高齢化していた。流出都道府県では、人口密度が低く、平均所得が低い一方、失業率が低い傾向にあるということがわかった。また、多変量解析という解析の結果で医師の移動に有意であると示されたのは上記のうち医学部数にあたる、卒業医師数であった。つまり、医学部卒業生数が多い都道府県にいる医師が、他の地域へと出て行きやすいということである。

上記で述べたように、育てた医師の2倍以上の医師が流入する都道府県がある一方、育てた医師の半数以上が流出する都道府県もあることになる。医師の移動による影響は非常に大きいと言える。医師の移動がその再分布メカニズムである以上、その把握は今後の政策決定や医師の偏在解決のカギとなると言えるだろう。

医師は田舎から都会に移動するとは一概に言えず、東京からでさえ医師は出て行く。というのも東京には医学部が13校あり、卒業生数がとても多いからである。逆に、千葉や埼玉など東京近郊の県には育てた医師の2倍以上の医師が入ってくる。それでもなお千葉や埼玉の人口10万人あたりの医師数は非常に少なく先ほど紹介した通りそれぞれ180.4人、160.1人となっている。つまり医師の移動だけでは偏在は是正しきれていないということになる。医師数を増加させるという政策だけでは医療過疎圏での医師不足を解決できないということが示唆されるが、このような指摘はほとんど認知されていない。医師の偏在に関する研究や議論がまだまだ足りていないことを痛感する。

日本政府は医学教育に多大なる費用をかけており、日本の医師等は地域医療を充実させることにより一層の情熱を傾けることを期待されている。しかしながら医師の定着が難しい地域も多く、例えば山梨は人口10万人あたりの医師数が230.2人と日本の平均よりも低いにもかかわらず50%以上の医師が流出している地域も存在する。この問題の背景には、若手医師にとってそこで働くことが魅力的か、つまりは実践的な経験をつむことができ十分な教育を受けることができる病院がその地域に存在するかということもあるように感じられる。

医師の地域偏在の解決方法を考えないままにしておけば、将来地方行政のみならず中央政府自体も大きな痛手を負うことになるだろう。また、すぐに偏在が解決しない以上、偏在自体が存在する中でもどのように国民に医療を担保していくかということも問題となってくると考えられる。医療の公平性と平等性は区別されるべきである。やみくもに全員に医療を平等に提供できる準備をすることで、最低限の医療すら提供できない国民も出てくる可能性がある。

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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