一歩先を行く米国の地域包括ケア:我が国のプライマリ・ケアへの提言

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埼友クリニック 在宅医療部部長 壁谷悠介
(株)エムスリードクターサポート 経営企画部部長 山本遼太郎
東京大学医学系研究科国際保健政策学教授 渋谷健司

2017年12月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

日本のプライマリ・ケアの現状

日本の医療費は40兆円を超え 、医療技術の進歩と高齢化でさらに増加することが予想されている。また、地域医療計画のもと、病床の削減や病院の機能分化により医療の現場が、今後地域へとさらに大きくシフトしていくであろう。しかし地域におけるプライマリ・ケアの現場では、こうした変革に適切に対応する準備ができているとは言い難い。
日常の診療では、発生した疾病に対処することに重点が置かれており、予防・重症化防止への取組みへの制度的基盤(リソース、人材、情報)が十分ではない。また、医療と介護の接点となる人材の活用や確保は遅れており、予防・医療・生活支援の統合が進んでいない。今後は、限られた医療資源で効率的なサービス提供を行い、疾病の発症や重症化を抑えることにインセンティブがある仕組みづくりが必要になるであろう。

米国における地域包括ケアの取り組み

米国では、日本以上に医療費の高騰がさらに危機感のあるものとしてとらえられ、地域包括ケアの一部である予防・医療・生活支援の統合について先駆的な取り組みがすでに始まっている。例えば、ボストンを拠点とするIora Healthグループ[1]がその好例だ。同グループは、米国11州に29拠点を置き約4万人の患者の診療を行っているプライマリ・ケアに特化したクリニック・チェーンである[2]。Iora Healthは保険者へ働きかけ、患者集団の医療費を一定額で引き受けるcapitation model(人頭払い)を導入し成功している。つまり、医療の質の向上・効率化を試み、疾病の発症抑制や重症化予防により、医療費の削減が達成されることで利益を生み出す仕組みを売りにしている。

もちろんこのモデルの実施は容易なことではなく、実に様々な工夫を行っている。患者の救急病院受診や入院のリスクを見積もりセグメント化した上で、重点的にハイリスク患者の診療を行う。日常のサービスは、「ヘルスコーチ」という職種が中心となって行なっており、医師は重症患者の疾病管理に注力できるというわけだ。ヘルスコーチは、予防に重点を置いた対策を患者全体に対して行い、健康管理のみならずに、生活支援などの介入も行う。生活も疾病も自分では管理ができず、救急外来への受診を頻繁に繰り返していた患者が、ヘルスコーチが関わることで、食習慣が整い、生活指導・服薬管理が行き届き、健康状態が改善する。患者は「自分自身のケアの仕方を今までは知らなかった、ヘルスコーチがそれを教えてくれた」と言い日常生活に自信を取り戻している。Iora Healthは自分たちの役割はヘルスケアにヒューマニティを取り戻すことだという[3]。これはまさに、健康は自己責任のみではなく、個人を取り巻く人とのつながりや地域環境も含めた「健康の社会的決定要因」が重要であることを示している。

その一方で、情報を管理・共有し、集団としての疾病発症の減少・重症化の防止(入院率・入院日数・救急対応発生率の削減他)を徹底的にモニター・評価する。また、IoTの積極的な活用を行い、患者のリアルタイムのモニタリングに努め、医療の効率化を進めている。これらが成果を上げ、最近では、「医療費の削減(約12%)」と「医療の質の改善(例:救急病院受診率の20%減)」[4]の両者を達成している。さらに医療の質を常に改善して行くことのできる人材の発掘・育成、組織づくりや患者満足度の定期的なモニタリングが系統化されている。患者の満足度を反映するNet Promoter Scoreも、トップクラスの顧客満足度を持つ医療業界以外の企業と比較しても非常に高い[2]。

社会的弱者のための質の高いプライマリ・ケアシステム

地域におけるサービスの統合モデルは、米国の事例では医療費の削減と医療の質の向上が可能であることが実証されている。 Iora Healthの特徴的な点は、かかりつけ医が、個々の患者のみならず、地域の担当患者全員の包括的な健康状態に責任を持つことだ。つまり、かかりつけ医が臨床も公衆衛生も担うわけである。実現すれば、医療提供者は診療所の中で患者の来院を待つのではなく、積極的に地域と関わりを持たなければならない。当然、来院しない患者・来院できない患者にまで焦点を当てるようになる。また、予防に重点を置くため、患者の生活への介入が必須になってくるであろう。そして、それを実現するために、タスクシフト・タスクシェアを推進し、データを活用しPDCAを回す。

米国とは制度は異なるが、日本においてこうしたモデルが展開できれば、質の高い医療を効率的に提供し、かつ地域で取り残される人がいない状態を実現できるのではないだろうか。Iora Healthのモデルは、地域包括ケアの推進とともに、現在議論されている働き方改革やデータヘルスを進めていくことで、今後日本でも十分に可能であろう。まずは特区などを活用して試験的な取り組みを始めることを提案したい。特に、生活から医療まで包括的な支援が必要な人たちに焦点を当てることから始め、誰も取り残されることがないような包括的かつ人間的な保健医療システムを開発することはできないだろうか。

その一環として、我々は生活保護者に対する医療において、こうしたモデルを導入することを提案したい。現在、生活保護者への医療の在り方が大きな課題になっており、また、一律の給付削減への動きがあるからだ。生活保護受給者は全国で約200万人を超え、医療扶助は1.7兆円に上っている。そして、生活保護費の約半分を医療による扶助が占めている[5]。高齢独居の生活保護受給者の多くは複数の疾患を持っているにもかかわらず、従来の医療機関への通院を介した医療提供が主であり、疾病管理が適切になされていない場合も多い。給付削減ありきではなく、予防・医療・生活支援の統合を進め、地域における医療の在り方を見直し、本来の地位包括ケアの理念に基づいて、ひとりひとりにあった人間らしいケアモデルを提供することが必要である。

私たちは、医療提供者が生活指導や疾病予防までを一貫して担当し地域へ出向き、疾病発症や重症化を未然に防ぐ形にするだけで、比較的早期から大きな効果が上がると考えている。医療提供者が、担当患者の疾病発症や重症化自体に責任を持つ形にすれば、ハイリスクな人、医療へのアクセスが乏しい人を取り残すことなく介入をすることになり、生活保護者に関わる医療の問題への解決の糸口が見えるのではないか。そして、行政の管理下にあるため医療費の把握を行いやすいために、市区町村など小規模な単位でモデルケースを始めれば、継時的な医療費の変化や介入の効果を容易に実証できる。

生活保護者の医療扶助は、本来の生活保護の理念に則り、きちんとした医療の質が担保されるべきである。一方で、持続可能なものとするために効率化を進め不必要な診療は見直すべきであろう。その上で、医療提供者側・患者側双方に保健アウトカムを良くするためのインセンティブを設け、医療費の削減に資する仕組みを考えるべきだ。そして、今の日本の社会的弱者のための新たな試みが、医療の質の改善と医療費の削減が同時に実現されるのであるならば、それは、我が国の今後の医療の在り方を考える上で、良いモデルとなりうるのではないだろうか。

特に、医療需要の多数を占める高齢者医療においては、長期間の慢性病・複数の疾患対応が基本であり、capitation model(人頭払い)との論理的整合性も高い。こうしたモデルが、わが国でも実現可能なものであることが実証されれば、医療費抑制と医療の質の向上の一つの方法として検討されるべきであろう。こうした制度設計により、医療提供者側は、効率的かつ責任をもって自発的に地域医療へ貢献することが可能になり、真の実力が問われることになるであろう。

地域包括ケアの時代、先駆的なマインドをもった医療提供者と地域が協働して、住民の健康増進が進んでいく形が望ましいと考える。各地域の状況に合わせて様々な創意工夫が行われることが期待される。

参考文献

1.Iora Health: Restoring Humanity to Health Care. Iora Health, Boston, MA, 2017. (http://www.iorahealth.com)
2.Transforming Care: Reporting on Health System Improvement. The Common Wealth Fund, New York, 2016. (http://www.commonwealthfund.org/publications/newsletters/transforming-care/2016/march/in-focus)
3.Fernandopulle R. Restoring humanity to health care. J Ambul Care Manage. 2014;37:189-91.
4.Christensen CM, Waldeck A, Fogg R. The Innovation Health Care Really Needs: Help People Manage Their Own Health. Harvard Business School Publishing, Boston, MA, 2017.  (https://hbr.org/2017/10/the-innovation-health-care-really-needs-help-people-manage-their-own-health
5.厚生労働省. 資料4 生活保護制度の現状について, 第1回社会保障審議会「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」資料. 厚生労働省, 東京, 2017. (http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000164409.html

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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