産科医療への処方箋

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~病院は集約化を、診療所は潰すのではなくサポートを。国は少子化政策として無痛分娩を考えるべき~

つくば市 坂根Mクリニック
坂根 みち子

2017年12月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

(本原稿は、2017年12月3日に行なわれた「現場からの医療改革推進協議会のシンポジウム」での発表をまとめたものです)
2017年は妊産婦死亡に関する報道が目立つ年でした。始まりは、2016年末の日本産婦人科医会の石渡先生の記者会見と読売新聞の報道でした。そこからメディクスラム、いわゆる過熱報道が始まりました。これについて、井上清成弁護士は「4~5件の事件を1~2週間サイクルで、3~4ヶ月にわたって、繰り返し報道し続けたために、無痛分娩による事故が集中し訴訟が多発しているかのように印象付けられた、と言っています。実際には、11月22日に行なわれた厚労省の研究班の報告では「無痛分娩とそうでない分娩の間で死亡率に明らかな差がない」ということでした。
医療安全を推進するためには、広く網羅的に情報を収集する必要があり、当事者の非懲罰性と秘匿性を守るというのが大原則です。これの対極をいくのが、紛争解決、責任追及の姿勢です。この2つは同時には成り立ちませんが、メディアが現在のように責任追及、個人攻撃の姿勢で報道しつづければ、いつまでたっても医療安全は推進されないわけです。
では、医療安全の制度はどうかと言うと、産科医療補償制度、医療事故調査制度、いずれも訴訟を防ぐシステムの構築についてとても詰めが甘い、内部の法律家が、訴訟が減る対策については、本能的に避けているのではないか、そして、組織内の医療者はそれを疑いもなく信じているのだろうと思っています。

ところで、日本の産科医療ですが、年間約100万人生まれ、半数近くが診療所で出産されています。そして診療所のうち、約70%が常勤医1人という厳しい状況なのですが、妊産婦死亡率、周産期死亡率ともに世界トップクラスの成績をあげています。日本の産科医療は非常に有能な業界なのです。
その中で無痛分娩の実施率は増えてきたとはいえ、2016年度で6.1%と非常に少ないのです。これに対し、アメリカやフランスでは60〜80%を超える無痛分娩 が行なわれていると言われています。

2012年に京都の診療所で起きた無痛分娩の事故では、残念ながら、ロシア人の奥様と子供が寝たきりの状態になっております。この方は当初大学病院での無痛分娩を希望していたが受け入れられず、と報道されていますが、そもそも大学病院では、合併症のない妊婦のために純粋に痛みを取るためだけの無痛分娩というのは歴史的にやってきませんでした。
この事故は、9億4千万円もの損害賠償を求める民事訴訟起こされましたが、患者側弁護士もこのような払いきれない高額訴訟を起こしたり、民事のみならず、業過罪での刑事告訴は止めて頂きたいのです。医療システムが破壊されたら、国民全体が困る、という意識をそろそろ法曹界も持って頂きたいものです。

当然のことですが、女性のお母様は、出産は複数医体制の医院ですべきで、一人産婦人科医院を認めるべきではないとおっしゃっています。が、だからといって、大病院が安全というわけではありません。順天堂大学での無痛分娩で子宮破裂した事故では、麻酔科がいても産科麻酔が出来るわけではない、それなりの専門的なスキルがいるということを示しています。事実、診療所の8割、病院の7割で無痛分娩の管理を麻酔科医でなく産科医が行っているそうですが、ほとんどの例で分娩は安全に行なわれています。

順天堂大学の事故では、有名な患者側弁護士さんが、特定機能病院の取り消しまで求めましたが、患者側弁護士が処罰感情をあおって、刑事罰や特定機能病院の取り消しにまで持っていくようなことがあれば、それはやり過ぎです。こんなことをやってしまっては国民全体としては不利益が大きすぎるのです。
何故かと言いますと、大野病院事件以降の10年間で分娩施設が22%も減少しているからです。これ以上減ってしまっては出産する場所がなくなってしまうのです。

阪大では、妊婦健診は診療所で受けて無痛分娩を大学で、という仕組みを考えているそうですが、大学病院にそのキャパシティがあるのでしょうか
産科医の勤務環境は劣悪です。つい先日も産婦人科研修医の過労自殺を受けて、日本産婦人科学会や医会はこれ以上の負担は無理であり、分娩施設の集約化が必要という声明を出しています。
ということは、病院は集約化、診療所は、これ以上潰すのではなく、改善のためのサポートが必要ということになります。

たとえば、2年前から全国で始まった母体救命のべーシックコースは最低人数で分娩を扱っている診療所で、妊婦の急変時に高次機能施設に転送するまでのトレーニングをしています。ある産婦人科医によりますと20数年やっていて、生きるか死ぬかにあたるかは数回、ということでした。ということは、絶えずトレーニングを繰り返さないと、どんなにベテランでもいざという時に頭が真っ白になってしまうということはあり得ることで、現場に定期的にこのようなトレーニングに参加出来る人的、金銭的、時間的サポートがいるということになります。他にも、診療所で行なっている麻酔法のUP TO DATE など、診療所の集約ではなく、各診療所の質を高める方策取りなさいという提言も日本産婦人科協会からだされています。

さて、無痛分娩議論に欠けている視点は、「痛いのは女性だ」ということです。この世の男性の中で、たった1人でも出産時の痛みを知っている人はいるのでしょうか?私は、日米双方で出産経験があります。1人目研修医4年目で産休初日に破水して、プロスタグランディン製剤を内服し、30分後から始まった激烈な痛みに耐えて出産しました。もう二度と出産したくない、と思う程の痛みでした。
そして3人目は1996年、ピッツバーグのマギーウイミンズホスリタルで出産しました。そこでの出産の8割は無痛分娩が選択されていまして、私も向学のために無痛分娩を選択しました。出産の痛みはあまりに軽く、日本の女性にこの選択肢が与えられていないことがとても残念に思いました。そして遅ればせながら、第1子の出産は、プロスタグランディン製剤内服による子宮の過重収縮で子宮破裂の可能性もあった危険な状態だったことにようやく気づきました。痛みは我慢するのがあたり前であるという刷り込みがあったのです。

あれから21年、無痛分娩は遅々として進みません。
このような現状を招いているひとつに、日本の業界の幹部が御多分に漏れず、男性ばかりである、当事者の女性の声が意思決定組織に少なすぎるということがあると思います。
参考:日本産婦人科医会(会員数11000名以上)理事40名 内女性 6名(15%) 日本産婦人科学会(会員数約16500名)理事 25名 内女性1名(4%)代議員 390名 内女性29名(7%)
これについては、もうクウォタ制にするしかないと思っております。

まとめ 産科医療への処方箋です。

  1. 国民全体:これ以上分娩機関を潰してはいけないという認識を持つ事。
  2. 小規模医療機関:日々の分娩技術のUP TO DATE と急変時の対応トレーニングをすること。もっと情報公開をすること。
  3. 産婦人科学会・医会:勤務医は集約化、診療所はサポートに徹する事。予期せぬ事故が起きたときのグリーフケアを広げること。役員にクウォタ制導入すること。
  4. 医療安全団体 訴訟も防ぐ対策をとること。
  5. 厚労省:安全な妊娠出産に必要な予算をつける事。国は少子化政策として無痛分娩を考えること。
  6. メディア:責任追及型の過熱報道をしない事。
  7. 警察:故意の犯罪でない限り介入しないこと。事故情報をメディアにリークしないこと。
  8. 患者側弁護士:賠償金額を高額にしない事。遺族の処罰感情をあおり立てないこと。
  9. 医療側弁護士:不要な報道や追加の訴訟を阻止すること(宥恕条項、守秘条項など)

大切なことは出産の主役は女性であり、
無痛分娩の選択肢は、当事者の女性にあるということです。
女性が安全に、より少ない痛みで出産し、周産期医療関係者の過度の負担を減らすことは、今の日本において各方面の関係者が最優先で取り組むべきことと思われます。

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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