医師の働き方改革の詳細について


NPO法人医療制度研究会
中澤堅次

2019年3月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

厚生労働省医師働き方改革検討会での議論が進み、3月中には原案が承認され法制化が行われる段階にある。非常に解りにくい内容で、全貌を把握するのに時間がかかったが、2月に行われた検討会の資料4にある記述で、医師である私にも全貌がわかるようになった。
労働基準法で決められた週当たりの労働時間は40時間だが、使用側の立場をその時々で反映し、労使間で合意が得られれば36協定により、かなりの長時間でも労働を課すことができるようになっている。それでも労働者の保護という法律の理念から、越えてはならない水準が決められており、これを超えれば協定違反として使用者側に責任が問われる仕組みになっている。この時間外労働の限界は月100時間、年間にすればおおむね960時間と決まっている。
今、成立しようとしている法令は、すべての医療機関に、労働基準法第36条が禁じている時間外勤務の最高限界、年960時間の水準(A水準)を5年後の2024年までに達成することを義務付ける。しかし、地域中核病院などでそれが達成できない病院ついては、現行の約2倍の長時間労働を課すことが出来る特例(B水準)を設け猶予を与え、さらなる努力を求めるというものである。
A水準はさておき、問題のB水準は、時間外労働時間の上限が年間約1900~2000時間(A基準960時間以下)、とされており、1900時間の働き方のイメージが図示されている。
(参考資料:1)
図によれば、一週間の勤務は、本格的な当直一日を含む週6日と休日1日からなり、平日の労働時間は、一日6時間の時間外労働を加えて14時間、土曜は一日全部が当直で、日曜半日は当直の続きであり、週末は休日という考えはない。このサイクルを一年間続けると説明している。筆者の経験から考えてもここまで過酷なものは少く、過労死が起きても仕方がないと言える厳しい数字である。

平日勤務一日14時間労働は、午前7時から夜の9時までが宛てられ、以後9時間のインターバルを挟んで次の日の午前7時からまた勤務が始まる。夜9時に始まるインターバルは休息と間違われるが、この間に労働者は、自宅までの通勤、食事、入浴、家族との情報共有などをあわただしく行い、翌朝7時の勤務開始を意識して睡眠を取る。この図で標準とされる睡眠6時間は、安全のレベルとして十分とは言えず、消耗が激しければ疲労もたまる。
インターバルは休息ではなく医療安全と自らの生命を保つために必要な時間と数えるべきものだ。また土曜の朝から日曜日の昼までの寝られない当直のあとに、2倍のインターバルをとって一回の当直を毎週行うようになっている。昼夜と週日に関係なく、寝られない当直はインターバルを2倍とればいいというものではなく、寝られない当直はインターバル付きの一日業務と考えるべきで、その代休も与えるべきである。代休を入れれば図に示されている週一回の休日は消える。この働き方は、戦時中の“月月火水木金金”と同じで、これを一年続ければ死ぬ人も出る水準だと思う。

B基準はどのように使われるのか、資料4には次のように書いている。要約すると、5年後の2024年まで、すべての医療機関の使用者には、現行36協定の時間外労働上限を意識して作られた「A基準」を満たすことが求められる。しかし、努力をしても達成できない場合には、“ある条件”を満たせば、過労死レベルの2倍とされる「B水準」の特例で、労働者との間に36協定を結ぶことが出来るとしている。“あること”とは、当直明けの勤務を半日で切り上げ、勤務と勤務の間に9時間のインターバルをおくこと、一か月に100時間以上の時間外業務を行った医師に対して、面談と指導を行い当直や残業させないなどの措置を講じることである。(参考資料:2)

B基準の指定は、地域医療を担う中核病院が想定されており、求められるサービスとの両立を図るため、医師には過労死をはるかに越える限界まで労働を課しても、労働基準法違反に問われないという内容になっている。過剰労働による犠牲者が出た場合は、他の職種なら労災が認められる条件でも、医師には認められない。過労死の訴訟には、先天的異常や事故前の異常など証明が出来ない事項が持ち出され、労働者の主張は制限時間数に拠るしかないが、労働時間が合法であれば、だれも責任を取らなくてよいということだ。また、36協定は使用者と労働者の代表により結ばれるもので、個人単位で締結するものではない。したがって短期の出張で赴任する医師は、医局に赴任した段階でもう協定に合意したと見なされる。赴任する医師にはリスクを事前に説明することが必要になる。

医師働き方改革の今回の議論は、医師の過重労働是正が目的だが、医師の労働リスクの上に成り立つ地域医療にも影響が及ぶ。国は公の利益とのバランスをとるために、改革が終わるまでの12年間にわたり生命線を越える労働を合法化し、労働法における医師の権利を奪う政策を行おうとしている。厚生労働省だから、違法である提案はしないと思うが、地域医療という公の利益のために、一国民である医師の犠牲を容認することは、基本的人権を最高規範とする日本国憲法に違反しないのか、合わせて説明する義務がある。
医師働き改革が労働基準法に関係することは理解できる。しかし、労働基準法を手段として使うやり方は、問題が大きくなり、肝心な改革の妨げとなる。自分たちの生命を守るために行われる改革が、自分たちの命を守る戦いに代わり、死亡事故が起きれば、遺族は国を巻き込む訴訟を戦わなければならなくなる。それは働き方改革とは異質なものである。
参考資料1:

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000477078.pdf

厚生労働省、第18回医師の働き方改革に関する検討会(2019.2.6.)資料3 7P
「(A)・(B)の水準を適用した後の働き方のイメージ」
参考資料2:

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000477080.pdf

厚生労働省、第18回医師の働き方改革に関する検討会(2019.2.6.)資料4 4P
「時間外労働の上限規制と追加的健康確保措置の関係」

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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