「受け身の病院事務職」では生き残れない時代が到来する―榊原記念病院 佐藤譲氏【前編】

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病院の事務管理職としてキャリアパスを築く上で、どんな経験や素養が必要なのだろうか。今回取材したのは、日本心臓血圧研究振興会附属 榊原記念病院で監理部 部長(企画・運営担当)を務めている佐藤譲氏。循環器の専門病院として全国的に知られる同院は、2003年に東京都府中市へと移転したタイミングより病床とスタッフが急増。佐藤氏は、その移転前後の激変を支えたキーパーソンとして知られる。佐藤氏のキャリアから導き出される、これからの事務職に求められることとは――。

病院移転で訪れたチャンス

佐藤氏が榊原記念病院に加わったのは2003年の8月。それまで、財団法人 日本訪問看護振興財団 主任研究員、国立医療・病院管理研究所 協力研究員、社団法人 病院管理研究協会 調査協力員、日本モトローラ株式会社 医療システム本部 システムエンジニア、日総研とわたり歩いてきている。当時の榊原記念病院は、4か月後に東京都府中市への移転を控え、大きな転換期に差し掛かっていた。もともと全国的に名をはせていた循環器の専門病院ではあったものの、移転前は152床で職員も少数だったのが、移転後は320床と2倍以上になり職員も大幅に増員。目が回るほどの忙しさが待っていた。いままでいくつかの会社を渡り歩いてきた経験を活かすことができたと佐藤氏は振り返る。

泊まり込みで乗り越えた病院移転

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新病院での入院診療は2003年12月末から始まったが、外来開始は移転から1か月後の2004年1月中旬。
しかし、大幅な組織体制の変更に、現場はなかなか追いつけなかった。院内の導線確保も十分でない上、移転前より常駐していたコンサルティング会社の言うとおりにしてもなかなかうまくいかない状況に焦りが募った。
「結局は自分たちで何とかするしかない」、佐藤氏は心を決めた。もともとで、コンサルタントの立場で病院の業務改善指導や講演、システム開発・運用支援を行っていた佐藤氏。とはいえ、現場での病院移転や病床の倍増というレベルのダイナミックな組織体制の変更に対応する術は、すぐには思い浮かばなかったという。

しかし、それまで学んできた「ヒト・モノ・カネ・情報」に関する知識を総動員し、「新病院には何が必要なのか」を練り直し、現場へのヒアリングを重ねながら榊原記念病院特有のケースを加味した上で、院内のハード・ソフト両面の充実を成し遂げた。あれから10年以上がたった今、激動の日々を笑顔で振り返る。
「当時は“学んで、実行に移して、修正して”の繰り返し。年末はずっと泊まり込みでした。自分の限界を感じるような場面も数多くありましたが、わたしにとってはひと段上のステージに成長するための、かけがえのない経験となりました」

 

佐藤譲(さとう・ゆずる)
経営工学修士を修めた後、システムエンジニアなど幅広くキャリアを重ねる。
その後、日本心臓血圧研究振興会附属 榊原記念病院に入職し、病院移転を完遂。現在は監理部 部長を務める。

 

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