大学教授目前のキャリアを投げ打ち、実父が経営する医療法人社団愛生会昭和病院(岩手県一関市、54床)の立て直しに身を転じた杉内登院長。当初は自身の専門性を生かして救急に注力したものの、新たな課題と限界を見るや、地域包括ケア病棟の導入に舵を切りました。その時、杉内院長は経営トップとしてどのような思いがあったのでしょうか。決断に踏み切るまでの経緯と導入後の変化について聞きました。
岩手県一関市に位置する、全54床の中小病院。事務部、地域連携室、看護部門の連携により、2016年12月から2017年7月にかけて、一般病床30床を地域包括ケア病床に転換した。
ベッドコントロールが難しい救急。目立つ職員の疲弊
―昭和病院の経営再建に向け、まずどんなことに取り組んだのでしょうか。
わたしは麻酔科専門医として研修医時代から救急の経験がありましたので、積極的に救急患者を受け入れました。着任当時(2004年)、救急車の年間受け入れ台数はわずか10台ほどでしたが、その後は年々増加して、2016年には年間350台を超えるレベルにまでなったのです。周囲からは「市内を走る救急車の方向が変わった」と驚かれるほどの変化でした。おかげで何とか経営は立ち直ったのですが、その過程でいくつもの問題点が浮上してきました。
―その問題点を具体的に教えてください。
何より、救急を診られる医師がわたし1人しかいませんので、年間350台の救急車受け入れでは体が持ちません。看護師たちも、いつ患者が飛び込んでくるかわからない状況に疲労の色を見せ始めていたので、このままでは持続性に欠けると思いました。さらに、入院患者が予想できない中でのベッドコントロールは非常に難しく、10対1の一般病棟は平均在院日数21日という制限もありますから、退院を急かしたり、その一方で入院自体を断らざるを得なかったりと、患者さんへの対応にもどかしい思いがありました。こういった背景もあって、今ある課題を解決しつつ、長い目で見た安定経営を目指すために、地域包括ケア病棟の導入を考えるようになったのです。
院長に必要なのは、決断するための「情報収集力」と「人材育成への思い」
―地域包括ケア病棟への転換には、各方面からの反対があったり、導入後の不安を払拭できなかったりで、なかなか決断に踏み切れない院長も少なくありませんが、杉内院長は、なぜスパッと決断できたのでしょうか。
もともと新しいことを始めるのが好きだという性格もあるでしょうね。それに、新しいことを始める前に、下調べをしっかり行っていたことも大きいと思います。
まず、一関市は岩手県の最南端に位置するので、宮城県を含めた医療ニーズを調べました。それだけでなく、幸い近隣には先に地域包括ケア病棟を導入している病院があったので、ヒアリングをしながらさまざまな導入事例を調べることができました。それらの情報から、当院に導入すれば収益が増えることは間違いないという予想はできていたのです。
時期に関しては2012年6月に病院を建て替えたばかりでしたが、その建設時期はちょうど北京五輪が終わったときで、費用が比較的抑えられていたので、資金のリスクヘッジという意味でもいいタイミングで行えたと思っています。
実際の導入手続きは職員を信頼して任せたので、わたしが導入に当たって考えたことは、54床のうち一般病床をいくつ残すかということだけ。最終的に一般病床を24、地域包括ケア病床を30という病床構成にしましたが、このことだけが唯一頭を悩ませましたね。
―職員を信頼して任せられるのは、日頃から職員との関係構築ができている証しですね。
経営を立て直すときに、「患者にやさしい病院は、すなわち職員にもやさしい病院」という基本的な考えを実現しようと思いました。つまり職員一人ひとりが、やりがいを持ち、自分のモチベーションを持てる病院にしようということ。そのために、人事考課制度や給与体系の見直し、職員食堂のリニューアルなど、職員への環境整備も行いました。そして院長として、良いことは評価し、間違ったときには責任を取る姿勢を示したことで、わたしが示す方向に共感する職員が自然と集まり、次世代の病院運営を担う人たちが育ち始めたと感じています。
地域包括ケア病棟で、自分が理想とする病院に近づいた
―地域包括ケア病棟を導入してみて、どのようなメリットを感じますか。
病院理念と実態が、ようやく合ってきたかなと思います。当院が掲げる理念は「地域に密着した、病める人々の気持ちを理解できるやさしい医療を提供します」。地域医療をやりたいわたしにとって、理想とする病院像に一歩近づいたと感じています。例えば、導入前後で医師の1日の流れは変わりませんが、予定入院や比較的症状が安定している患者さんが増えたことで、一人あたりの回診にゆとりが持てるようになり、患者さんとしっかりコミュニケーションがとれるようになりました。まさに地域に密着して患者にやさしい医療を提供している実感が持てています。
そして、導入前の課題にもなっていた、職員の負担軽減やベッドコントロールの安定化も格段に改善しました。特に、入院患者さんの病状や入院歴といった情報を事前に把握できるようになったので、職員たちの心の余裕度がまるで違います。平均在院日数は最大60日になり、入院料が一定になったことで収益も安定しました。
―地域包括ケア病棟を導入しようとしている院長へのメッセージをお願いいたします。
地域包括ケア病棟を導入しようと思い立ったら、まず自分の情報量を増やし、導入のタイミングと導入後の方向性を定めることが大事なのではないでしょうか。実務は職員に任せ、院長は大きな方向性を示すことさえできれば、導入の決断を下すことはそう難しくないと思います。
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● 【事務部門編】リハビリの立ち上げから病床転換に挑む
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