医療機関にとって、極めて重要な医療文書の管理。にもかかわらず、作業負担の大きさなどから手をつけにくいのが実情です。しかし、今年は天皇の退位等により「平成」から「令和」へと改元が行われ、医療機関は、必然的に医療文書を見直すタイミングを迎えています。今回は改元を糸口に、医療文書の適切な管理・運用とその意味について考えてみたいと思います。
改元は医療文書見直しのチャンス?
厚生労働省の通知では、改元に伴う保険医療事務の取り扱いについて、経過措置として「合理的に必要と認められる範囲内で、当分の間、例えば、訂正印や手書きによる訂正等により、これを取り繕って使用することができる」としています。この「合理的に必要」とは具体的に説明されていませんが、医療機関側の対応が間に合わないことを想定し、患者側に不利益を与えない範囲でなら柔軟な対応が可能という意味だと筆者は捉えています。
1 別表に掲げる様式については、厚生労働省令及び厚生労働省告示の改正が行われる予定(5月上旬に公布予定)であるが、様式の改正に係る経過措置として、次の取扱いがなされるものであること。
(1)当該改正前の様式(以下「旧様式」という。)により使用されている書類は、当該改正後の様式によるものとみなす。
(2)旧様式による用紙については、 合理的に必要と認められる範囲内で、当分の間、例えば、訂正印や手書きによる訂正等により、これを取り繕って使用することができる こととする。
システムの改元対応はベンダーに依頼しますが、当然ながら限られたSEが全国の対応を行うわけですし、電子カルテは多数の部門システムが連携して構成されているため、時間はもちろん費用面でもコストが伴います。聞くところによると、改元にあわせ5月に対応依頼が集中したため、改修費は通常の数倍に跳ねあがっているそうです。数か月後になれば半額以下に抑えられるようですが、医療機関では新生児の生年月日に対応する必要がありますし、保険請求のレセプト業務にも影響します。
経営者としては次の診療報酬改定までなんとかつなぎ、一括してシステム改修を行いたいと思うところでしょうが、逐一手で修正するとなると現場の負担は膨大。判断に苦慮している医療機関も多いと思います。しかし、もしシステム関係をすべて見直すのであれば、医療文書の内容点検を実施するいい機会とも考えられるのではないでしょうか。
適時調査で指摘も…医療文書はなぜ重要なのか
診療録などの医療文書について、指定された様式を用い、確実に必要項目を埋め、そして適切に保管する。これは基本的な診療体制の1つといえます。しかし、医療機関への立ち入り監査(適時調査や個別指導)の指摘事項には、「認識がなかった」「電子カルテ導入後、なおざりにされていた」などの理由でずさんな運用が行われているケースも散見されます。たとえば、各地の厚生局が公開している適時調査の指摘事項を見ると、以下のように様々な指摘があります。
(1)労務不能に関する意見欄がない。
(2)業務災害等に関する欄がない。
(3) 様式第1号(1)の3を作成していない。
【処方箋の様式について】
院外処方せんについて、様式が定められたもの又はこれに準ずるものとなっていない。(処方薬の「変更不可」欄がない)
適切な管理・運用が求められるのは医療事務に関する書類だけではありません。医療安全の視点から、治療に関する説明文書なども定期的に内容を確認すべきでしょう。昨今では“インフォームド・コンセント(IC)”の重要性が増し、侵襲性を伴う医療行為はもちろん、日常的な検査やリハビリにおいても、リスクについて十分に説明した上で患者の同意を得ることとされています。たとえば、高齢者にとってリハビリは骨折などのリスクを伴うため、実施前にしっかり説明しておく必要があります。とはいえ、日常的な医療行為も含めICを徹底することは容易ではありませんが…。
最近ではクリニカルパスなど治療計画を事前に示し、入退院支援センターを介して詳しく説明を行うケースも増えているでしょう。ただ、患者側が「予定通りに治療が進んで当然」と認識し、合併症など医療者としては想定内の経過であっても、事前説明が無ければ医療過誤と受け止められてしまうかもしれません。筆者も「予定外に入院期間が延びたのは病院側の問題なので、医療費は支払わない」と言われた経験があります。このような事態を避けるためにも、治療の説明文書は内容が十分かどうか、都度見なおしたいところです。
こうした医療文書は、電子カルテを維持管理する医療情報部門や、診療記録を取り扱う診療情報管理部門などが監視役を担います。具体的には書式の改廃や更新、文書内容の点検、記載状況や保管の監査などを行うわけですが、数百におよぶ文書全てを適切に管理することは非常に大変です。筆者も院内の全説明文書の内容を標準化するため、見直しと文書管理(番号化)を指示されたことがありますが、文書の量が膨大であること、1つ1つの文書がどこの管理下にあるのか調べなければならないことから、相当な労力を必要としました。通常業務の中で管理体制を整備しようとするのはなかなか難しいと思います。だからこそ、改元を文書管理体制を整備する絶好のタイミングと捉え、より良い運用体制につなげることが医療事務に求められているのではないでしょうか。
<編集:角田歩樹>
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