医師割合44位の県だからこそ応えたい “ある休業制度”に魚沼基幹病院が込めた想い

医療従事者の労働環境改善が叫ばれている昨今、2015年6月に開院した新潟大学地域医療教育センター・魚沼基幹病院(以下、魚沼基幹病院)では、最長3年間の「自己啓発休業制度」を導入し、職員の多様な働き方を支援しています。しかし、同院が位置する新潟県は、医師をとってみても10万人あたり従事者数が全国44位。医療資源が不足している地域で、同院はなぜこのような制度を導入したのでしょうか。

「地域全体でひとつの病院」を目指して

内山聖病院長

―魚沼基幹病院がある魚沼地域は、現在どのような医療状況なのでしょうか。

内山聖病院長(以下、内山) 当院が位置する魚沼医療圏は、県内の医療圏で一番面積が大きい一方で、人口も、10万人あたりの医師数も少ないエリア。高齢者が多く、2025年の日本を先取りしたような地域です。当院が開院するまでは、急性期医療を受けるために、隣接する中越医療圏の医療機関まで通う患者さんも少なくありませんでした。このような状況を改善するために、魚沼地域の医療再編が進められ、当院が三次救急、高度医療、そして医療人育成を担う医療機関として開院したという経緯があります。

橋口猛志事務部長(以下、橋口) 再編にあたり、わたしたちが掲げたのは「地域全体でひとつの病院」。開院してまだ2年半ですので、地域間での連携や役割分担を図り、地域完結型の医療体制を構築できるよう努めているところです。

―「地域全体でひとつの病院」を目指すにあたり、人材面でどのようなアプローチをしていますか。

橋口 理念の浸透はもちろんですが、日頃の業務を通じて、それを意識できるようなアプローチを図っています。最近では、地域の看護師さんと当院の看護師が一緒に学び合う機会をつくるなど、地域全体での人材育成にも取り組み始めました。

また、当院の採用の軸となっているのは、地元の方です。そのような方々が、この地でずっとやりがいを持って働いたり、成長できたりする機会を提供していきたいと考えていますね。

職員の自主性、成長意欲に応える「自己啓発休業制度」

橋口猛志事務部長

―人材育成において、具体的にどのような取り組みをされていますか。

橋口 良くも悪くも、当院がまだまだ未完成な部分が多いため、人材育成の仕組みや取り組みについても、まだ確立していないのが正直なところです。ただ、試行錯誤の段階だからこそ、能動的に動けることが楽しいと感じている職員も実際に多いですね。

高田俊範教育センター長・副病院長(以下、高田) わたしの発案で、2017年から年に1度「UKBリサーチ」という、日頃の創意工夫や研究を発表する場を設けています。昨年は各部署から計40と予想以上の応募がありました。「自分たちがこの病院をつくっていく、より良くしていく」という意気込みが感じられる、うれしい結果でしたね。こういった職員の自主性、成長意欲に応える制度の一つとして、当院では「自己啓発休業制度」があります。

―自己啓発休業制度について、具体的に教えてください。

高田 当院に在籍したまま、大学等における修学、または国際貢献活動に参加を希望する場合、最長3年間休業できる制度です。
たとえば、現在看護師の方が助産師になりたい場合、通常は一旦退職をして、再就職にあたり採用試験をまた受け直してもらうようになります。当院で働きたいと入職していただき、何らかの理由でステップアップを望むにもかかわらず、離職しか選択肢がないのはお互いにとってデメリットでしかありません。

内山 休業であれば、戻って来る場所があるので安心して学んだり、国際貢献できたりすると思います。当院は地域医療を担う立場にありますが、そのような環境に身を置きながら、自分の意欲次第で外へ出ることもできるので、医療人としての幅を広げることができる。

医療機関としても、いろいろな経験を積んだ人が増えることはとても良いことだと考えています。また、当院の職員は大多数が地元の人。そのため、制度をつくるにしても、地元の人が離れるようなものはつくれないと思っています。

看護師から助産師に転身 国境なき医師団に参加した医師も

―これまでに、自己啓発休業制度を利用した方は何人いるのですか。

内山 開院後2年半で医師と看護師、それぞれ2人ずつの計4人ですね。先ほど話に出た、看護師から助産師を目指している方もそうです。助産師さんの仕事を目の当たりにして、自分もその道で頑張ってみたいと思ってくださって――。これまで魚沼地域に周産期医療を担う医療機関がなかったので、地元の方がとても喜んでくださる姿を見て、助産師として役に立ちたいと決意されたようです。

国際貢献活動という観点からは、これまでに計3回、産婦人科部長の先生が国境なき医師団での活動に参加されています。職務にもよりますが、国境なき医師団は一度派遣されると最低でも4週間は現地に滞在しなければならないケースがほとんど。常勤先と折り合いをつけるのが難しいため、諦めざるをえない医師も少なくないようです。実は、当院が自己啓発休業制度を導入したきっかけになったのも、この先生の存在が大きいんです。

―制度ありき、というよりも、人ありきで始まった制度だったんですね。

橋口 そうですね。学習意欲や医療貢献したい気持ちがあっても、規定がないから送り出せないのは、医療機関側の都合でしかありません。職員の思いを最大限に尊重して、柔軟に制度を整えていくことも、医療機関に求められていることだと考えています。もちろん、自己研鑽を積んだあとに戻ってきて活躍してほしいことが前提にありますが、そういう仕組みがなければ前に踏み出せない側面もありますしね。

―自己啓発休業制度を利用している期間中、どうしても他の職員の負担が大きくなってしまうかと思いますが、その方々の反応はいかがですか。

内山 温かく送り出してくれていますし、また一緒に働けることを心待ちにしていますよ。というのも、自己啓発休業制度を活用するみなさんが日頃から頑張っているのはもちろん、自己成長のために新たな挑戦をしようとしていますから。それを応援する気持ちで周りの職員も踏ん張ってくれて、おかげでハレーション(悪影響)が起きたという話も聞きません。こういう関係を見ているからこそ、この制度を活用したいと手を挙げる職員が続いているのではないでしょうか。

橋口 大学病院の看護部長さんに聞いた話ですが、5年経つと半数以上の看護師さんが退職してしまうそうです。5年というと、一定のスキルが身に付き、視野を広げてみたいという思いが出始める時期。当院のような地域の医療機関においては、雇用維持が病院存続につながるため、人材流出は何としても避けたいところです。そのため、常に新しいことに挑戦する機会を提供していたいんです。

いろんな生き方を実現するために、キャリアの選択肢を

高田俊範教育センター長・副病院長

内山 いろんな生き方、働き方があっていいと思いますし、当院としても職員の考えを尊重して応援していきたい。それを実現させるために、事務部長が中心になって規則をつくってくれたり、現場がサポート体制を整えてくれたり――。一人ひとりが共に働く仲間を大切にしていること、それが各々の成長につながっていることがうれしいですね。当院の枠組みの中で条件とお金が許す限り、今後も職員の気持ちに寄り添った仕組みや制度をつくっていきたいと考えています。

高田 しっかり送り出して、きちんと戻れる場所をつくること。それが本人や周囲の人、そして地域にとって良い循環を生むと考えています。当院を拠点に、さまざまな経験を積んだ人がこれからも増えていけば、医療の幅も、キャリアの選択肢も自ずと拡がっていくはず。それを示していけるよう、今後も職員が働きやすい環境づくりに取り組んでいきたいと思います。

※高田教育センター長・副病院長の高の正しい表記は、はしご高となります。

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