人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣がオムニバス形式で、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報について解説します。
優秀な広報担当者を見極める方法
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門
今回は、松本さんの広報誌に対する戦略も戦術も実に熱く書かれた記事を読んだ上で書かせていただきます。
確かによくある病院広報誌は、ファン獲得のために、患者さんの様々な背景を想像した結果、詰め込みすぎているものが出来上がります。一方で、小倉記念病院の広報誌のターゲットは、医療機関に限定するという非常にわかりやすい戦略でした。ある病院の広報誌では、連携先の病院(関連施設ではない)を紹介しているものを見たこともあります。他にもインナーブランディングとして、職員さんにスポットを当てて紹介していくことで働いている職員の人柄や、職種を知ってもらう活用法もよくあるものだと思います。
実際の広報誌の作成と届け方の戦術についても、松本さんが華麗に記されていましたので、広報誌だけに留まりませんが、広報担当者の素質に対する考えを記します。
経営者や人事の決定権のある方は、人材配置をどの観点で決めるでしょうか。人材配置には、業務の得手不得手も大事かもしれませんが、本人の触れたことがない仕事について得手不得手を判断するのは難しいと思います。もちろん仕事の内容には好き故に進められるものもありますが、取り組んでいくうちに好きになってセンスが磨かれていくこともよくあります。
一方で、フットワークが軽いかどうかが物差しの場合、ある程度見極められると思います。病院マーケティングサミットJAPANを立ち上げてからは、広報実務者担当の方とお話しする機会が多くあります。その中で共通することは、アクティブに活動されている病院の広報担当者は、とにかくフットワークが軽いということです。フットワークが軽い人は、自分で考えて行動しています。つまずくこともあるかもしれませんが、すぐに起き上がり、次のアイデアを試すと思います。アイデアが枯渇すれば、補おうと勉強します。
さらに広報は、他部署、他施設の方々とのコミュニケーションなしには進められず、バランス感覚も必要です。様々な状況に曝露されると見える視野も変わるため、ナンバーワンの病院でなくても、オンリーワンの売りを経験から見つけられることもあるはずです。その状態こそ「センスがいい」と表現されるのかもしれません。
私自身35歳、アクティビティの高い人たちと仕事をするのが楽しみになっています。松本さんをはじめ、今後もフットワークの軽い素晴らしい方々と出会えることを楽しみにしています。
戦略的病院広報誌のつくり方
小倉記念病院 経営企画部 企画広報課
広報誌なんてどうせ捨てられる。そこからスタート。
「広報誌なんてどうせ捨てられる」なんて身も蓋もない言葉で始まっていますが、これには意味があります。捨てられることを前提にすれば「じゃあ、捨てられないためにどうしたらいいのか」という発想が生まれるからです。
当院も昔はそうでしたが、ここからスタートしないとどういった現象が起こるか。ひたすら押し付けがましい原稿だらけで、受け手の読みやすさなど完全に無視した代物が出来上がります。
つまりは送り手の立場だけで物事を考えて、受け手の立場を想像することができない、そんなマーケティングとして間違った行動をとってしまいがちです。
そもそも論ですが、何のために広報誌を作るのでしょうか?? 「それは当院のことをより深く知ってもらってユニークなイメージを積み重ねるためだろう」。では、誰にユニークなイメージを持ってもらいたいのでしょうか?? 「連携医療機関や患者さんご家族、いろいろなステークホルダーや院内スタッフも含まれる」。でもターゲットによって伝える内容や伝え方は変わってきませんか??
ターゲットを絞らずに全てのステークホルダーに伝えようとすると、雑誌並みのページ数が必要です(とは言っても、各雑誌は全ての人に伝えようとせず、きちんとターゲットを絞っているとは思いますが)。普段読む雑誌でも自分が興味のない紙面は飛ばしますよね。紙面の企画ごとでターゲットを想定していけばいいとは思いますが、実際に病院業界で雑誌並みの広報誌を作れる予算も人員も確保しているところはないと思います。ですから現実問題として絞らざるを得ない。
また私が広報誌をリニューアルした時、「医療機関の広報誌は、厚生労働省に作り方でも指定されているのだろうか!?」と思うくらい、全国の病院広報誌は似通っていました。病院広報誌のあるあるですが、管理栄養士のレシピ紹介・理学療法士が勧める運動方法・連携医療機関のご紹介・写真は集合写真でピースサイン…。ネタがカブっていても読者に喜んでもらっているかもしれませんが、差別化にはつながらないですよね。他院と差別化するためのツールなのに、差別化させないのは本末転倒です。
小倉記念病院の広報誌
当院の広報誌は「HANDS」と「つなぐ」を発行しています。内容は当院の高度医療特集のみ。ターゲットは医療機関を狙い撃ちです。在庫が余れば2F正面玄関にも設置しますが、患者さんのためには作っていません。
「HANDS」は12ページ構成で年4回発行。つなぐは当院のコアブランドでもある循環器内科専用の広報誌としてA4両面構成の1枚もので、年に8回程度の発行となっています。
「HANDS」の制作ルールは大きく3点です。
- 1つの題材だけを特集する。
- 原稿量はA4用紙3枚以内、写真メインで美しいビジュアルブックを目指す。
- 紙質をこだわる。
なぜこのようなルールで運用しているのか。答えはいたってシンプル。「どうせ読まれずに捨てられるし、見られたとしても当院のために時間を割いてくれる人は少ない」ここからスタートしているからです。HANDSの表紙は「何これ!?」と思われるようなデザインを意識し、内容が分かってしまうような「〇〇特集」などは表紙に記載しません。まずは開いてみたくなる気持ちにさせます。そして短い時間で情報を伝えるために、1つの題材だけを特集して文字数を制限し、インパクトある紙面構成を行って流し読みを防いでいます。紙質にもこだわってAプランという上質な紙を使用しています。紙質にこだわっているは、何となく捨てづらくさせるためです。2,500部発注で1冊単価100円と割と高いと思いますが、必要な投資だと判断しています。
「つなぐ」の制作ルールは、一点ものの写真にボディコピーを添えるだけ。HANDSの世界観を引き継ぐことで病院全体の統一感を出しています。広告っぽい表現にしているのは他院がやっていないからです。伝える内容もクリエイティブも差別化して短時間で大切なことだけ伝えるようにしています。
広報誌作成手順のススメ
病院によって広報誌作成の進め方はまちまちでしょうが、当院の制作手順をご紹介したいと思います。
まず特集する内容は、マーケットにおいて成長の見込みがある分野を取り上げます。ここも病院によっては難しい部分があるようで、日本人特有の和を重んじる傾向が出てしまうと、「院内で不満が出ないように全科をまんべんなく取り上げなさい」という指令が下り、病院を成長させるツールではなくなってしまうケースもあるようです。
次に、取り上げる分野(循環器内科のストラクチャーとか)の、どの部分(TAVIやマイトラルクリップとか)を伝えるべきかこちらで選定しています。伝えるべき内容が決まったらデザイン会社のデザイナーと一緒にカルチャー誌を見ながら、内容と合いそうな紙面構成を検討します。そこで写真の配置と文章の量を決定してしまいます。なぜカルチャー誌を見ながら進めるかというと、デザインを言葉で伝えてもイメージを共有しづらいからです。紙面内容と紙面構成のたたき台が出来た時点で、特集する診療科の部長へその号のコンセプトと紙面構成を説明し、あとは決まった配置に写真と原稿を当て込んでいくだけです。
なぜ紙面構成を先にこちらで決めてしまうのか!? それは最初に医師に相談してしまうと「あれもこれも」と言い出しがちなので。そして医師主導になるとアートの部分が損なわれやすくもなります。
そして原稿も書いてもらうのではなく、インタビューを行い、こちらで原稿を起こします。医師に原稿作成をお願いしてしまうと原稿を上げてくるのに1ヶ月以上かかることもありますし、医師から制限なく原稿をもらってしまうと削りづらいのもありますから。
写真は一眼レフを病院に用意してもらっていますので、私がどこにでも撮影に行きます。これをデザイン会社に依頼するとカメラマンの撮影費(これが1日10万円以上するんですよね)や現場との撮影日の調整など、かなりの労力を必要とするので自分で撮影した方が楽です。
このやり方だったら医療従事者にも負担をかけず、スムーズに発行までたどり着きやすいと思います。
届けるところまでデザインする
以前は広報誌を完成させるまでが私の仕事で、郵送業務は連携室に任せていました。私は「よーし、今回もいいものができたぞー!あと連携室よろしくー」なんて全く無責任で自己満足な部分がありました(今も多少あるとは思いますが笑)。
何となく「この地域一帯の医療機関には届けてくれているんだろうなぁ」とだけ思っていました。実際の送付先は、これまで小倉記念病院に患者紹介してくれた医療機関でマスタに登録している1,200箇所でした。つまり既存の関係先です。
しかし、成長戦略を考えるとシェアを伸ばす・診療圏を拡大する、この大きく2つに分かれます。となると、当院のお得意さんだけでなく、新規の連携先も増やしていかなくてはならない。じゃあどうやって新規開拓する!? そこで活用したのが、厚生局が毎月更新しているコード内容別医療機関一覧表です。全ての医療機関を網羅しているのと、新規・変更・閉院全てが毎月更新されています。
少し苦労話をすると、厚生局が出しているエクセルデータが1施設1行になっておらず、セルの結合部分もあったりとデータとしては活用できるものではなかったのです。そこで私が一番尊敬している、システムに詳しい先輩にお願いして、1施設1行になるプログラムをマクロで組んでもらいました(今年2月に九州厚生局は掲載スタイルを変更してきたので、また対応が必要になり現在頭を抱えています)。
他院に送るときの宛名にひと手間
医療機関が綺麗にデータ化できた後に、マーケット範囲全ての医療機関に送付してしまおうという判断をしました。理由は、対象すべての医療機関に郵送しても印刷料・郵送料は少額で済むのと、当院の成長戦略として診療圏の拡大を目指しているからです。
じゃあ、医療機関の誰宛に送るのか!? ここも非常に大切です。
以前は連携室様宛とか病院長様宛とかにしていました。でも考えてみてください。自分の病院の院長が「〇〇病院から広報誌が届いたぞ。どれどれ、今回は循環器内科の特集かぁ。じゃあこの広報誌を循環器内科の部長に渡しておこう」なんてすると思います?? うちの院長は優しいのですると思いますが笑。連携室は院長より“信頼”できますが100%ではない。100%にするには循環器内科部長に直接届ければいいと思いませんか?? 当院では特集した内容によって宛名を変えています(クリニックは院長様宛にしています)。循環器内科特集であれば「循環器内科ご担当医様」、脳神経外科特集であれば「脳卒中ご担当医様」。これだと最初に診療科の部長へ届くはずです。じゃあ、心臓血管外科特集は「心臓血管外科ご担当医様」にするのかといえば違います。
心臓血管外科に患者紹介していただいているのは、90%以上が循環器内科勤務医です。ですので、郵送前に特集した診療科の紹介患者分析は必ず行なったほうがいいです。
じゃあ、心臓血管外科特集は「循環器内科ご担当医様」にすればいいのかというとそれも違います。違うわけでもないですが、もっと掘り下げられます。すみませんが、ここは極秘にさせてください。
広報誌制作は、小倉記念病院だからできるのか
他病院の方からよく言われるのは、この3つ。
- 小倉記念病院さんは最新治療が導入されるからいいけど(循環器疾患・脳疾患)、うちはそうじゃないし。
- デザイン会社に依頼できるお金があっていいよね。
- 上層部の理解がなく専従者を配置してくれないし、そもそもセンスのある人材もいない。
これらを言われて、「そうかもしれませんね」7割、「うーん本当にそうかなぁ」3割の感覚です。
私はコンサルタントではありませんし、寝ても覚めても小倉記念病院の新入院患者数を増加させることだけを考えているので、他病院の状況を想定して仕事をしたことはないんですが、小倉記念病院が恵まれた環境にあることは認めます。
でもこれだけはお伝えしたいのが、創立当初から循環器疾患マーケットがブルーオーシャン(競合不在)の状況だったわけではなく、むしろ当院は後から参入した病院で、地道な取り組みの結果、現在の土台が築かれていることはまぎれもない事実です。
地道な取り組みとは、患者さんを断らない、治療が終わればかかりつけ医のもとへ返すなど、現在では当たり前ですが、地域の先生方を大切にすることから始まっています。
この部分は広報誌関係ないですよね。結構この部分は重要だなと思っていて、極論すればホームページとか広報誌とかのツールは正直どうでもいいんです。伝える内容が重要であって、その内容とターゲットに応じてツールは変えるべきなので、ホームページがどう、広報誌がどうという議論は手段が目的になっていることが多いと思います。
なので今回は広報誌について書いていますが、広報誌にとらわれる必要は全くないと思います。
アウトソーシングへの考え方
「デザイン会社に依頼できるお金があっていいよね」についての私の見解は、「事務員の給与よりめちゃめちゃ安いので、事務員増やすよりアウトソーシングした方が効率的」という考えです。
事務員1人を雇用するのに病院が支払う保険料などを合わせると年間800万円程度は必要になります。役職者ならもっと必要です。デザイン会社への支出はその1/4以下です(印刷費除く)。内製化に反対するわけではないですが、内製化で起こりやすいのは素人が手作りで一生懸命作っていくことに美学を感じてしまい、受け手の立場を想像できないようなことが起こりがちです。内製化に伴ってプロを採用してもいいとは思いますが、クリエイティブ(広告制作物)のプロが病院に転職するとは思えないですし、果たしてその方がプロかどうかも疑問です。
マーケ投資で最大4割弱の新患増
「いやいやそういった議論ではなくて、ギリギリの人数しかいない事務員でやれと言われているから」と思われた方もいらっしゃると思います。事務の人数や人的配分をどうするかという議論ですが、私の経験上わかっているのは、「うちの部署は暇だから他部署へ1名異動させてもいいよ」という部署は間違いなくないのと(どこの部署もうちは忙しいと言うはずです)、そもそも事務員は固定費でしかないのも事実です。もちろん診療情報管理士や医師事務作業補助者への点数が付いている分野もありますが、その他は固定費になります。でもマーケティング部隊は新入院患者を増やす仕事を行うので、間接的にですが稼いでくれる部署です。
ここでもお伝えしておきたいのは、私は医事課・人事課・管理課(庶務)を経験した後に現在の企画広報課に所属しています。病院組織を運営するために診療報酬の請求をする部署も、職員に給与を払う部署も、雑多な業務を行う部署も、医療材料を安く購入する部署も必要なのは間違いないですし、私もそういった仕事を経験してきました。
しかし病院を成長させていく仕事も同じように必要です。あとはどちらに比重を置くかは経営者の判断となりますが、当院ではマーケティングに投資を行うようになった5年間で、循環器内科12%、心臓血管外科17%、脳神経外科36%(ともに新入院患者数)の成長率を達成しています。
センスよりも大切なもの
「上層部の理解がなく専従者を配置してくれないし、そもそもセンスのある人材もいない」についての私の見解ですが、まず上層部の理解は必要だと思います。当院はまず院長の理解というより判断があって、業務命令で私が異動してこの仕事が始まりました。つまり、私が理解のない上層部を動かした経験はありません。正直に言いますと「ラッキーだった」と思っています笑。でも理解のない上層部を動かすにはどうしたらいいんでしょうか?? 逃げるようで申し訳ないですが、USJをV字回復させた森岡毅さんの「マーケティングとは『組織革命』である。」が面白かったので是非ともご一読ください。ヒントがありそうな気がします。
専従者はいた方がいいと思いますが、センスに関して言うと「ないよりはあった方がいい」程度かなと思います。
センスって、運動神経と同じです。スポーツがある程度できる人って、他の競技をやってもそこそこできることが多いですよね。もちろんそうじゃない人もいるとは思いますが、運動センスはすべての競技に通じています。それと同じです。
でもセンスよりも大切なことがあります。「どうやったら自院が選ばれるのか」を考えて考えて考え抜くことの方が大切で、自院の課題を自分の課題として“自分ごと化”しているかどうかが重要です。
たまにセンスがあるばかりに「自分のセンスを見せつけたい」と、自院が選ばれるかどうかは置き去りにして、自分が納得するクリエイティブ(チラシの作成だったり動画の作成だったり)ばかりを追い求める人をたまに見かけますが、こうなってしまうともう…ね。という感じです。
あと「自分ごと化」できない人の特徴ですが、「病院として判断すべきですよ」みたいなことをよく言う人いませんか!? 私はこの言葉が一番嫌いですね。自分の責任は果たさずに、全て病院が考えて決めて、業務命令として仕事を落としてきてくださいよというスタンスですね。「病院て誰だよ!!」とツッコミたくなりますし、結果責任と実行責任をごちゃごちゃにしてしまっていますね。課題抽出・企画立案・提案、説明・実行は自分の責任で、提案に対して判断を下すのが上層部の仕事です。
これを全て「病院」という言葉で包んで、自分は安全な場所にいるつもりでいるんですね。本当に困ったもんです。
私が尊敬している人は病院のことを“自分ごと化”できていますし、自分自身にインプットするための投資と、アウトプットするための努力、そして医療従事者が協力したくなる現場力があります。
これさえできれば、センスなんていらないんじゃないかなと思います。必ずいい仕事ができるはずです。
私自身もそういった人材になれるように日々研鑽しないとダメですね。たまに自己満なクリエイティブに走ることもありますので。35歳、自分を律する年にしようと思って書いた回でした。
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