大阪府三島救命救急センター(41床)は、大阪府三島医療圏(人口約75万人)で唯一の3次救急病院です。地域医療の“最後の砦”として、これまで数多くの重症患者を救ってきました。しかし、2017年末に非常事態が起きて病院の経営が悪化。存続の危機に立たされました。どうにかして、地域の3次救急を守らなければならない──。その使命を果たすべく、「クラウドファンディング(CF)で運営資金を募る」という全国初とみられるプロジェクトに挑戦しています。CFに挑んだ背景について、プロジェクトメンバーである、小畑仁司所長、福田真樹子副所長、八尾みどり看護部副部長、そして事務局長である法幸貞次氏に聞きました。
院内感染や医師不足が引き金となり、経営危機に
大阪府三島救命救急センターは、母体となる病院を持たない“単独型”の救命救急センターです。1985年の開設以来、大阪府三島医療圏の救急医療を支えてきましたが、建物の老朽化や耐震性などの問題のため、2022年に大阪医科大学への移転が決まっています。しかし今、「移転まで病院を存続できるのか」という危機的状況に直面しています。
小畑所長
「引き金となったのは、2017年12月の院内感染です。多剤耐性菌のアウトブレイクがありました。感染症対策の体制を整備するために新規患者の受け入れをストップし、当センターの医業収入が落ち込みました。その少し前から救急搬送数が減ったり、患者さんの重症度が変化したりして収入が減少傾向でしたが、院内感染による受け入れストップに続き、整形外科医が異動になり、3ヵ月間にわたって外傷患者の受け入れが極めて困難な状況に陥ったのです。
その結果、2010年度は13億8400万円だった医業収入が、2017年度には9億5900万円まで落ち込みました。2018年4月から医療体制は通常運用に戻りましたが、収益は改善せず、年末には職員の賞与が大幅に減額となり、医師や看護師、他の職種に至るまで複数名が離職していきました。医師数は、2010年度の27人からほぼ半減し、2019年8月時点では12人です。病床をフル回転させたくてもできず、ますます患者数が減って収入が減る。残っている職員の負担が重くなり、離職が止まらないという“負のスパイラル”に陥ってしまったのです。
数年前までセンター内の検討課題は『大学移転後にどのような医療をするか』が主でしたが、離職者が続出した後には『そもそも存続できるのか』に取って代わりました」
こうした状況を打破すべく、診療にかかわるもの以外の出費を抑える、消防機関と協働するなどの収支改善に努めたものの、どうしても限界があったそうです。
小畑所長
「当院は、公益財団法人として既に3市1町(高槻市、茨木市、摂津市、島本町)から年4.5億円、国と大阪府から年1.5億円の補助金をいただいて運営しています。院内感染は非常事態であり、また、その後の経営状態も含めて財団の理事長(高槻市長)に、今後の運営について検討をお願いしましたが、『支出の抑制に努め、移転までの3年間頑張ってほしい』との回答がありました。
なんとか自力で“負のスパイラル”を断ち切る方法はないか。センター内で検討を重ねた中で、副所長(福田真樹子氏)や看護部副部長(八尾みどり氏)から、CFで広く寄付を募り、人材確保のための資金を集められないかという提案がされました」
クラウドファンディングが唯一の手段だった
クラウドファンディングとは、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語で、新たな資金調達方法として広がりつつあります。資金を募りたいプロジェクトについてインターネット上で発信し、賛同した人が寄付(または出資)をする仕組みです。近年、医療機関によるCFが増えており、無菌室の増設費用や、ドクターカーの購入費用などを募る事例がありました。しかし、今回のようにCFで運営資金を募るのは全国初とみられる挑戦です。
福田副所長
「他院のCFの取り組みを見て『うちもやろう』と思ったわけではありません。率直に言うと、ほかに手段がなかったのです。当センターは3次救急医療に特化しており、外来機能を持っていません。基本的に患者さんは救急車での搬送や、他院からの転院で来ますから、我々は待っているほかないのです。さらに、最近は近隣の2次救急病院も頑張っていて、以前は当院で診ていたような重症の患者さんをそちらで受け入れるようになってきました。重症患者の受け入れ先が、以前より分散しているのです。当センターが自力で収益を改善するには、これが唯一の選択肢でした。
そこで、2018年12月に幹部会でCFに挑戦することを提案したのです。反対意見もあり、大賛成というわけでもありませんでした。全員にとって初めての取り組みで、手探り状態のスタートだったからです」
法幸事務局長
「先ほど所長が話した通り、当センターは公益財団法人で補助金をいただいているので、CFを実施することについては各関係先に説明しました。当財団の理事長は基本的に賛成でしたし、ほかの皆さんに当センターが置かれた状況を知っていただく機会にもなりました。その点でも、CFをやることに、非常に意義がありました」
目標金額は2000万円。達成できるか不安だった
CFを始めるには、まずCF運営会社と契約をして、その会社のサイト上でプロジェクトの情報を発信します。CF会社はいくつもあり、最初はどこに依頼すればいいかも分からなかったそうです。小畑所長や福田副所長を含む10人のプロジェクトチームを結成し、どのようにCFを進めるか一から検討したといいます。
福田副所長
「私たちのプロジェクトは、ドクターカーのような物品購入ではなく、病院の人材確保の資金を募るものです。最終的に『Readyfor』(レディーフォー)という運営会社を選びましたが、同社でも、我々のようなプロジェクトは前例がないと言っていました。また、寄付してくれた方へ、物やサービスのリターンがある『購入型』のCFではなく、直接的なリターンのない『寄付型』のCFにしたので、本当に寄付が集まるのか不安でした。しかし、何かやらないことには状況を変えられません」
CFはプロジェクト発信者が目標金額を設定し、それに達しない場合は支援者に全額返金する仕組みです。同センターのプロジェクトチームが定めた目標金額は2000万円。募集期間は約3カ月です。医療従事者を確保するには決して多い金額ではありませんが、これだけの寄付を集めるには相応の説得力が必要です。
福田副所長
「Readyforのサイトにはプロジェクトの説明文章を載せるのですが、それを書く作業が一番苦労しました。私たちの思いをどのような言葉で訴えればいいのか悩み、Readyforの担当者ともずいぶん話をして、何度も何度も書き直しました。最も伝えたかったのは、とにかく『続けたい』ということです。人材不足で現場が大変なこともありますが、それよりも3年後の大学移転まで三島医療圏の3次救急医療を守り続けたい。2017年の院内感染以降、ずっと続いてきた“負のスパイラル”を断ち切り、患者さんの受け入れ体制を元に戻さなくてはならない。その思いを文章に込めました。
人材確保の費用はCFだけで賄えるものではありませんが、現状を乗り越えるためには必要なものでした」
その文章の一部を、以下にご紹介します。
【プロジェクトの説明文章(一部抜粋)】
― ALL FOR PATIENTS ― これが三島救命センターのスローガン
その気持ちに揺るぎはありません。
現在、一般の病院にとって処置が難しい患者さんや、受け入れが難しいような社会的背景の患者さんなどを含めて、年間1,000名ほどの方々が当センターに運ばれています。私たちは、その方々の命を平等に救うべく、最後の砦としての役目を全うしています。
その想いと同じく、どんな境遇の人であれ、不慮の事故や病気によって突然命を奪われかねない「誰かの不幸な“もしも”」を待たなくて良い状況が作れることは、私たちにとっての望みでもあります。
私たちとしても、診療に関わるもの以外の出費を抑えたり、消防機関と協働するなどして資金増に努めてまいりましたが、やはり限界があります。運営に関する厳しいご意見も真摯な気持ちで頂戴させていただきます。
しかし、今のまま現状をただ受け入れるだけでは、救急現場で経験を積み、災害医療を支えてきた職員は更に離職してしまい、3年を待たずに救命センターとしての機能を失う可能性があります。
我々がこれまで担ってきた救命救急センターと災害拠点病院としての役割、それらが一度途切れてしまえば、また再び同じように始動することは難しいのです。
ここ三島救命救急で、救急医療の専門的な知識と確かな技術をもつ医療者たちが、全員で未来へ向かっていく環境を整えること。そして、新たな人材と運営資金を確保し、地域の救急医療をつないでいきたい。
– ALL FOR PATIENTS – 全ては患者の為に。
この気持ちに揺るぎはありません 。救命医療と運営、この二つを両立させるため、今回皆さまのお力をお借りしたい次第です。
みなさまのご支援が必要です。どうか応援をよろしくお願いいたします。
<取材・撮影・編集:平石果菜子、文:越膳綾子>
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