新型コロナウイルス感染症の猛威で医療機関の経営が逼迫
新型コロナウイルス感染症は全世界で猛威をふるい、医療体制への影響はもちろん、世界経済にも大混乱をもたらしました。日本では、ダイヤモンドプリンセス号内での集団感染のほか、屋形船利用の団体客、そしてそれらから派生した院内感染が国内の数カ所で起こり、4月の緊急事態宣言以降、話題は“コロナ一色”といっても過言ではありません。
医療機関においては、特にコロナ無症状の患者への対応に苦慮したのではないでしょうか。たとえば整形外科疾患で入院した患者が、後日症状を呈して陽性が発覚した場合には、院内感染は免れません。院内感染が起これば、新規入院や外来診療・救急診療を止めて院内の感染対応に注力するため、職員の負担はもちろん、経営面でも打撃を受けることになります。また、通常診療に復帰した後も、患者数がすぐ戻るとは限りません。
日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会が合同で行った「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査」によると、医業収入は前年同月比マイナス10.5%(有効回答全病院)。東京都だけで見ると、マイナス20.4%にものぼります。一方で、感染予防用のマスク・ガウンをはじめとした防護具の経費は増加しました。もともと経営体力の乏しかった医療機関は、倒産の危機に晒されています。破綻を防ぐためにとボーナスを減額した医療機関で職員の退職が助長されるなど、大きな課題に直面している医療機関は少なくありません。
行政から支援策が次々打ち出されるも、解釈・対応が追いつかず
減収を免れない状況下において、病院経営を維持していくために経営陣はどう対応していくべきなのでしょうか。私は、基本的なことではありますが、まずは行政からの各種支援策を見逃さないことが重要と考えています。
医療機関への経営支援については、第1次補正予算成立後、都道府県ごとに差はあるものの、徐々に拡充していきました。各自治体による医療機関への支援金や、民間病院の協議会による支援の申し入れといった活動も展開されています。しかしこれらは、あくまでも各自治体の財政状況に委ねられる側面が大きい印象でした。
そんな中、6月12日に第2次補正予算が成立し、16日には新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)が拡充されました。これにより、流行長期化や次なる流行への対応のため、全額国費による支援交付金の増額および対象拡大のほか、診療報酬の特例的な対応、PCR等の検査体制の強化、福祉医療機構の優遇融資の拡大がなされました。その内容は、19項目にも渡ります。
しかし、6月16日に厚生労働省から各都道府県知事宛に発出された「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)の実施について」を実際に読んでみると、抽象的かつ難解。解釈に悩む表現も多く、「結局うちはどれが貰えるの?」と困惑した医療機関の間で、精査と情報交換が繰り広げられるようになりました。Q&A第3~第6版を読んで、やっと全体像が見えてきた、という方も多いのではないでしょうか。
補助金・支援金等を確実に得るために
かくいう私も、困惑した一人です。私が勤務する病院がある東京都では、7月下旬に「新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業」の申請手続き詳細がリリースされ、現在申請準備を進めているところです。
私自身の経験から、補助金・支援金をとり漏らさないためのポイントを3つにまとめてみました。
(1) 院内の複数人で情報をキャッチ
補助金・支援金の交付を受けるためには、まずは情報収集です。いくら自院が対象になる補助金等があっても、その存在を知らずに手続きしなければ、交付を受けることはできません。事務長・院長のみならず、医事課や経理担当者などの複数で日々の情報をキャッチし、共有する体制を構築することが重要です。
たとえば当院では、行政や所属する各病院団体からのメールは4~5名に同時転送されるよう設定しています。各人が必ず目を通し対応が必要な事項を共有して、情報漏れや〆切忘れを防ぐのです。
(2)院外の各種情報源にアンテナを張る
「通常業務に加え、補助金関連の情報収集を自分達だけで行うには限界がある」と感じた方も少なくないのではないでしょうか。各病院団体からの情報や、各種関連研修会への参加。場合によっては専門家の支援を受けることによって、補助金等を確実に受け取る努力が必要です。
特に今回の「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)」の事務運営は都道府県が行っているため、対応スピードも各自治体によって異なります。既に詳細情報の提供や手続きを開始した都道府県がないか近隣県のホームページを確認し、先行する県があればそこにある医療機関に問い合わせて情報交換をさせてもらうことも1つの手段です。これまでの協会活動や地域交流、交友・人脈作りがこういった際には活きてくるのではないでしょうか。
(3)実績提出に必要な情報は、診療部門の協力で記録・蓄積を
補助金等の交付申請には、事業計画や実績報告をはじめとした複雑で膨大な資料提出が求められます。たとえば、東京都新型コロナウイルス感染症医療提供体制緊急整備事業の医療従事者特殊勤務手当支援事業(危険手当への支援金)では、申請のほか、陽性患者対応職員への危険手当支払い実績報告が必要です。
しかし、提出する段階で対応者名を数ヶ月も遡って調べようとすれば、膨大な時間と労力がかかってしまいます。手続き資料に必要な情報について、あらかじめ診療部門と協働して日々の業務の中で記録できるような体制構築が重要となります。
私の場合は、提出資料が公開された時点で必要記入事項を確認し、専用の記入シートをエクセルで作成。すぐに対象開始月日までの情報を遡って確認したことで、最小限の労力で済みました。その後は現場担当者が日報として報告できる体制を構築し、実績の情報収集を日常業務の中に組み込みました。
情報収集にせよ、必要事項の記録にせよ、1人で対応しようとすれば必ず抜け漏れが出てきてしまいます。必要に応じて、職員に理解を促し一部を担当してもらうなど、複数体制で臨むことが抜け漏れ防止につながるでしょう。
第2波の予兆と今後の対応
新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)が動き始めたものの、8月5日現在、申請手続きが開始された項目はわずかです。医療機関としてはまだまだ情報収集を継続している段階ではないでしょうか。一方で、緊急事態宣言の解除後、早くも第2波の予兆が見られます。秋冬の感染再拡大も予測される中、日々の診療体制を維持しながら、補助金申請等への対応に追われ、平穏な生活はまだまだ取り戻せそうにありません。
今後も、医療機関の経営層が判断を迫られる場面は増えるでしょう。たとえば、A病院の経営会議でも話題に上がっていたボーナスについて。日本医療労働組合連合会の調査によると、コロナ禍などの影響で2020年の夏季ボーナスを昨年より引き下げた医療機関が約3割にのぼります。賞与を削減した医療機関の一部では、退職者が続発したという話も聞きます。経営陣としては苦しい判断だったかと予測されますが、退職者が相次げばマンパワー不足に陥り、結局第2波を乗り切ることができないのではと懸念されます。支出を防ぐだけではなく、疲弊や不安を抱える職員たちへのフォローアップが求められるでしょう。
職員のストレス軽減のため、リーダーがすべきこととは?
医療職は感情労働と言われるように、平時でも他人の生命に関わるため緊張やストレスを感じています。また、交代勤務による生活リズムの変調や、日進月歩の医療の中で変化の絶えない環境も、ストレスレベルを高める要素となっています。加えて、現在はコロナ禍の影響で、一般外来や救急対応などでも無症状患者の可能性を考慮しながら業務にあたる必要があり、大きなストレスを感じている職員が少なくないでしょう。
また、コロナ禍は、感染対応以外にも職員の苦痛・負担をもたらしました。 日本赤十字社の「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応する職員のためのサポートガイド」によると、新型コロナウイルス感染症によってもたらされる“3つの感染”が挙げられています。
第1の「生物学的」感染症は、ウイルスによって引き起こされる「疾病」そのものを指し、第2の「心理的」感染症は、強い「不安や恐れ」を感じること、そして第3の「社会的」感染症は、不安や恐怖から生み出される「嫌悪・差別・偏見」としています。
実際に、医療従事者というだけで、子どもに対するいじめや保育園への登園禁止、タクシーの乗車拒否、いやがらせ・いたずら電話、近所からの誹謗・中傷が起こったのは事実です。では、そういった環境下ではどのようなケアが求められるでしょうか。
セルフケアと、システムとしてのケア
東日本大震災や、豪雨災害時などによく言われたように、発災直後で緊張感が強いと自身のストレスを認知しづらくなります。このような場合、まずは自身が強いストレス下にあると認知することから始め、休息や趣味活動などによるストレス発散を意識的に心掛ける必要があります。
日赤では、「COVID-19対応者のためのストレスチェックリスト」を公開しています。一度ご自身でも試してみてはいかがでしょうか。
そして重要なことは、ストレス管理を職員自身に委ねず、組織としてケア体制を構築することです。前掲のサポートガイドで解説されていますが、私独自の視点も含めてマネジメント上で心がけるべき点を解説します。
まず重要なのは、病院内・職員間の情報共有です。情報がない中での闘いは不安や恐怖を助長し、強いストレスを誘因します。感染管理においては自院の方針、入院患者数や新規発生数、ライン(指示命令系統)など、共有すべき情報が多岐に渡ります。職員の理解を深めるには、勤務前にブリーフィング、終了後のデブリーフィングを行います。これは情報共有にも、チームへの帰属感を高めるのにも有効です。こうした共有を通して、単なる一担当者ではなく、チームの一員としての感覚を職員に持ってもらうのです。
次に、感染予防策の順守(教育を含む)、ゾーニングによる汚染・清潔箇所の明確化と、職員が安心できる清潔(安全)箇所の確保を行います。感染管理はチーム戦がゆえ、1人でも手順を順守しない人がいれば、感染管理の砦は簡単に崩れ落ちます。正しい感染予防の知識と手順の順守、そして安全箇所の明確化と確保は、チーム全体に安心感を与えることになります。
最後に、一番重要なのはストレスケアをシステムとして構築することです。
「不安があったら相談するように」と手放して個人戦をさせても、なかなか相談には来ないでしょう。周りが気づく頃には既にバーンアウトしています。たとえば週に1回、全員が上長やメンタルサポートチームとの面談を行い、必要に応じて産業医や精神科医、公認心理士との面談を設定するなど、細やかなケアをシステムとして整えましょう。
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