設問1:K病院ではどのような問題が生じていると考えられますか?
ルールの軽視が組織改革を阻む!?
規模の大きな病院では、購入ルールがある程度整備されていることも多いと思います。しかし、K病院のような中小病院では細かいルールが設定されておらず、場当たり的な意思決定に陥りがち、というのは意外と“あるある”なのではないでしょうか。
T事務長が危惧しているように、購買プロセスのルールが定まっていないことは病院の経営面のみならず、職員のコスト意識、ひいては組織文化の醸成を阻害する恐れがあります。組織文化とは「組織の構成員が持つ共通の見方」であり、職員の行動を導き、形成する上で強力な手段とされています。弱い組織文化が「あいまいさ、不明瞭さ、あるいは一貫性の欠如」を特徴としているのに対し、強い組織文化には以下のような特徴があると言われています。
- 組織の中心的価値観がメンバーに強く、しかも広く共有されている
- 中心的価値観を受け入れるメンバーの数が多い
- 目的の一致からメンバーの団結、忠誠および組織関与が生じ、離職傾向が低減する
K病院のように、病院運営にまつわる様々なルールがあいまいな状態では、組織の中心的価値観が職員に伝わりにくく、組織文化の強化は難しいでしょう。組織改革を行うためには、こうした不文律を一つ一つきちんとルール化した上で、職員へ浸透させていくことが必要だと思います。
設問2:今後、どのように購入ルールをつくるべきだと思いますか?
経営へのインパクトによって異なるルール設計を
それでは、ケースに戻って考えてみましょう。購買ルールをつくるにあたって、どのような区分を設定し、それぞれどういったプロセスを踏めばよいでしょうか。
施設によっても異なるとは思いますが、年間購入金額の大きいものについては経営に対するインパクトを意識して考えます。このとき、限られた予算を何に投下するのか、判断する上で参考になるのが「パレートの法則」です。
顧客と売り上げなどの関係において、全体の数値の大部分は、ごく一部の構成要素が生み出しているという理論。「全商品の上位2割が売上の8割を占める」「10項目の品質向上リストのうち上位2項目を改善すれば8割の効果がある」といったように、20:80のルールが読み取れるケースが多いことから、「2:8の法則」などとも呼ばれる。
一方で、年間購入金額の小さいものに関しても、臨時的に購入する備品や新規で継続的に購入したい備品については、コスト意識を育むという意味で一定のルールを設けることが好ましいと思います。年間購入金額の大きなものと小さなもの、それぞれ下北沢病院(53床)の例もご紹介しつつ考えてみます。
年間購入金額の大きいもの
一般的に、高額な医療機器については費用対効果の算出、医療材料については、SPDやベンチマークシステムの導入などが検討されると思います。しかし、中小病院ではそもそも費用対効果を算出する人員の確保が難しい、というケースも少なくないでしょう。また、システムを導入するにしても、大病院に比べると導入コストが相対的に高くなってしまうため、担当者の経験と勘に頼った価格交渉が求められ、ハードルは高くなってきます。そうした中で、個人的に「中小病院でもこれだけはおさえておくべき」と感じるポイントは以下の通りです。
高額医療機器
最低限のこととして、「理事長と仲良くなれば」「毎年言い続ければ」といったあいまいな理由での意思決定を避けるルールが必要です。小規模病院であれば医師の人数もそこまで多くないと思いますので、あらかじめ年度の投資金額を明示した上で、各医師にその医療機器が必要な理由をプレゼンしてもらい、公開の場で検討・意思決定を行うといった風に、プロセスを透明化し医師・職員の納得感を得ることが大切でしょう。
その他の医療材料
医療材料は種類も多いので、当院では切り替えや新製品が出たら基本的に元の価格と同等以下であれば、現場で自由に導入を判断してもらっています。ただし値上がりした場合には、事務長である私の決裁が必要となります。さらに、年換算で一定の金額以上のコスト増となってしまう場合には、経営幹部による意思決定会議で承認を得ないと導入できない仕組みにしています。
新製品導入でコストが増すケースは比較的少ないため、現場にとっては「新製品の導入は難しくない=使いたいものが使えている」という感覚になってきます。このようにルール設計においては、締めるところは締めつつ、一定の範囲内であれば現場が裁量を持てるといったメリハリも大切だと考えています。
年間購入金額の小さいもの
コストがそこまでかからないものに関しては、職員に対して組織文化やコスト意識を醸成することのみ意識すればよいでしょう。コピー用紙など日常的に使うモノまで都度審査・検討する必要はないと思いますが、備品・消耗品を臨時で購入したい、あるいは新規で継続的に購入したい、という場合は厳格にルール設定した方がよいと思います。たとえば、当院ではそうした臨時・新規の購入において、たとえ金額の小さいものであっても、購入申請書の提出を義務付けています。これは、「新しくモノを買うのはめんどくさい」と思ってもらうためです。“簡単に買えない”“面倒”と感じるステップをあえて設けることで、無意識のうちにコスト意識を浸透させることを意図しています。
このほかにも、私は「既にある備品で代用できないか?」「必要最小限の機能のものを選択しているか?」「いくつか比較検討したうえで、機能性に問題のない最も安いものを選択しているか?」を意識するよう、日ごろからスタッフ達に伝えています。地道な努力ではありますが、常に周知徹底することで、職員の意識も変化してくると思います。
補足:ルールをいかに浸透させるか
人間は“習慣の生き物”なので、特に新しくルールを設ける場合には現場からの反発や軽視も予想されます。
私はルールや文化を浸透させるうえで重要なポイントとして、“平等性と反復性”があると考えています。具体的には、たとえば新しく出張旅費規定をつくったとします。書類を3週間前までに提出しなければいけないルールなのに、あるスタッフが2週間前に提出してきた。ここで、「まあいいよ」と許してしまうと、別のスタッフが1週間前に提出してきた時も許さざるを得なくなります。そうでないと、「事務長はその時の気分や相手によって言うことが変わる」とスタッフに認識されてしまいますから。つまり、“平等性と反復性”というのは、誰に対しても常に一定の回答を根気強く繰り返すということです。
もちろん、「ルール違反だから次はないよ」と指摘した上で1回目は大目に見るなど、時には柔軟な対応も必要でしょう。ですが、「仕方ないなあ」の一言で済ませてしまうとガバナンスが効かなくなります。当たり前のことのようで、これを一貫してやれるかどうかが本当に大切です。「これ、きっとうちの上司はだめって言うだろうな」と部下が予想できるようになるのが理想ですね(笑)。
それでもなおルールを守らない職員に対しては、「5W1H」を意識して話すようにしています。When(いつ)、Where(どこで)、Who(だれが)、What(なにを)、Why(なぜ)、How(どのように)の6点を意識して話すことで必要な情報を網羅的に伝え、伝えたいメッセージを明示できるため、聞き手の納得感を得やすいからです。こうしたフレームワークやテクニックを意識して相手に伝わりやすいコミュニケーションを日々行うことも、職員教育の一環と言えるかもしれませんね。
繰り返しになりますが、物品購入のルールは、病院の経営だけでなく、職員のコスト意識、ひいては組織文化にも影響します。自院の基盤を職員に伝えるメッセージのつもりでルール作りに取り組むことが大切なのだと思います。
【参考文献】
・「【新版】組織行動のマネジメント―入門から実践へ」(スティーブン P.ロビンス (著),・髙木 晴夫 (翻訳)、ダイヤモンド社、2009年刊)
<編集:角田歩樹>
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