著者:野末睦(あい太田クリニック院長)
質問:大学院に進学するメリットとは何でしょうか?
※編注:質問に対する「私的結論」を次回掲載します。
臨床医のキャリア形成の中で、大学院に進学するかどうかは大事な選択の一つだと思います。がんの撲滅を目指していた私にとって、将来臨床医をしながらも研究をしていくことが必須だと感じたことや、消化器外科の先輩医師の勧めもあり、卒後3年目に筑波大学大学院進学を選択しました。
大学院に入る前に具体的にこんなことをやりたいというビジョンなどはありませんでした。指導してくれる教官にお話を聞き、まずはそれに従ってやってみようかなという程度の気持ちで入学しました。振り返ってみると志の低い、また勉強不足での大学院入学だったように思います。
戸惑いだらけの大学院生活
こんな感じで始まった大学院生活でしたが、初日から随分と戸惑いました。というのも、病理部門で研究を始めたのですが、朝出勤(登校)して机に座っても、何も起こらないのです。研修医の頃は朝出勤するとそれを待っていたかのようにポケットベルが鳴り始めます。しかし大学院では誰からも呼び出しなどありませんでした。
また研修医として病院で働いていたころは、知識や経験不足が露呈すると、看護師さんが必ずサポートに入ってくれました。でも大学院では積極的にはだれもサポートには来てくれません。周囲で働いている技師さんや病理の先輩、大学院生などに自分でお願いして、少しずつ実験技術などを教えてもらうしかありませんでした。指導教官も時々やることを指示してくれましたが、忙しい生活をされていたので、月に1度打ち合わせをするのがやっとという状況だったのです。
今でも強烈に心に残る、指導教官の一言
このような環境の中、手探りで研究を進めていきましたが、思うような成果が上がらず、2年目に入った時に千葉県にある放射線医学総合研究所へと研究拠点を変更しました。そこでは周囲の人が研究に集中していて、次第にわたしの研究の質も量も向上していきました。そんな時に以前から病理の指導教官であったある先生がお茶を飲みながら私に言った言葉が忘れられません。
それは「君はエリートだね」という言葉です。この言葉を聞いたときに私は強い違和感を覚えました。単に大学院に進学したというだけでエリートだと認識することへの反発。また研究が今ひとつうまくいっていないことへの引け目などがあったのかもしれません。とにかく今でもその指導教官の何気ない一言が私の心に強く残っているのですから、人生は不思議です。この「エリート」というちょっと時代遅れの言葉ですが、院長になってしばらくしてから強烈に思い出すとは、その時はもちろん思ってもみませんでした。
野末睦(のずえ・むつみ)
筑波大学医学専門学群卒。外科、創傷ケア、総合診療などの分野で臨床医として活動。約12年間にわたって庄内余目病院院長を務め、2014年10月からあい太田クリニック(群馬県太田市)院長。
著書に『外反母趾や胼胝、水虫を軽く見てはいませんか!』(オフィス蔵)『こんなふうに臨床研修病院を選んでみよう!楽しく、豊かな、キャリアを見据えて』(Kindle版)『院長のファーストステップ』(同)など。
コメント