「頑張っている職員をきちんと評価したい」「職員の“生産性”を向上させたい」「相次ぐ離職を止めたい」といった様々な思惑から、人事評価制度を導入する(または、見直しをする)病院が増えているようです。評価制度の策定にあたって、まず取り組むのは自院にフィットしそうな「評価シート」の見本探し――と、ここには注意したい落とし穴もあります。今回は、人事制度の骨格である「等級」「賃金」「評価」のうち、評価制度のポイントについて取り上げたいと思います。
病院が人事評価制度に注目する理由
職員の評価制度の整備度合いは、病院によってさまざまです。しっかりと構築・運用している病院もあれば、「あの人は頑張っている(ように見える)から昇給」といった属人的な評価が横行しているケースもあります。後者の場合、評価者の見える範囲で頑張る職員が評価されやすくなってしまいます。親族経営の法人やトップがどんどん法人を拡大していったような病院に起こりやすいケースです。
また近年は、患者を集めただけでは病院の業績をあげるのが困難。業績アップには、自院が地域において求められている機能を職員一人一人が理解し、協力してパフォーマンスをいかに上げるかが重要です。セクショナリズムに陥っている各部門を血の通ったチームにしていく。そのために「病院が何を職員に期待するのか」を示す為に評価制度をコミュニケーション手段として捉え直す動きが増えています。
評価制度の構築でまず取り掛かるべきこと
職員にどうやって行動変革を促すか――院長や事務長、人事担当者の方は必然的に、「評価制度を導入すべきだ」という結論にたどり着きます。そして、まずは「お手本を探そう」ということで、評価シートの見本を探し始めることに。インターネットで「病院人事 評価シート」「考課表」「考課シート」などのフレーズで検索をかけるのです。
実は、これが最も悪手なのです。
まず取り掛かるべきは、評価制度を導入する主目的を明確にすることです。
そもそも、評価制度を変えること自体はゴールではありません。若手を育成したいのか、離職を抑制したいのか、はたまた働く職員と働かない職員の処遇差をつけたいのか。まずは目的を明確にし、その目的に沿った評価制度を設計する。目的も定かでないまま評価制度だけ変えてしまうと、現場職員の反発も起こりえます。時折見かけるのは、事務部門で時間をかけて作った評価シートに看護部門やコメディカルが反対するといった光景。現場職員を巻き込んで目的意識を共有しながら納得感を高めあって作成することが大事なポイントです。
「いやいや、外部のやり方を参考にしているだけだ」という反論があるかもしれません。ただ、目的も定まっていないうちに見本を見てしまうと、どうしても内容が引っ張られてしまい、目的に適った評価シートから離れてしまいがちです。厳しい言い方になってしまいますが、現場は「有名なA病院が使っているから」や「ネットで見つけた見本を参考にした」といった評価シートで納得してくれるでしょうか。
目的の設定・共有完了!次に必要なのは誰の・何を・どうやって評価するか
目標を設定した後、次に必要なのは「誰(どの職種・職位)に対して、どんな行動を、誰がどうやって評価するか」を検討します。たとえば、「在宅復帰に力を入れる」という経営戦略があり、「患者の生活背景も考えられる人材を育成・獲得すること」が人事戦略となった場合。
看護部に関してはどのような行動を評価し、促進すべきかを決め、評価の仕方として最も効果的な方法は何かを検討する、といったプロセスが必要です。この時に最初に決めた目的が重要になってきます。よくある例として、作成の途中で様々な壁にぶつかるうちに、せっかく見直した評価制度の軸が揺らいでいってしまうことも珍しくありません。そうこうしているうちに、「これで職員を本当に評価できるのか」と思われるようなものが完成してしまい、運用されない、といった状況に陥ることが多いのです。
ここまで聞くと、「評価制度はそもそも病院に合わないのではないか」という論に舞い戻りたくなります。しかし、職員のモチベーションを高めるような評価制度がいつまでも無い状態であると職員の離反を招いたり、育つべき次期リーダー層が育たなかったり、様々なリスクが生じます。実は評価制度を望んでいるのは自分の仕事に誇りと自信をもつ病院に必要な人材であることの方が多いのです。その点はぜひ認識いただき、踏ん張っていきたいところです。
最後のポイントは「運用できるか」
評価制度構築のポイントは、運用を意識することです。
例えば、人事制度を入れたことがない法人において、いきなり項目数の詰まったシートを現場の評価者に渡しても、どのような着眼点で普段部下の行動を見ればよいかわからず、「テキトーに」評価されてしまうといったことがあります。はじめは評価項目をシンプルにする。そして現場から評価しやすいかどうかのフィードバックを受けながらマイナーチェンジを重ねる――。スピーディーに試行錯誤を重ねていくことで、現場からも納得のいく評価制度を構築できると考えています。
ただし、「とりあえず、今年度はこのシートで評価しよう。うまくいかなかったら来年度に改変しよう」といった感覚で捉えていると現場はこんな面倒なことを毎年やらせて…とうんざりしてくるので注意です。
試行錯誤と並行して大切なのは、評価者の訓練です。たとえば、職員Aさんは遅刻常習者だけど仕事ができて周りからの信頼も厚いというケース。評価者によって「遅れても成果を出せば良い」と割り切ったり、「遅れたことはマイナス評価」としたり、バラバラの評価になると、院内で統率がとれなくなってしまいます。病院として、どのように評価してほしいかを示していくことが、評価制度のブラッシュアップにつながります。
最後に、評価は職員のモチベーションを上げ病院の経営を改善する大きなきっかけになります。評価制度の如何で、職員から「ここで働けることが誇りだ」と思ってもらえる病院にも、離職を考える病院にもなりえるということです。評価制度の見直しは、病院の今後の経営を大きく変えるビッグイベント。「職員も、地域の患者」だと捉え、人を活かす仕組みをつくるために何をすべきか、じっくり考えていただければと思います。
九州大学文学部出身。エムスリーキャリアにて医師を中心とした医療従事者の採用戦略立案・実行支援に従事した後、現在は、医療機関の人事制度設計や運用支援に携わる。
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