病院の事務管理職としてキャリアアップするためには、一部署でスペシャリストになるよりも、さまざまな部門で経験を積んだほうがプラスに働くことがあります。事務部門に109人を擁する千葉県済生会習志野病院(習志野市、400床)では、病院全体に精通した人材を育てる観点から、2年前にジョブローテーション制度を導入しました。その対象者には、以前からその必要性を訴えてきた石井仁氏が選ばれています。長年親しんだ医事課を離れ、総務課長に異動し、今では事務次長として院内全体のマネジメントにチャレンジしている同氏に、事務職のキャリアについて話を聞きました。
病院事務職は言われたことをこなせばいいという時代ではなくなった―千葉県済生会習志野病院 石井仁氏【前編】
病院事務職は言われたことをこなせばいいという時代ではなくなった―千葉県済生会習志野病院 石井仁氏【後編】
異動で気付いた全体最適の視点
―2016年のインタビューでは、「他部門の業務も担当し、多くの経験を積んでいきたい」というお話がありましたが、その後のキャリアにはどのような変化がありましたか。
11年間在籍していた医事課から、2016年9月に総務課へ異動し、翌月には事務次長との兼務を拝命しました。任命されてから、ちょうど2年ほど経過したことになります。
異動の理由は、今後のキャリアアップのためと認識しています。私はずっと医事畑で育ってきて、医事しか知らない人間だったので、もっと幅広い業務を経験する必要があると考え、上司と相談したこともあります。前回インタビューをいただいた当時から、ジョブローテーション制度の必要性を院内に訴えていたので、自分が最初の対象者になったのかもしれません。
―医事課から総務課に異動して、仕事内容の変化はありましたか。
全く違いますね。事務管理職としてキャリアアップを目指したいのであれば、間違いなく経験しておいた方がいいと思います。
例えばお金の動きに関して言えば、医事課時代に病院の大きな収入源を管理する中で、病院経営について考える習慣が身についていたことは大きかったと思います。しかし、医事課はレセプト収入を見るので、病院全体がどうなっているかは、正直見えにくい部分がありました。ここに総務の視点が入ると、人員採用にかかるコストなども細かく見えてきます。例えば、今後医事課に戻ったとして、医事課で欠員が出た際にも、本当に追加の採用が必要かどうかを、さまざまな視点から考えると思います。
―やはり、部署異動を経験することは大切なのですね。
はい、実際に複数の部署を経験したことで、より強く感じるようになりました。特に、若いうちからいろいろな業務を経験することで、院内全体が理解できるようになると思います。もちろん、部署ごとに深みがあるので、単に医事と総務を経験すればすべてわかる、というわけでもないですが。
―その他に、経験した方がいい部署などはありますか。
私はひとつでも多くの部署を経験した方がいいと考えていますが、あえて挙げるなら、経理や用度ですね。
経理はお金の管理をする点で言わずもがなですが、用度では、1本のカテーテルを購入する際にも、どのような医師が使うのか、どのような業者があるのかといった背景がわかります。そしてそれぞれの選択肢において、リスクなども踏まえながら、医師や業者ともコミュニケーションをとらないといけません。
こういった経験は、事務長などの管理職になった時にも活きると思うので、非常に重要だと考えています。そもそも何もわからなければ、業者との折衝もできません。たとえプロフェッショナルと呼べるほどの知識は必要なくても、ものの流れや構図がわかっていれば上長として問題点の指摘ができると考えています。
現場を知ることで発言も変わる
―今回、異動してすぐに事務次長への就任というポジションの変化もありましたが、どんなことを感じていますか。
非常にやりがいのあるポジションですが、医事課長時代と違い、これまで経験のない部署も管轄することになりますので、どうしても状況判断がしにくい場面があるのが正直なところです。
例えば、ある課で人事的な問題があったとします。しかし、その部署を今まで見てきていない私には、どういった人間関係があって、どのような仕事の割り振り、担当をしているかも見えていない。そんな中でその部署の長から相談を受けても、適切な回答が難しいことがあります。相談者としては、藁をもすがる想いで来ているということもありますから。
仮に医事課長から同様の質問がくれば、即座に解決手法の一つも提案してあげることができるのですが。
したがって、わからない点はどうあがいてもわからないので、そういった時は、現場の課長などから、詳しく意見を聞くようにしています。
わたし自身、判断できる範囲を広げていきたいので、日々のやりとりの中で各部署について学ぶようにしています。本心から言えば、時間に余裕があれば各部署1週間ずつ勤務して回りたいですね。現場を知ることで、発言のひとつも変わってくるのではないかなと。今のポジションは各課と部長間の連携を推進する非常に重要な役割を担っているので、もっと貢献できるようになりたいです。
―ご自身がキャリアの多様性を訴えていく中で、院内での変化はありましたか。
私の異動をきっかけに、現在は年に1回、ジョブローテーションを目的とした人事異動ができる流れをつくりました。体制的にまだまだ課題はありますが、それでも無理のない範囲・タイミングで必ず年に1回、最低1名は実施することを目標としています。続けることに意義があると思っています。
―素晴らしいですね。職員の皆さんからのリアクションはいかがですか。
スモールスタートの段階ですが、制度として設けたことにより、院内でのキャリアの多様性が広がったと感じています。キャリアパスができたことにより、職員らも自身の業務に取り組む姿勢を見つめ直しており、いい変化が生まれてきています。ただやはり、一部の職員からは不満ではありませんが、少し構えているといったらいいでしょうか。異動が発生することを不安に思っている人もいると感じます。
―今後、病院事務職はどのような存在になるべきでしょうか。
端的な表現ですが、「院長は医療の質だけを心配していてください」と言えるような存在になるべきと思っています。そもそもトップが医療面・経営面、どちらの課題も抱えて右往左往してしまったら、組織があるべき方向には進めないのではないでしょうか。
ですので、事務職が医療行政の変化や地域の状況を感じ取り、法人としてどの選択肢を取るべきかまで考える力が必要だと感じています。そして、その選択肢を院長と事務職が二人三脚になって、前に進められるのが強い組織と言えるのではないでしょうか。
―ありがとうございます。最後に、ご自身の今後のキャリアの展望を教えてください。
せっかくさまざまな経験をさせていただいているので、もっと病院経営に貢献できるような人間になりたいと考えています。そのためにもまずは、現在の立場でできることをしっかりと成し遂げていきたい。具体的な目標としては、スタッフが自分の子どもや友人などに入職を勧めることができる職場を目指していきたいです。
<取材・文:浅見祐樹、編集:小野茉奈佳>
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