総務課編:部下が従うのは自分ではなく事務長…権限なしの“名ばかり課長”を脱却するには~事例でまなぶ病院経営 病院事務管理職のすゝめ~vol.2

病院事務管理職の業務に必要なスキルは、体系的に学べないものがほとんどです。経理や医事、労務管理の知識であれば書籍などで習得できますが、理事長・院長をはじめとする経営幹部が病院事務管理職に求めるスキルはそれらにとどまりません。

本連載では、病院事務管理職が経験しがちな“あるある”課題を事例として紹介します。事例を通して、より円滑に効率よく仕事するためのノウハウを学んでいきましょう。

解説者:加藤隆之氏 株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員/中小企業診断士/経営学修士(MBA) 


本連載2回目は、事務長に最も近い総務課がテーマです。私なりに総務課の“生態分析“をした上で、総務課長が陥りがちな課題の解決策を検討していきます。

目次

総務課の業務の特徴とは?

院内のスタッフから「何をしている部署なの?」と言われてしまうこともある、悲しい総務課……。「医事課でも経理でもない病院事務職」というポジションが、いまいちピンとこない人もいるのでしょう。しかし病院事務長と仕事をする機会が最も多い部署ですし、事務長自身も“総務課畑”出身の人が多いようです。

総務課は、病院組織を一番俯瞰的に見られる立場であると同時に、職員の労務管理・採用活動・入退職の手続きなど、ヒトに関わる事務手続きや組織の人事にも深く関わります。それらの点が事務長の仕事と重なるかもしれません。私が病院事務長をしていたときも、病院全体を見つつ、労務や採用、人事など、“ヒトにまつわる業務・課題”に割く時間が多かったと思います。

事務長と総務課は、極めて近い距離で働くからこそ、いざこざも生まれがちです。今回はそんな総務課長と事務長の事例を見てみましょう。

【事例紹介】

部下たちから指示を無視されてしまう、「現場対応第一優先」の総務課長

(A総務課長:42歳男性、部下5人)

2年前、当時の総務課長が事務長に就任するタイミングで、係長を務めていた私が総務課長になった。当初、「40歳の自分に務まるのか」と不安で、5人の部下をどのようにマネジメントしていくべきか悩んでいたが、2年経った今も、状況は何ら変わっていない。まさに名ばかりの総務課長だ。

課長職になったら、総務課の業務について責任を持ち、自身が判断していくものと思っていた。しかし現在、私には権限らしいものは一切与えられていない。それにもかかわらず、トラブルが起きるとA事務長に呼び出され、叱咤され、責任だけはとらされている。

A事務長が私を通さず、総務課の職員に直接指示を出しているのも不満だ。結果として、私は部下の誰がどんな業務をしているのか、今もしっかり把握できずにいる。

そもそも、A事務長とは考え方が違いすぎる。

私は現場の仕事が好きで、係長時代から何か起きれば誰より先に現場に向かい、対応することを優先してきた。現場の職員から喜ばれることこそが、総務課のやりがいだと考えている。

たとえば先日、検査科から総務課に電話があった。部下の対応に耳を傾けていると、トイレの鏡にヒビが入っているという連絡のようだ。部下は「わかりました。業者に連絡して、すぐに対応してもらうように伝えておきます」と言って、電話を切ってしまった。

私なら、とりあえず現場に顔を出してヒビの入り方を確認し、電話をくれた職員にその場で「危険性はないですか?」と尋ね、「すぐに業者に対応を依頼しますね」と伝える。そういったやりとりの積み重ねが、現場との信頼関係につながると思っているし、課長になってからは、部下にも「現場対応を最優先するように」と話してきた。しかし、みんなほとんど現場に出ていこうとしない。それはA事務長が原因だろう。

A事務長は総務課職員に「現場対応は、事務業務とのバランスをよく考えて」という指示を出しているようだ。だから、「現場対応優先」という私の指示は、部下たちからほとんど無視されてしまう。A事務長は私にも「課長職になった以上は現場対応ではなく、マネジメントを優先して」と言ってくるが、部下が現場に行かないのだから、私が行くしかない。

A事務長の下で働き続けるのは限界だ。つい、転職サイトへの登録ボタンをクリックしてしまった。

【解説】

事務長の立場で考えてみよう。総務課長に仕事を任せないのはなぜ?

かなりストレスをためている様子の総務課長ですが、どうしてこのような状況になってしまったのでしょうか?

A事務長の立場になって考えてみましょう。

2年前に総務課畑から事務長になったA。おそらく「事務長の仕事とは何か」がよく見えていないまま、事務長としてのキャリアがスタートしたのでしょう。その結果として、よくわからない経営数値や医事課の業務よりも、得意分野である総務課の方が目につき、意識が向かってしまうのはよくある話です。

しかし、総務課長を飛び越えた総務課職員への指示出しはやってはいけなかったですね。若手の係長が後任になったのですから、多少不安や問題があったとしても、任せきる覚悟を持てなかったのはA事務長の失敗だと思います。

とはいえ、A事務長の気持ちになって考えてみると、この総務課長に仕事を任せきれないのも理解できます。部下のマネジメントという総務課長としての職務よりも、現場対応に注力してしまっていますし、「すべてにおいて現場対応を優先」という指示のバランスの悪さも否めません。 総務課長が現場対応をすること自体が悪いわけではありません。総務課長として、部下に自身の背中を見せるために現場対応をするのであればいいと思います。ただ、課長が常に現場対応を優先してしまうと、総務課の舵取りが滞り、さまざまな問題が出てきます。

総務課長が考えるべきは「事務長の負担をいかに減らせるか」

そもそも一般職員と課長職では役割が異なります。一般職員は割り振られた業務にある程度注力していてもよいですが、課長職は総務課全体を見る必要があります。そして大事なのは、「いかに事務長の負担を減らすか」を考えるのも総務課長の職務だということです。

以下のイメージ図を見てみましょう。

病院には日常業務はもちろんですが、突発的な患者対応や設備の故障など様々な業務という雨が常に降り続けています。さらにはコロナウイルス感染症流行による院内の対応や、行政からの適時調査といった嵐や雪になることもあります。降り続く雨をあふれさせることなく、全て受け止めきるのが病院事務の役割です。降ってくる雨を最初に受け止めるのが職員、その下に構えるのが課長職、最後に受け止める一番大きな器は事務長です。

事務長に振る雨があまりに多いと、事務長がいくらがんばっても、雨はあふれ出てしまう=病院として、必要な業務に対応しきれないという状況が発生してしまいます。そうならないために、職員や、総務課長をはじめとした課長職が、それぞれの器でできる限り雨を受け止め、事務長に届く雨をなるべく少なくするようにしていく必要があるのです。

さて、総務課長の立場に戻って考えてみましょう。

自分の器の穴をふさぐことはもちろん、器自体をどんどん大きくしていかなければなりません。業務の抜けをできるだけ少なくするためには、他部署の器との距離を近くすることも重要でしょう。もしものときは部署間で互いにサポートできるような体制を構築したり、他部署と連携して“誰の担当でもない業務”を減らしたりしていくことが求められます。

また、自身の器のことだけを考えていては総務課長として不十分です。まずは、部下である一般職員の器の大きさや状態を把握しないことには、自分に降ってくる雨の量も予測できません。部下の状態を把握したら、彼らの器を大きく頑丈なものにするために教育していくことも総務課長の責務です。

繰り返しになりますが、この総務課長に欠けているのは「事務長の負担を減らすことが、自分の職務である」「事務長の負担を減らすことは、病院全体の利益につながる」という意識です。

まとめると、今回の事例からわかる、病院事務管理職にとって大切なことは以下の2つとなります。

  • 組織の中での自身の立ち位置を常に考え行動する
  • 部下の育成に注力する

もし、課長職の方が現在、事務長との関係に悩んでいるのなら、この2つに立ち戻って、自分が課長として何をするべきなのか考えてみることをお勧めします。

【筆者プロフィール】

株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員 加藤隆之
中小企業診断士 経営学修士(MBA)
「事例でまなぶ病院経営 中小病院事務長塾」 著者
病院専門コンサルティング会社にて全国の急性期病院での経営改善に従事。その後、専門病院の立上げを行う医療法人に事務長として参画。院内運営体制の確立、病院ブランドの育成に貢献。現在は日本M&Aセンターで医療機関向けの事業企画・コンサルティング業務等に従事する傍ら、アクティブに活躍する病院事務職の育成を目指して、各種勉強会の企画や講演・執筆活動を行っている。

病院経営に関するご相談、事業承継に関するご相談は、
株式会社日本M&Aセンター(https://www.nihon-ma.co.jp/)まで(代表:0120-03-4150)

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