「医経分離」が向く病院/向かない病院―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(12)

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病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

「医経分離」は病院経営の最適解となりうるか

我が国では医療法において、病院の管理者は医師であると義務付けられています。つまり、病院長になれるのは医師のみです。ただ、本連載第2回「病院経営のトレーニングはいかにして行うべきか」でもご説明したように、臨床医としての能力・経験と、病院経営者に求められる資質は完全に一致するわけではありません。

臨床一筋で生きてきた医師が病院長になる時、「これまで経営のことを考えたことがなかった」というケースはよく耳にします。医療は高度化・複雑化していますから、臨床の世界で一流を目指す人が経営に疎くなるのも理解できます。

これらの状況をふまえ、「医経分離」で成功している医療機関もあるようです。

「医経分離」という言葉に一律の定義はないものの、以下の考え方が一般的でしょう。

・医師(病院長)が中心となり実施する「医療提供」と、必ずしも医師が実施しなくてもいい「病院経営」で役割を分担し、それぞれの専門性を発揮してパフォーマンスの最大化を図る

まず「医療提供」についてご説明します。

医療は日進月歩。それに追い付き、世界をリードするためには常に最新の知見を身に着けることが必要です。ガイドラインも変わっていきますし、医師としての鍛錬を怠れば、標準治療でさえ提供できなくなる可能性があります。また今日は患者の声も大きくなっていますから、診療科構成などにもよりますが訴訟リスクを抱えています。

当たり前ですが、病院長になっても診療を行うのであれば一定の臨床力を磨くことは必須といえるでしょう。

そして「病院経営」について。

診療報酬の大幅プラス改定が全く期待できない昨今、厳しい財務状況の病院が多いのが現実です。2020年(令和2年)度の新型コロナウイルス感染症に伴う空床確保の補助金を除けば、病院はずっと赤字が続いています。

さらに医療機関が受け取る報酬の大半を占める診療報酬について、きちんと理解することも容易ではありません。DPC/PDPSのような1日当たりの入院医療の包括払いでさえ、医療機関別係数の仕組みなど非常に複雑です。自院が適切に評価される仕組みづくりは、臨床の片手間でやれる仕事ではないでしょう。

上記の理由から、「医療提供・病院経営それぞれの専門性が発揮できる医経分離こそが、これからの病院経営のあり方だ」という声が上がるのも不思議ではありません。銀行からの出向者やMBA(経営学修士)ホルダーなどの経営専門家が経営の辣腕を発揮することで、パフォーマンスが向上すると信じている方もいるでしょう(海外では、このようなスタイルの病院経営があるようです)。

医経分離がマッチするのは、診療所や中小規模病院

医経分離は確かに合理的な発想かもしれませんが、「全ての病院で実行可能か」というと「違うだろう」というのが私の考えです。

私は自らの病院経営の経験から、組織運営において規模が異なれば経営のあり方も異なるものだと強く感じています。医経分離がマッチするのは、診療所や中小規模病院だと思います。病床規模でいうと200床程度まででしょうか。
※もちろん、同じ200床でも診療科のラインナップや職員数等によっては向かない病院もあります

この規模の病院では、多くの病院長が自ら診療でリーダーシップを発揮し、組織を牽引していることが多いものです。実際、それができているかどうかが業績向上の鍵を握ることもあるでしょう。病院長が手術・外来・当直に入ることもありますし、お金に疎いことも多いので「管理運営は事務長に任せた方が効率的だ」という判断になるのは自然なことです。

病院長は診療に専念して、事務長が院内のお金の流れをすべて握っていたとしても、2人のコミュニケーションがしっかり取れていれば、ある意味一心同体で病院運営を進められることでしょう(逆に取れていなければ、運営は破綻します)。

また小規模な組織は、トップが職員とコミュニケーションを取りやすいため、トップの掛け声1つで現場を変えやすい環境にあります。病院長・事務長コンビの一体感によって組織を牽引していくことは十分可能です。

ただ、病院組織は200床刻みでその様相が異なってくるものです。

医療法上「大病院」と位置付けられる400床の病院では、病院長が診療で頑張るだけではリーダーシップを発揮できません。また、事務部門の組織も肥大化しますから、事務長は管理に精を出す必要があり、経営だけを考える余裕はないでしょう。

さらに600床ともなれば診療科など部門数も多くなりますし、800床ではトップの声を現場に届けることすら困難になります。

小さな船なら軌道制御しやすくても、戦艦大和ほどの大きさとなると軌道修正が難しい。無理に急旋回しようとすれば、沈没してしまうかもしれません。組織が大きくなるほど、何か1つのことを実行しようとしても掛け声だけでは行えず、周到な準備が求められるものです。

自院にとって「最適な運営手法」は何か?

「複雑性が増す大規模組織こそ、医経分離した方がいい」という考え方もあるでしょう。

ただ、規模が大きくなると「医療提供」と「経営」という2軸だけでなく、様々な要素が複雑に絡み合ってきます。

どんなに病院長が診療で実力を発揮しても、そのパフォーマンスが病院全体に与える影響は限られます。また、管理業務の比重が高くなりますから、「自ら診療を行いたい」と思っても、ある程度は諦めなければならないでしょう。実際、病院長に就任してメスを置く医師はかなりの数いらっしゃるようです。

事務長も多数ある事務部門の代表者となり、経営ばかりに専念するわけにはいきません。

病院長とのコンビで組織を引っ張っていけるほど単純ではなく、多くの利害関係者を巻き込みながら組織を動かしていく必要があります。

なお、大規模になると病院長の声が末端の職員にまで届きづらくなるわけですが、その意義が乏しくなるわけではありません。だからこそ、リーダーシップの発揮が大切になるのです。

今回は、組織規模によって運営手法が異なることをお伝えしました。

歴史や成熟度による違いもあるでしょうが、本質は変わらないと考えています。

病院運営の理想は、医療の質を高め、最善の医療を提供し、患者からの信頼を勝ち取ることです。それができている病院は自ずと職員満足度も高くなり、優秀な人材が集うことでしょう。とはいえ、理想の医療を提供していても、財務状況が悪化すれば次の投資は行えませんし、適切な人員配置も難しくなります。

医療の質と経済性のバランスをとること。それが病院経営にとって必要です。

理想と現実をふまえ組織を着実に前に進めていくために、自院にとって最適な運営手法を考え、実践しましょう。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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