「患者数を増やせれば、病院経営はうまくいく」は幻想である―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(16)

病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

コロナ補助金はそろそろ打ち切り?自助努力で経営を成り立たせるには

日本で新型コロナウイルス感染症が流行してから、もうすぐ3年が経とうとしています。

「患者数がコロナ前の水準に回復しない」と悩んでいる病院は多いのではないでしょうか。

特にコロナ以前から人口が減少していた地方の病院では、高齢者の受診抑制が影響しているのか、まるで時代が10年進んでしまったと感じられるほどに患者が減っているようです。

一方で、コロナ禍の医療機関の経営を支えてきた緊急包括支援事業の病床確保料は、そろそろ打ち切りという雰囲気が出てきました。これからは、自助努力で経営を成り立たせなければなりません。

「そのためには、患者数を確保しなければ」と考える経営者は多いでしょう。

特にベッドを持つ病院は、入院収益のウェイトが高いため、「病床稼働率向上」という目標が設定されると予想されます。

また、「まずは外来患者数を元の水準に戻そう」と考える方もいらっしゃるかもしれません。
外来患者1人1日当たりの診療収益は、病院によって1万円~4万円程度とバラつきはありますが、「1万円でも入ってくるなら、外来を頑張った方がいい」「次の入院につながる可能性もあるのだから、外来に注力しよう」という方針が打ち出されることも理解できます。

患者を確保できなければ病院は廃れていきますから、増患を目指すことは決して間違っていません。しかし、より有効なアプローチがあるのではないかと考えています。
それは、

  • 入院では、平均在院日数の短縮(適正化)を図ること
  • 外来では、かかりつけの先生方への逆紹介を積極的に推進すること

です。

重視すべきは「患者数」よりも「単価」

このことを病院経営者にお伝えすると、しばしば「平均在院日数を短縮すると、病床稼働率が下がるのではないか」「病床稼働率と平均在院日数のバランスはどう取るのか」と質問されます。

確かに患者が1日早く退院するとその分病床は空き、入院料等の収益が減少するのは事実です(新入院が増加しない前提を置いた場合ですが)。もちろん、すぐに新入院患者が獲得できる保証もありません。特に現在のような厳しい状況では、次の入院患者の目途が立たない病院も多いことでしょう。
しかし、平均在院日数を短縮できれば、入院単価は上がります。私はこの単価こそ重視するべきだと感じています。

一般企業の経営だとしたら、この考えの方が自然だと思うのです。
患者を増やすことは、企業でいうとサービス・商品の需要を増やすこと。しかし、もしそのサービス・商品の供給量が一定であるとしたらどうでしょう。単価を上げるという選択肢が現実味を帯びてくるはずです。

企業の人気サービス・商品なら、価格を上げることでさらにブランド価値が高まる可能性すらあります。病院と違う点は、手厚い人員配置がなされれば、供給量を増やすことができるかもしれないこと。しかも、その分の人件費増は商品・製品の価格に転嫁できます。

一方病院は、「患者7人に対して看護師1人」などといった人員配置が定められている上に、夜勤看護師数や夜勤時間制限などのルールにより、加算・減算される仕組みになっています。そのため、供給量を増やすことは容易ではありません。

そもそも病院は企業に比べて、サービスの需要を高めることが難しいという前提もあります。

企業の場合は、商品特性にもよりますが世界に販路を築くことができるかもしれません。シェアが広がれば規模の経済性が享受でき、高い利益率につながります。

しかし病院はどうでしょう。遠方から患者が来るケースが多少あるとはいえ、基本は地域の産業という特性が強く、しかも規模が限られています。

さらに病院のほとんどの収益は保険診療によるものですから、価格決定権はほぼありません。

「外来患者を増やせば、やがて入院につながるだろう」という淡い期待を抱くよりも、現在の診療報酬のルールの中で、限られた医療資源を有効活用しましょう。地域との役割分担を前提に、自院がどの領域に注力するべきか考え、実行するのです。

“10億円の赤字”だった千葉大病院を、黒字経営に転換させた方法

私は2015年(平成27年)4月に千葉大学病院に移りましたが、当初予算として年間10億円の赤字予算を作ったと聞いて驚きました。その時点で千葉大学全体の現金はおよそ40億円しかなかったからです。
当時の事務部長から「前年度並みだと10億円になる」と説明を受けながら、何とかしなければと考えました。

私が着任する前は、目標に病床稼働率と外来患者数を掲げていたと聞いています。
その成果か病床稼働率は国立大学病院で最も高かったのですが、それにも関わらず赤字に陥っていたのです。

図表1は千葉大学病院の収支状況です。

図表1

私が着任した2015年(平成27年)以降の収支を振り返ってみると、2019年度(令和元年度)までは比較的順調。2020年度(令和2年度)はコロナ禍でもうダメだと諦めかけていたところ、病床確保料に救われました。図表1は病床確保料も含めた数字ですが、仮にそれがなければ、当院の収支は地の底に落ちていました。
ただ、この特殊な状況を除いても、以前よりも良くなったことは事実です。

さて、黒字転換のために私が何をしたか。
それは病床稼働率にこだわらず、病床回転率の向上を重視する方針に大きく転換したことです。最優先の目標として、DPC/PDPSにおける入院期間Ⅱ以内の退院患者割合70%以上を掲げました。(図表2)。
※現在は基準を75%に引き上げています

図表2

そして、空いた病床に新入院患者を受け入れることが重要だという方針のもと、新入院患者の増加を図ったのです。
具体的な新入院患者増加施策については気になる方も多いと思いますので、別の機会にご紹介したいと思います。

もう1つの目標は、逆紹介率100%以上の達成です。これについては、紆余曲折ありましたが、今では安定的にクリアできるようになりました(図表3)。

図表3

逆紹介率の分母は初診患者数ですから、「初診患者が100人いたら、地域に100人患者を戻そう」ということになります。逆紹介をしない病院に患者を紹介してくれるわけがありません。その方針を貫徹したことで、今では院内に浸透しました。

ちなみに、他の病院での逆紹介率はどのような状態かご存知でしょうか。
実は残念なことに、特定機能病院で逆紹介率が100%を超える病院はそれほど多くはないのです(図表4・5)。

※クリックで画像が拡大します

図表4

※クリックで画像が拡大します

図表5

今後当院では、逆紹介割合を高めていきたいと考えています。そのためには、再診患者をいかに逆紹介していくかが重要です。

自身の想いや信念に基づいた経営方針を示そう

「病床稼働率にこだわらず、病床の回転率を高めることを重要視する」。
私がぶれずにこの方針を採用しているのは理由があります。病床稼働率を目標にすると、現場が「治療終了後も患者を帰さない」という行動をとるかもしれないからです。

それは患者にとって不利益ですし、職員からそのような噂がSNSなどで流布することは危険だと考えています。治療終了後は速やかに転院、あるいはご自宅に帰し、次に治療を必要とする患者を受け入れることが大切です。

病床を空けても入院待機患者がおらず、救急受入も叶わないかもしれません。そのときは、病床機能の再編やダウンサイズなどを検討するべきです。不要な病床を持つ必要はありません。

また、外来患者数を目標に掲げることもしていませんが、初診患者は大切だと考え、目標値を科別に設定しています。単に、外来患者数を目標にすると低単価の処方箋を出すだけの患者を逆紹介しなくなる恐れがあるためです。現場に「逆紹介をするから次の紹介が来る」という考えを浸透させるために、トップダウンで方針を示しています。

病院の地域や機能によりますが、私は基本的にこの方針で病院経営に臨みたいと考えています。
それは、儲けるためではありません。もちろん結果として高単価の実現にはつながりますし、効率的でもあると信じていますが、やり方によっては大幅な減収になるリスクもはらみます。それでもこの方針を貫くのは、私自身の「そのような病院をつくりたい」という想いや価値観によるものが大きいのです。

とはいえ私も、病院によっては稼働率や外来患者数が大切だと考えるかもしれません。地域や病院特性によって様々な選択肢があると思いますし、それらのアプローチにより成功しているケースも多数あります。

大切なのは、ブレない方針を示すことです。
現場に、わかりやすく明確なメッセージを出しましょう。そしてそれは、経営者の想いや信念に基づいたものであることが何よりも大切です。

多くの職員の納得感を醸成できない限り、組織を1つに方向に導くことはできません。 自らが信じる道を自らの言葉で語ることが、経営者には求められているのです。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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