「周囲のほとんどが反対した」病院統合、成功に導いたのは?~ちば医経塾塾長・井上貴裕の病院長対談~vol.7

目次

周囲のほとんどが開院に反対だったという兵庫県立はりま姫路総合医療センターの統合再編を成功に導いた手腕に迫る――ちば医経塾長の井上貴裕先生との対談第3回目は、兵庫県立はりま姫路総合医療センターの木下芳一院長に登場いただいています。広報やインナーブランディングの手法にご注目ください。

【対談】

ちば医経塾塾長・千葉大学医学部附属病院 副病院長 井上貴裕氏
兵庫県立はりま姫路総合医療センター院長 木下芳一氏

「こんな田舎に、医師も患者も来ない」新病院に意外な障壁 シンプルなメッセージの発信に注力

井上貴裕氏(以下、井上):再編統合にあたって、一番苦労されたことは何ですか?

木下芳一氏(以下、木下): 非常に驚いたことに、周囲のほとんどの人が新病院の建設に反対していたことです。皆はっきりとは言いませんが、駅前の便利な場所に大きな病院を作って患者を抱え込むのではないかという危惧があったのではないかと思います。

反対の声は職員内部からも聞こえてきました。「こんな田舎に大きな病院を作っても、医師も患者も来ない。意味がないのでは」というものです。まずはこのような考え方を変えていくことの難しさがありました。

井上:どのように意識を変えていったのですか?

木下:まずは極力シンプルにしたメッセージをしっかり伝えることに注力しました。そのため、広報の専門家を招いて院内で研修をするところからスタートしました。「県立病院に宣伝など不要だ」という雰囲気もありましたが、とにかく広報の重要性を皆で理解して、しっかり伝えていくことに取り組んだのです。

「患者を抱え込むのでは?」かかりつけ医の不安解決のため やらないことを明確に。地域包括ケア病棟・維持透析・健診業務を廃止

木下:同時に、やらないことを明確にしました。反対意見の中には当院が何でもやってしまうという考えもあったので、やることとやらないことを明確にしました。急性期医療に取り組む病院をつくることが目標のひとつだったので、製鉄記念広畑病院にも姫路循環器病センターにもどちらにもあった地域包括ケア病棟は無くしました。

また、収益としては安定していた維持透析も止めて急性期透析導入のみに絞ったり、健診業務は止めたりしたほか、かかりつけ機能は原則として持たず「地域の医師と一緒に患者さんを診ます」というスタンスを明確に示したのです。このように当院の方針を内外に理解してもらうことが、最も苦労した点だと言えます。

このほかにもラジオ番組の枠を購入し、院内外の広報にも取り組みました。これまで、特に県立病院ではあまりこうしたインナーブランディングが行われることはなかったので、当初は職員の間でも戸惑いがみられました。しかし、今では広報は当たり前に重要なこととして、院内にも根付いてきたと感じています。

広報活動を病院の建設中から行ってきた結果、実際に開院してみたら紹介患者の約3割は3か月以内に入院が必要な患者であるなど、病院の目的はある程度達成されたと考えています。また、循環器に特化していたときに入院単価が約11万円だったのに対して現在は約10万円と、経営面でも一定の成果は出ていると考えています。

給与は?異動は…?官民の文化の違いに戸惑いも、離職率は上がらず。

井上:民間病院と公立病院という組織文化の違いなどで苦労はありましたか?

木下:医師はまったく、技師もほとんど問題はありませんでした。薬剤師については、民間病院の方が病棟薬剤業務など新しいことに取り組んでいたのに対して、県立病院は院内処方などやや遅れている面があり、温度差から数人が退職しました。しかし全体を通して、専門職に関しては大きな問題はなかったと思います。

これに対して、最も戸惑っていたのが事務職です。さまざまな部署を異動する県の事務職と病院だけで勤務する民間の事務職とでは、仕事のやり方も考え方もまるで違います。そこをいかに調整するかが非常に大きな課題でした。

井上:看護師はどうでしたか。

木下:看護師はほとんど問題は起こりませんでした。早くから2つの病院の間で交流を始め、数ヶ月単位で数人ずつ看護師を入れ替えて研修し、再びもとの病院へ戻るなど、時間をかけて相互乗り入れを進めていったようです。

また、必要に応じて他の県立病院で研修を受けるなど、グループ病院があることのメリットを生かして研修を進められたことも大きかったと思います。このように準備にしっかりと時間をかけたためか、離職率も高くなることはありませんでした。

井上:給与について問題はなかったのですか。

木下:医師については病院が変われば給与が変わるのは当たり前なので、問題にはなりませんでした。医師以外では多くの職種で県立病院の方が給与は高くなるなど、休日の多さや働き方を含めて県立病院の方が手厚い傾向がありました。

井上:県の職員になるということは、他の県立病院へ異動する可能性もあるのですか。

木下:希望しない場合は、県立はりま姫路総合医療センターから異動しないという条件で雇用しています。ただし、看護師長や薬剤部長など上の立場になれば異動してもらうという条件です。

統合再編、成功の秘訣は「絶対にブレないこと」

井上:統合再編の成功の秘訣を教えてください。

木下:絶対にブレないこと、これは極めて重要です。私たちの例で言えば、救命救急医療にしっかり取り組むことや高度で専門的な医療を提供すること、地域で必要な人材育成をすること、臨床研究を行うことを当初から言い続けて、決してブレませんでした。その上で、広報は経営企画と表裏一体の重要事項と位置づけて、内外にしっかり情報を伝え続けました。

今でも2週間に1回は全体幹部会という病院の意思決定機関の会議を開いていますが、その議事録はすべて公開しています。さらにその要約版も4、5枚にまとめて公開しています。こうすることで、病棟に行くと看護師から「今回の話、面白かったですよ」などと言われることもあり、やはり情報を発信し続けることは重要だと感じています。

井上:これから病院長になる人、あるいは統合再編をする病院長にメッセージをお願いします。

木下:職員に対して最初に話すことは、地域のニーズにしっかり応えられるような医療提供体制を皆で作ろうということです。まずは患者ニーズに応えられる、良い病院でありたいというのが医療従事者としての根幹にあるのだと思います。

さらに、特に大きな病院になると高度医療をしようと集まってくる人が多くなりますが、重要なことは「最高の医療よりも、最良の医療」ということです。患者さんにとって最良の医療であるかどうかを、常に問い続けなければなりません。

このように自分たちのブレない軸を決めたら、あとはそれをしっかり伝えていくことです。インナーブランディングによって病院のコンセプトを共有することで、離職率を防いでチーム医療を円滑にできます。

軸足がブレてしまうと、あちこちからさまざまな要望やクレームが出て、病院全体がどこへ向かっているのかが分からなくなってしまいます。そうならないために、皆が常に同じ方向を向いて患者さんのために努力できるよう目標を提示し続ける――。これこそが病院長に求められる大きな責務なのではないでしょうか。

――まとめ――

公立病院でありながらインナーブランディングをはじめとする広報活動に力を入れ、新病院開院を成功に導いた木下先生の手腕を伺いました。「最高の医療よりも、最良の医療」というメッセージも心に響きます。井上先生、木下先生、どうもありがとうございました。

(文:医療ライター 横井かずえ)

>>なぜ実現できた?病院の『官民統合』~ちば医経塾塾長・井上貴裕の病院長対談~vol.6

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