入院期間の短縮や医療の高度化に伴い、医療者と患者の接する時間は短くなりがち。以前に比べ人間関係がつくりにくくなっていて、それがクレームにつながることもあるようです。そんな中、コミュニケーションの質を高める医療メディエーションへの注目が高まっています。(前編「クレームや事故への対応だけじゃない──制度創設者が語る“いま、医療メディエーターが増えているワケ”」はコチラ)
医療メディエーションは日常業務のどのような場面で効果を発揮するのか、また医療者間の連携に与える好影響とは。第一人者である日本医療メディエーター協会専務理事の和田仁孝氏(早稲田大学大学院法務研究科教授)に話を聞きました。
※医療メディエーション…医療事故などで医師や病院など医療者側と患者側との間にトラブルが生じた際、両者が向き合う場をつくり、両者の対話を促進して解決に導く手法。様々な紛争を裁判以外で解決するために生まれた「メディエーション」の考えを医療現場に適用したもの。
患者と医療者は違う“メガネ”をかけている
─医療メディエーションがコミュニケーションの質を高めるとは、どういうことなのでしょう。具体的に教えてください。
和田氏:
まず患者と医療者は「認知フレーム」(ものの見方)に違いがあることを理解しましょう。言ってみれば、各々が違うメガネをかけているようなものです。つまり、同じ現象に対しても見え方が全く異なるわけです。
たとえば、医師に「ヘパリンの代わりにインスリンを注射してしまいました」と言われたとします。患者さんは「薬を間違えて注射した」ことはわかっても、その誤りが自分の身体にどんな影響を与えるのかまではわからない。でも、医療者ならその言葉だけで、患者にどんな症状が出るか、どんな応急処置をしなければいけないかが瞬時に理解できる。つまり、医療者は「医療者ならでは」のメガネでものを見ているのです。
もう一つ例を挙げましょう。やけどの跡をきれいにするために、形成外科で皮膚の移植手術を受けた患者がいたとします。手術前、患者が医師に「先生、きれいになるでしょうか」と聞いたところ、「大丈夫。きれいになりますよ」と言われたので、手術を決断しました。
手術は会心の出来で大成功だったため、医師は「きっと患者さんも喜ぶだろう」と思いました。ところが、患者さんからは「きれいになっていない、騙された」とクレームを言われたのです。医師にとっての「きれいさ」は、形成外科医としての経験に基づいたきれいさであり、患者にとっての「きれいさ」は傷が跡形もなく元通りになることだったのです。これも、両者の認知に隔たりがあったことが原因です。
このように、医療者・患者間のトラブルは、違うメガネをかけていることに起因するものがほとんどです。もっと言えば、これは医療に限った話ではありません。私の場合なら法律家というメガネをかけているし、男女や世代、文化によってもかけているメガネは異なります。だからそれぞれが違うメガネをかけていることを前提にコミュニケーションを図ることが大切なのです。メディエーションは、それぞれに抱えた事情や背景を語らせて、把握し合うことで、この認知の隔たり──両者の溝を埋める役割を果たします。
インフォームド・コンセントでのトラブルを防ぐには?
─ちょっとした行き違いは日常業務の中でも頻発しているかもしれませんね。
インフォームド・コンセントなど治療内容を説明する場面で、患者さんやそのご家族が感情的になっていたり、意思疎通がうまくいかなかったりした時に医療メディエーションが活用されることもあります。インフォームド・コンセントではきちんと情報を伝えなければならないので、医療者側からの一方的な説明に終始しがちです。患者さんが本音や不安を言い出せず、誤解・不満が解消されなかったことで後々大きなトラブルにつながる恐れもあります。
たとえば、医師が「この抗がん剤は効果が期待できる代わりに、重篤な副作用の可能性が1%あります。使用されますか」と患者に言ったとします。医師としては「100人に1人は副作用に苦しむということだから、リスクは高い。覚悟が必要ですよ」と患者に伝えたつもりです。
一方、患者さんはどうでしょうか。人によっては1%という数値を、限りなく可能性が低いと受け取るかもしれません。大抵の人は降水確率1%なら傘は持ちませんよね。それと同じ感覚で「先生は安全だと言っている」と解釈する。専門家としては数値を提示することで客観的に伝えた気になりがちですが、受け取り手によって解釈が大きく変わるので要注意なんです。こうした認知のずれが、医療の現場では無数に起きています。
―どうしたら、そのずれを修正できるのでしょうか。
ここで医療メディエーションの出番です。「先生、今1%とおっしゃいましたけど、100人に1人だから、少しリスクの高いお薬ですね」と医師の発言の意図を患者さんが正確に汲み取れるようサポートしてあげる。なにも医療メディエーターがいなくても、看護師などコメディカルがその役割を担うことは十分可能です。医療者と患者さんでは見え方が違うということを普段から意識しておけば、ずれにも気がつきやすくなります。日常的に医療メディエーションを実践してみてほしいですね。
医療メディエーションは多職種連携にも有効か
─対患者だけでなく、医療者間でも同様のコミュニケーションエラーはありそうですね。
はい。医療現場では医師の指示のもとコメディカルがそれぞれの役割を担ってきたこともあって医師の発言力が強くなりがち、ということもその一因でしょう。ややともするとコメディカルが自由に意見を述べづらい空気になってしまう。近年、多職種連携の重要性が叫ばれていますが、そのためにはそれぞれの職種の専門性を認識し、互いの考えを尊重することが大切。特に回復期や慢性期など、少人数の医師+多数のコメディカルといった組織構成の施設では、職種間の認知のずれを埋め、互いの専門性を生かす姿勢がより求められるのではないでしょうか。
―医療メディエーションを取り入れることで、チーム医療にもいい影響を期待したいですね。
はい。前編でも触れたように、医療メディエーターのみならず、あらゆる職種のスタッフがメディエーションの考えを学んだことで業務改善につながった、という声もありますから。同僚と言えど、医師・コメディカル・事務職員など、立場によってかけているメガネは全然違います。互いに文脈を共有しようと努めるスタンスが必要です。もし相手の発言に引っかかっても、まずは受け止めて「どうしてあの人はそんなふうに言うのかな」とその背景について考えてみるといいでしょう。
─メディエーションは幅広い分野で活用されているそうですね。
すべて海外の事例になりますが、米国やイギリスの病院では管理職に、必須スキルとしてメディエーションを学ばせているところもあります。同様に、一般企業での導入例も増えていて、管理職が部下との信頼関係を構築したり、人事部が社員間のもめごとを調整したりといった場面で活用されています。また子供たちにメディエーションを教えている小中学校も多いんですよ。
─医療メディエーションを十分に機能させるためにはどうすればいいでしょうか。
医療メディエーターを導入しさえすればうまくいく、というものではないことをご理解いただきたいですね。医療メディエーターの悩みで圧倒的に多いのは、「医療者側が協力してくれない」です。院長や副院長といった病院組織のトップが医療メディエーションの意味を理解し、現場に周知するなどして組織全体で協力してくれなければ、メディエーターは正しく役割を果たせません。やっと患者と話す場を設けたのに、無理解な医師にぶち壊しにされてしまうこともあるようです。メディエーションスキルを生かすも殺すも、それを上手に活用する組織文化がつくれるかどうか。そこが一番強調したいところです。
< 取材・文:荻島央江/編集・写真:角田歩樹 >
早稲田大学大学院法務研究科教授、日本医療メディエーター協会専務理事
1955年生まれ。京都大学法学部卒業。米ハーバード大学客員研究員、九州大学法学部教授などを経て、2004年から現職。紛争解決・仲裁が専門
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