クレームや事故への対応だけじゃない──制度創設者が語る“いま、医療メディエーターが増えているワケ”

患者と医療者のトラブルを解決する手法である「医療メディエーション」。2012年度の診療報酬改定でも医療メディエーターの配置が評価されるなど注目が高まっていますが、具体的に病院運営にどんな役割を果たすのかご存知でしょうか。医療者に求められるものが増している昨今、実は医療事故対応のみならず、様々な場面での活用が期待されている存在でもあるのです。医療メディエーションの考えはどのようなものか。導入することで、どのような効果が期待できるのか。日本医療メディエーター協会専務理事の和田仁孝氏(早稲田大学大学院法務研究科教授)に話を聞きました。

医療メディエーションのニーズ増は時代の要請

日本医療メディエーター協会専務理事 和田仁孝氏

─医療メディエーター養成の取り組みが始まって13年、医療メディエーションを導入している医療機関は増えつつあります。一方で、病院によって温度差があるようにも感じます。いま一度、医療メディエーションについて教えてください。

和田氏:
医療メディエーションとは、医療事故などで医師や病院など医療者側と患者側との間にトラブルが生じた際、両者が向き合う場をつくり、両者の対話を促進して解決に導く手法です。医療安全に寄与するだけでなく、“苦情”が“紛争”になることの防止や、患者満足度の向上にも貢献します。

メディエーションで中心的役割を果たすのが医療メディエーター(仲介者)。医療メディエーターは、医療者側・患者側それぞれに共感して話を聴き、双方の主張を把握して、当事者同士の対話を促します。あくまで中立的な立場を保ち、自分の意見を言ったり、評価や判断を下したりはしません。

本来であれば、医師や看護師が患者の声に十分耳を傾けることが望ましいですが、日本の医療を取り巻く環境は厳しい。医師不足に悩まされている医療機関が多いだけでなく、事務作業など診療以外の業務負担も大きいのが実状です。患者さんへの配慮やコミュニケーションを個々人の努力やスキルに委ねるのではなく、組織ぐるみの取り組みが必要になってきていると感じます。

もともと、メディエーションが脚光を浴びるようになったのは1970年代で、英国や米国で採用されています。日本では2005年から医療メディエーターの養成が始まり、私はその教育プログラムを開発しました。

─その後、加速度的に養成プログラムの需要が高まったそうですね。

初年度は3回のみの実施でしたが、ちょうど医療バッシングが強まっていた状況でニーズが高く、研修の回数はどんどん増えていきました。2012年度の診療報酬改定で、医療メディエーターの配置を評価する「患者サポート体制充実加算」が創設されたことも大きな要因です。

現在は全国で年100回超の研修を実施していて、これまでの累計受講者は2万5000人以上。日本医療メディエーター協会の認定を受けて、医療メディエーターとして働いている医療関係者は6000人ほどいます。当初は医師や看護師の受講者が多かったのですが、近年では受講者の40~50%が事務職の方々ですね。

昨今、高齢化に伴い、たとえば独居や老老世帯の増加など、様々な問題が浮き彫りになっています。患者さんのニーズは多様化している。医療機関にも、患者さんやそのご家族への社会的・心理的背景への目配りや、職種間・施設間で連携しながら支える姿勢が求められる時代です。コミュニケーションに関するトラブルはますます増えるでしょうから、今後も需要は高まっていくのではないかと思っています。

医療事故への対応だけじゃない、医療メディエーションの効果


―医療メディエーションを学ぶと、実際にどんな効果が期待できますか。

患者側、医療者側双方の感情をうまく受け止め、認識のギャップを埋めていくサポートをするのが医療メディエーションの基本です。なので、日常のさまざまな場面で活用できるでしょう。たとえば、「若い看護師が患者さんにクレームを言われていたときに、医療メディエーションの手法(※詳しくは後編にて)を実践したらクレームがすっと収まったんです」などといった声をよく耳にします。

―ほかに具体的な事例はありますか。

ある病院では院長から一般のスタッフに至るまで研修を受講した結果、ちょっとしたトラブルなら現場で適切に即時対応できるようになった、スタッフ一人一人がメディエーションのマインドを持つことで病院全体のコミュニケーションが円滑になり業務改善につながった、などの効果があったそうです。

また、別の病院では、相談窓口を設けて医療メディエーターが患者からの苦情や意見に対応しています。開設当時、「医療メディエーターがお話を伺います」と周知したところ、一時的にクレームがどっと増えたそうです。しかし、これは決して悪いことではありません。患者さんが医療者に不安や不満を直接伝えるのは勇気がいることです。もし相談窓口がなければ、こうした患者さんの声はそのままかき消えてしまい、病院の課題も顕在化しなかったでしょう。患者離れや紛争につながっていた恐れもあります。実際、寄せられた相談に誠実に対応したことで、意見や苦情は大幅に減ったそうです。このように、患者さんからの意見をすくいあげることができれば、医療機関の運営にも好影響をもたらすでしょう。

紛争に至る前に、トラブルの原因をときほぐす

─なるほど。しかし、法学者である先生がなぜ、医療メディエーターの養成に関わっているのですか?

医療メディエーターのそもそもの始まりは、医療事故への対応でした。私が20代半ば、35年くらい前にハーバード大学に留学したとき、米国では既に医療崩壊が起こっていました。医療事故の民事裁判が嫌というほど起きて、訴訟リスクが高い診療科から逃げ出す医師が増えていたのです。こうした状況に対処するため、アメリカでは「裁判でない形で医療事故を解決する方法はないか」ということが盛んに研究されていて、大いに興味を持ちました。

それから時を経て20年くらい前、医療事故で高校生の息子さんを亡くされたあるご遺族と出会ったことが、私が医療メディエーションに強い関心を抱くようになったきっかけです。その後、別の医療事故のご遺族ともお話しましたが、みなさん口をそろえて「病院が誠実に向き合ってきちんと対応してくれていたら、裁判なんてしなかったのに」と仰っていました。それを聞いて、裁判になる前の段階で何かできないかと考えたのです。

裁判まで発展すると、当事者が話し合う場は失われてしまいます。どちらも傷つく上、相当な負担です。無用な争いを防ぐためにも、初期段階の対応としてメディエーションは医療者側にも、患者側にも意味があると考えました。

そこで2004年に日本医療機能評価機構の依頼で、医療メディエーターの養成プログラムを開発したのです。折しも、医療の民事訴訟件数が1110件と過去最も多かった年でした。それまで事故対応のモデルがなかったので、翌2005年から研修をスタートさせ、人材の養成を始めました。

メディエーターの導入は病院の働き方改革にもつながる

─メディエーションを実践する上でのポイントを教えてください。

大切なのは、ケアマインドです。心理学的に明らかなのですが、人は悲嘆から立ち直っていく過程で、怒りの感情がわいてきます。その矛先として、まず自分を責め、それから医療者に対してやり場のない思いをぶつけるのです。

怒りは、心理学的には二次的な感情と言われています。怒りや不満自体は表面的なもので、その奥には必ず別の思いがある。「この人はものすごく怒っているようだけど、その背後にはどんなつらさや苦しみ、悲しい気持ちが隠れているのだろう」というところを解きほぐしていく。その役割を担うのが医療メディエーターです。

―医療メディエーターというとクレーム対応の負担軽減のために導入するイメージが強いですが、それ以外にもいい影響があるんでしょうか

そうですね。医療従事者の業務改善や働き方改革の面で効果があるかもしれません。
前述したように、医師や看護師が対応しきれない場面は多いと思います。特に急性期病院では、医療者が患者と信頼関係を築くのに十分な時間をとることは難しいでしょう。医療メディエーターが両者の溝を埋め、コミュニケーションの質を高めることで、医師の負担軽減に貢献できると思います。また、心理的な負担軽減にもなり、医療従事者のメンタルヘルスケアにもつながるのではないかと思っています。

強調しておきたいのは、メディエーションが救うのは患者だけではないということです。多忙な中で医療事故を起こしてしまったり、患者さんから一方的に怒りをぶつけられたりすれば、医療者側が精神的に深い傷を負うことも少なくありません。人によっては抑うつ状態になったり、自殺したりする人だっています。患者を救うことは、医療者を救うことにもなるのです。

米国では、医療事故に直面した医療者を「セカンド・ビクティム(第二の被害者)」と位置づけ、救済システムを構築していく動きが定着しています。医療メディエーターは患者と医療者の間に入って、両方をケアしていく存在になりうるのではないかと私は思います。

< 取材・文:荻島央江/編集・写真:角田歩樹 >

和田仁孝(わだ・よしたか)
早稲田大学大学院法務研究科教授、日本医療メディエーター協会専務理事
1955年生まれ。京都大学法学部卒業。米ハーバード大学客員研究員、九州大学法学部教授などを経て、2004年から現職。紛争解決・仲裁が専門
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