事務長職にマニュアルはありません。組織が異なれば、事務長のあり方や求められるスキルも変わるもの。しかし、事務長ならば共通して持っておきたいマインドもあるようです。院内のガバナンスやカルチャーをつくりあげるために、事務長がおさえておくべきポイントとは? 新進気鋭の若手事務長たちが自身の経験から考える、“事務長の心得”を聞きました。
上司の思考を部下に落とし込むには
──前回は、主に部下に求める能力についてお話しいただきましたが、事務長に求められるものはまた別なのでしょうか。
加藤:
スキルと心得の2つがあると思います。スキルはたとえば、医療政策やマーケティング、経理、レセプトなど実務的な知識や経験です。そういったものは、学ぶための手段もある程度ありますし、実際に勉強している方も多い。一方で、心得みたいなものはあまり目にしたことがないですね。
甲:
心得の方が重要な気がするんですけどね。
加藤:
あくまで個人的な見解ですけど、僕なりの「事務長の心得」を1つ挙げるなら、“反復”です。たとえば出張旅費規定をつくったとします。書類を3週間前までに提出しなきゃいけないルールなのに、あるスタッフが2週間前に提出してきた。ここで、「まあいいよ」と許してしまうと、別のスタッフが1週間前に提出してきた時も許さざるを得なくなります。じゃないと、「事務長はその時の気分や相手によって言うことが変わる」とスタッフに認識されてしまいますから。
つまり、“反復”というのは常に一定の回答を根気強く繰り返すということ。「ルール違反だから次はないよ」と指摘した上で大目に見るなど柔軟な対応は必要ですが、「しかたないなあ」の一言で済ませてしまうとガバナンスがきかなくなります。当たり前のことのようで、これを一貫してやれるかどうかが本当に大切です。「これ、きっとうちの上司はだめって言うだろうな」と思わせられたらいい上司なんじゃないかな(笑)。
髙﨑:
「ダメって言われるだろうな」って部下が思うということは、上司の思考回路を部下に落とし込めている、つまり上司の思考が一定ってことですもんね。それが法人としての方向性や文化にもつながっていく。
加藤:
そうそう。一方で、「それでもやりたいなら僕が納得できるように相談をしてほしい、話はいつでも聞きます」という姿勢もとても大切だと思います。そうでないと、言われたことをやっていればいいという思考になってしまいますからね。
物品の購入にしても同じです。たとえば100円のボールペンを買っていた人に500円の5色ボールペンを買うことをOKしたら、色々なことが積み重なって結局1万円のものが5万円になってしまう。単位が小さいからいいやではなくて、現行のもので事足りているならそれ以上コストをかけるべきでない、というところに一貫性を持つ必要がある。だから、「事務長、けちだなあ」と言われても、5色ボールペンは必要ないと言い続けなきゃいけないんです。そうやって、あらゆるルールについて、スタッフが納得できるように伝え続ける。それが規律をつくっていくということなんじゃないかな。
酒井:
うちも、いままでなんとなくやっていたところをルール化して、文書や口頭で職員に繰り返し伝え浸透させる、というのは意識してやりました。自分がいなくなっても組織が回るようにコンプライアンスをしっかり組み立てる、というのは大切ですよね。
髙﨑:
朝令暮改はあってもいいと思うけど、理由をつけて言いつづけるとか、事務長は一筋縄ではいかないな、という部分が必要かもしれませんね。
事務長が嫌われても、患者さんに迷惑はかからない
──理事長や院長との役割分担についてはいかがですか。
酒井:
役割分担は意識していますね。やっぱり、院長が言いにくいことや、スタッフにとってあまり嬉しくない現実は、事務長の口から伝えるべきだと思っています。エビデンスにもとづいて、時にはシビアな進言もできないと、事務長としての責務は果たせません。それに、院長は経営のトップであると同時に医療のトップ。組織の皆が心から「この人についていきたい」と思えることが医療の質のためにも大切なんです。
加藤:
うんうん。事務長が嫌われても患者さんに迷惑はかからない。でも、たとえば院長と看護部長がもめれば診療に関わる可能性だってあります。医療的な指示に感情が混ざることはあってはならないので、事務長が悪役を買って出ることも必要だと思っています。
その分、根回しの大切さも学びましたね。たとえば医師にルール違反を指摘するときは、前もって周囲にフォローをお願いしておく。「これを伝えるためにはどこに根回しして、どの立ち位置で、どの場で言おうか」というイメージを描いた上で、一番効果的な伝え方を考えるようになりました。意思決定の会議でも、落としどころは大体分かるけど、立場上、物申さなければならないことが往々にしてあるので、事前に各所根回しして…こうなると、ほとんど事務長という役割を“演じている”感覚ですよ(笑)。
髙﨑:
たしかに、事務長として「自分が言わなければ」という場面はありますね。事前にフォローをお願いしておくことで理解が得られやすくなるのは、僕自身の経験からも感じます。あとは、どこまで相手にとってのハードルを下げられるか。
たとえば医師に書類仕事をお願いする場面では、極力手続きを簡易にするなど、相手の負担を軽くできるよう工夫します。文書作成ならたたき台はこちらでつくって、先生は捺印だけで済むようにするとか。他には、「やらなければいけない」という事実のみ伝えるよりも「こういう法律があるので」と根拠も併せて提示するなど、相手が納得しやすい状況をつくる努力はしていますね。
こうして考えてみると、事務長の心得はまだまだありそうです。きちんと言語化してみることで、自分の立ち位置や仕事する上での“軸”がより明確になりそうですね。
<取材:原田祐貴、写真:塚田大輔、文:角田歩樹>
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