若手事務長キャリア座談会vol.1 わたしたちが事務長になった理由

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ひとくちに事務長と言っても、その背景はさまざまです。事務職一筋の人もいれば、医療経営コンサルタントからの転身、理事長の家族、さらには会社員と事務長のパラレルキャリアを歩んでいる人も。全5回の本企画では、多様なバックグランドを持つ新進気鋭の若手事務長たちが、事務長の魅力や心得、苦労などを語りあいます。第1弾は、どんな思いで事務長になったのかを話してもらいました。

事務長に至るまで─それぞれの“履歴書”

──加藤さんはMBA(経営学修士)や中小企業診断士などの難関資格もお持ちです。もともと、医療業界や事務長の仕事に興味があったのでしょうか。

加藤:
私は大学で生命工学を専攻していたのもあって医療は昔から近い存在でした。そのこともあって円があった医療機器メーカーの営業になりました。そして働いていくうちに、経営危機にある医療機関が少なくないことに課題感を持ち始めました。

同時に、自分のキャリアをどのようにしていくのかは、思い悩んでいましたね。状況を打開しようと、30歳で一念発起して大学院に通い、MBAや中小企業診断士などを取得しました。その後は医療者がより診療に集中できる環境をつくりたいと、医療系コンサルティング会社に勤めたんですが、次第に内側から病院経営をサポートしたくなって。それで病院事務職に転向して、2016年から下北沢病院の事務長を務めています。

【加藤さん】

酒井:
キャリアを見つめ直す中で、資格取得や事務長就任に至ったんですね。一方、髙﨑さんは新卒から病院事務職一筋です。とはいえ、慶應義塾大学から聖路加国際病院というのは珍しいかもしれません。どうして医療業界に?

髙﨑:
僕は学生時代、地方政策を中心に学んでいたので、広義の“インフラ”に興味がありました。だからそういう業界を中心に就職活動をしてたんですけど、中でも医療業界は今後どんどん変化していくし、「事務職にはまだまだやらなければならないことがある」と聞き、おもしろそうだなと思って。

それで、新卒で聖路加国際病院に事務職員として入職しました。10年間で5部署8業務と幅広く経験させてもらう中で、患者さんが退院したその後のことについて知りたくなって。2017年に経理課長として医療法人あかつき会(埼玉県川口市)に転職しました。本部長就任は、運が大きいかな。簡単に言うと、入職して間もなく当時の事務長が退職することになって、その後を引き継いだ形です。

【左から髙﨑さん、酒井さん】

―酒井さんはいかがでしょうか。

酒井:
私は事務長を目指したというより、もともとそうなる前提でした。というのも、当法人は祖父が立ち上げ、父は院長兼理事長を務めています。私は3代目の後継ぎ。だから、幼い頃から医療の道に進むことを期待されていたと思います。

けれど当時は、そうやって周囲に敷かれたレールに乗っかるのが嫌で…。だから高校卒業後、海外に逃げたんです(笑)。アメリカの大学でメディア論を学んだり、テレビ局でインターンしたりして、帰国してからもテレビ業界で働いていました。しばらくしてマネジメントの重要性に気づき、肌感覚でやっていることを体系的に学びたくて、30歳のときに大学院に進みMBAを取得しましたね。

その時点ではまだ、医療の道に進むか決めかねてましたが、徐々に法人のことが心配だなぁという気持ちになって最終的に後を継ぐことを決め、いまに至ります。

―甲さんは会社員をしながら週末だけ事務長をしていますね。

甲:
はい、いまは“平日会社員・週末クリニック事務長”という働き方をしています。

私が事務長になったのは、一言であらわすならご縁があったからですね。まず大学時代に、医師であり医療機関などの経営支援にも携わっている裵英洙(はい・えいしゅ)先生と出会って、「医療機関の経営って面白そうだな」と思ったのがきっかけです。

あとは、社会人になってから、臨床への興味が再燃し、また「離島」の医療にも興味があり、島根県にある隠岐島前病院に伺ったことがあったんです。私、薬剤師でもあるので。それで、そこの事務長さんと話していたら、なにげなく「君、もしかしたら事務長に向いてるんじゃない?」と言われて。当時は事務長の役割も分からなかったけど、臨床以外にそういう道もあるのか、とハッとしました。その後、仲の良い医師が診療所を立ち上げた際に「一緒にやらない?」と誘ってくださり、いまに至ります。

事務長としてのベースを培った、人との出会い

──もしその方たちに会わなかったら…?

甲:
裵先生と、隠岐島前病院の事務長さんがいなかったら、事務長にはなっていなかったと思いますね。

【甲(かぶと)さん】

加藤:
僕もご縁というか、影響を受けた方々がいますね。強く影響を受けたのは、大学院時代にお世話になった教授で、ネットリサーチ会社マクロミルの創業者・杉本哲哉さんです。僕、大学院に入ったばかりの頃、まだ自分のやりたいことがよく分かっていなくて。そしたら杉本さんに「君は何がしたいの?」と徹底的に追及されたんです。自分は何がしたくて、何をやっている人間なのかちゃんと言えるようになりなさいと教えていただいて、それが僕の原点になったと思います。

酒井:
私も、MBAにいたときにお世話になった先生から影響を受けましたね。医療経済学の大家、田中滋先生です。先生に2年間、医療政策のフィロソフィー(哲学、考え方の軸)を教え込んでいただいたおかげで、大きな道筋は見誤らず進めるようになったかなと思います。

―髙﨑さんは、これまでのキャリアで影響を受けた人はいますか。
髙﨑:
他の皆さんは先生や外部の先輩方からというお話ですが、僕は聖路加時代の上司3名にすごく影響を受けましたね。特に、QIセンター(品質管理部門)のマネージャーだった門田美和子(かどた・みわこ)さんのスタイルは、僕の中に根付いています。まだまだ彼女の足元にも及びませんが…。物事の進め方、人への近づき方、どうやって合意形成していくかなど、事務職としてのあるべき姿を見せていただきました。地道な準備・根回しを怠らない姿勢や、上司がどんな情報をほしがっているかイメージして動くという想像力の大切さは門田さんから学んだので、今でもすごく感謝しています。

<取材:原田祐貴、写真:塚田大輔、文:角田歩樹>

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