経営視点の転棟ルールに現場が拒否反応、機能させるには?【解説編】─病院経営ケーススタディvol.10

新棟開設に限らず、シミュレーションと実際の運用に乖離が生じて、想定していた経営効果に結びつかない、というのはよくある悩みではないでしょうか。各設問に沿って、私だったらどう対処するか、を考えてみたいと思います。

設問1:今回のケースではどこに問題点があると思いますか?

私は、今回のケースには大きく3つの問題点があると思います。
前提として、本ケースでは、地域包括ケア病棟の導入目的が以下のようにはっきりと示されています。

  1. 転棟後の在院日数を伸ばし、病院全体の稼働率を上げることで、収益を向上
  2. 重症度、医療・看護必要度(以下、「必要度」)が低い患者を転棟させることで、必要度を安定化
  3. 日当点の低い患者を転棟させることで、診療単価を向上

しかし、医療者の視点からすると、新病棟がどのような患者を対象とするのかわかりにくいのではないでしょうか。対象となる患者像を具体的に示せていない点が、今回のケースの問題点の1つと言えるでしょう。

とはいえ、地域包括ケア病棟は診療報酬上でも「急性期治療を経過した患者及び在宅において療養を行っている患者等の受入れ並びに患者の在宅復帰支援等を行う機能を有し、地域包括ケアシステムを支える役割を担うものである」とあるだけで、具体的な状態・疾患が示されていません。

このため、点数などをふまえながら、対象となる患者像を自分たちで作っていく必要があります。たとえば、一般病棟からの転棟を想定しているなら、急性期治療を経過した患者(ポストアキュート)が対象となります。この場合は「自院で長期化している疾患は何か」「それらの疾患を有する患者さんで、どの程度病棟を埋められそうか」を切り口に考えてみるとよいでしょう。

2つ目の問題点として、ケース内で示されているDPC点数・リハビリ単位数への意見からは、個々の症例において、点数にこだわり過ぎているような印象を受けます。

前述した地域包括ケア病棟導入の3つの目的のうち、何を優先するかによって判断は変わりますが、今回は稼働率の向上が最も優先すべき目的と考えられます。「包括されてしまう点数を極力減らすこと」は重要ですが、そこにこだわり過ぎると対象者が限られてしまいます。まずは包括される点数の多寡よりも、地域包括ケア病棟の病床を埋めることが優先事項であると、全体で共有しておきましょう。転棟の対象となる患者が多い場合は、包括される点数が少ない患者を優先すればよいのです。

また、2020年度の改定でDPCからの転棟患者は期間Ⅱまでは、地域包括ケア病棟の点数ではなく、DPC点数での請求となりました。よって期間Ⅱまでの点数は気にせず、期間Ⅲの点数が地域包括ケア病棟の点数を下回ればよいので、全ての患者の日当点を調べる必要はないかもしれません。

3つ目の問題点として、本ケースでは制度に関する関係者の理解不足が伺えます。特に、医師にとっては別の病棟に行く手間があるうえ、「転棟後は治療してはいけないのか」と思われてしまうと、なんのための転棟か全く理解できないでしょう。一般的に、ポストアキュートの治療は、転棟しても継続されます。転棟後に急性期の治療が必要となった場合は、一般病棟に転棟することも可能(※)ですから、治療に関しては今まで通りであると医師にきちんと説明すべきです。また、地域包括ケア病棟へ転棟させることで、平均在院日数や必要度など一般病棟で必要とされていた基準を、気にしなくてよいメリットも伝えるべきでしょう。
※入院期間中に地域包括ケア病棟から他の病棟へ転棟して、再度地域包括ケア病棟へ転棟することはできません

また、施設基準で求められる基準は満たすことが重要であり、大幅に上回る必要はありません。
たとえば、地域包括ケア病棟の在宅復帰率は直近6か月で70%以上と定められています。現時点で在宅復帰率が80%とすると10%の余裕があり、その分は在宅復帰でなく転院であってもよいのです。さらに10%が何人に相当するかを病棟に伝えておけば、安心して転棟・転院させることができます。
このように制度をしっかり理解し具体的な情報(数字)を示すことで、現場は適切な判断をしやすくなります。

設問2:もし自分がW医事課長の立場ならどう対応しますか?

私がW医事課長の立場だったら、まずは転棟対象となる患者を明確にします。前述した「自院で長期化している疾患は何か」という切り口に、「全国症例数が多い」という条件も加えて考えてみます。これは、全国症例数が多い疾患のDPC対象病棟の平均在院日数を短くすることで、機能評価係数Ⅱの「効率性係数」を向上させることができるためです。

【効率性係数の計算方法】

  1. 当該医療機関の症例数が12症例以上ある診断群分類の患者について、1入院当たりの平均在院日数を、同じ診断群分類の全DPC参加病院の症例規模に置きかえ
  2. 1で置きかえた在院日数について、医療機関毎に1入院当たりの平均在院日数を算出
  3. 2で算出した平均在院日数と、全DPC参加病院の平均在院日数の相対値が効率性指数

全国症例数が多くて、平均在院日数が長い症例は以下の通りです。これらの疾患の入院〇日目で転棟させるというルールにすれば、患者像が明確化され、運用もシンプルです。

表 1 全国症例数が多く、平均在院日数が多いDPC(※)
※「平成30年度DPC導入の影響評価に係る調査「退院患者調査」の結果報告について」参考資料1(13)診断群分類別在院日数より筆者作成

私が勤務する松下記念病院でも、「誤嚥性肺炎」「心不全」「尿路感染症」「大腿骨頚部骨折」は地域包括ケア病棟への転棟対象としており、各疾患のDPCの平均在院日数が短くなりました。その影響もあり、直近の改定では、病院の平均在院日数はそれほど変わりませんが、効率性係数が10%近く上昇しています。

急性期一般入院基本料1の総合病院であれば、医療機関別係数が高くなります。かつリハビリの介入率が高い病院であれば、包括範囲点数と実際に治療にかかった点数の差による経営メリットはそれほど大きくないと思われます(※)。この場合は、点数差だけでなく効率性係数を向上させる運用も同時に検討したいところです。
※DPC における包括評価=「診断群分類ごとの 1 日当たり包括点数」×「入院日数」×「医療機関別係数」×10 円

次に、必要な情報に「早く」「簡単に」アクセスできる環境を作ります。
各病院のシステム環境によっても異なりますが、DPC情報を確認するためには、電子カルテからDPCのシステムを開く必要があります。また、DPCシステムから疾患を指定して患者を抽出するような仕組みはまだあまり採用されていないと思われます。「現在の入院患者で誤嚥性肺炎は誰か?また入院何日目か?」といった情報をスピーディーに把握するためには、DPCの決定を早め、データベースを活用した仕組みを構築する必要があるでしょう。

設問1では、問題点として「制度に関する関係者の理解不足」も挙げました。この対策については、設問3に譲りたいと思います。

設問3:今後、同様の問題を避けるためにどのような対策・仕組みづくりが必要だと思いますか?

仕組み(ルール)づくりは「シンプルに」「わかりやすく」が基本です。ルールを作る側とそれに従って行動する側では、関わっている時間が圧倒的に違います。作る側の立場ではシンプルに思えても、実行する側では複雑に感じる、というのはよくあることです。

ではルール作りはどのようにあるべきでしょうか?ドナルド・サルは、シンプルなルールは以下の3つのステップを踏んで完成すると述べています(※)。
※ドナルド サル (2017), SIMPLE RULES 「仕事が速い人」はここまでシンプルに考える. 三笠書房

  1. 「利益の針」をはっきりさせる
  2. ボトルネック(障壁)を見つける
  3. ルールを強化する

各ステップを本ケースに置き換えて考えてみましょう。ステップ1の「利益の針」は、ルールによってもたらされるアウトカムです。すなわち、本ケースでは(転棟を増やすことで)病床稼働率を上げることです。前述したように包括される点数を減らしたり、日当点を上げたりするよりも、稼働率の向上が優先されるのです。

では、ステップ2のボトルネックとは何でしょう。もちろん転棟患者が増えないことなのですが、その原因はどこにあるのでしょうか。私は、転棟患者を決めるための指標が多い、つまりルールの複雑さだと考えます。考慮することがあまりにも多すぎて、「転棟させる」という意思決定までたどりつくことができないのです。

最後に、どのようにステップ3のルールの強化を行えばよいでしょうか。私は、実際にそのルールを運用するメンバーにも、ルール作りに参加してもらうことが重要だと考えます。実際に使う人がルールを作ることで、複雑化することを避け、現場にとって実用的なルールになるはずです。

このように書くと、どれも当たり前ですぐにできそうに思いますが、実際は現場の要求度が高すぎて、ルールの強化に至らないことが多いです。現場はなるべくシンプルな、少し極端な言い方をするならば、“自分たちが楽に仕事ができる”ようなルールを求めます。そのため、ルール作りに際しては、求める情報や他部門への要求が非常に多くなります。

現場の要求を完全に実現することは難しく、マネジメント層にとっては単なる“わがまま”と捉えられることも少なくありません。しかし、なるべく現場の希望に近いルールへ近づけること、そしてその努力を示すことが、成功への近道となるでしょう。

【ケース編】はこちら

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