医師優位のヒエラルキーを変革する「チームSTEPPS」とは【解説編】─病院経営ケーススタディvol.13

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多くの職場が抱える「人間関係」の課題

職場の雰囲気やコミュニケーション、それらを含めた人間関係の課題は、医療業界はもちろん、どの職場にもあるのではないでしょうか。上司と部下、先輩と後輩、同僚同士、部署間などで生じるコンフリクトは、仕事効率はもちろん、職員の組織に対するロイヤリティ(忠誠心)、働きやすさ、医療機関では医療安全など、あらゆる要素とつながります。

看護師の離職理由の調査報告を見ると、結婚・出産といったライフステージに伴う離職を除けば、職場内の人間関係、職場環境といった要因は概ね上位に挙げられています。

逆に、人間関係が良く、コミュニケーションが良好な組織は、人材流出のリスクを下げ、やりがいや喜び、帰属意識などが増幅し、あらゆるライフステージに直面した時も「働き続けたい」と思う職員が増えるでしょう。

これまで、筆者も多くの医療従事者と関わらせていただきましたが、職員同士のコミュニケーションがトゲトゲしく、常にギスギスしている組織もあれば、皆が気持ちよく仕事ができるよう、「承認」や「労い」などの言葉を意図的に発し、コミュニケーションしやすい雰囲気を醸成している組織まで、実にさまざまです。

組織で取り組む、コミュニケーションの“型”とは

ケース編で舞台となったN病院は、医師を頂点としたヒエラルキーが強く、職員同士のコミュニケーションや職場の雰囲気に悪影響を及ぼしていると、院長自らが評価しているようです。しかし、威圧的な態度の医師には、院長ですら進言が難しい時もあります。

ここでのポイントは、コミュニケーションの改善のために、一個人に注意するのではなく(もちろん必要な時もありますが)、組織で取り組める仕組みを作ること。そのためには、院内コミュニケーションのルールについて、共有認識を持つところからスタートします。そのひとつに、看護部長が提案していた「チームSTEPPS(チームステップス)」があります。

ご存知の方は、「これは医療安全のために考えられたチーム作りの手法では?」と思ったかもしれません。しかし、筆者が着目しているのは、チームSTEPPSの中で使用するコミュニケーション手法、いわゆる“型”です。

筆者は元々、医療ソーシャルワーカーとして、その教育過程や臨床の中で、クライエントの相談を受けるための面接技法を叩き込まれてきました。目の前の現状があるのは、「人と環境との相互作用」の結果というエコロジカルモデルの考え方の下、相談者からの本音や感情を引き出すために“質問”という技術を使います。その“質問”の技術の裏には「こういう時にはこういう質問の“型”を使うと良い」という手法を持っていました。チームSTEPPSには同様に“質問の型”が用いられています。

実際、“型”を使うと、普段の自分にはない語彙やコミュニケーションパターンが使いこなせます。例えば、チームSTEPPS以外の手法で「スケーリング・クエスチョン」という“質問の型”があります。これは「今の痛みを0が無痛、10が我慢できないほどの激痛だとしたら、いくつですか?」というように、当人の主観的な尺度を数字に代えて把握できる質問です。診療では痛みの評価(Visual Analogue Scale(VAS))として用いられ、痛み以外でも、喜び、悲しみ、怒り、期待、など、あらゆるものに代用が可能です。

チームSTEPPSを組織で推進すれば、話し手・聞き手の双方がその“型”に則ったコミュニケーションだと分かるので、必然的に同じ視点、同じ土俵でのコミュニケーションができ、相互理解を深められます。また、ルールに基づいた発言が相互認識されることで、ヒエラルキーに関係ないコミュニケーションも保証されるでしょう。

医療安全のフレームワーク「チームSTEPPS」

ここでチームSTEPPSをご存知でない方に、簡単に説明します。「チームSTEPPS」とは、Team Strategies and Tools to Enhance Performance and Patient Safetyの略で、直訳すると、「チームとしてのよりよい実践と患者安全を高めるためのツールと戦略」とされ、米国国防総省や航空業界などのHRO(High-Reliability Organization:高信頼性組織)での事故対策実績を元にアメリカで作成された安全推進のフレームワークです。

筆者も約10年前、所属先の病院で、アメリカから来日したトレーナーから直接訓練を受けました。現在、多くの病院が医療安全対策チームを作るためにチームSTEPPSを導入し、その教材となる書籍も多数出版されています。

しかし、チームSTEPPSの知識があっても、職場へ導入するにはきっかけが必要です。特定の職員同士でコミュニケーションの課題がある、だけでは無理があります。

N病院の場合、新築移転を半年後に控えています。組織変革を行う場合、このような機会は絶好のチャンスです。とはいえ、多くの医療機関にとって新築移転の機会は多くありません。例えば、院内で大きな医療事故に直面してしまった時や、理事長や院長の交代のタイミング、もっと身近に言えば、年度初めといった節目をきっかけに導入することが現実的ではないでしょうか。

すぐに活用できる、5つのコミュニケーション手法

では、今回は『チームSTEPPS 2.0 ポケットガイド(日本語版14.1版)』(訳・編集:国立保健医療科学院)を参考に、チームSTEPPSのノウハウを簡単にご紹介します。

チームSTEPPSは既に体系化された教材です。アメリカ発祥のため、日本語訳には多少表現の違和感があると思いますが、よくあることとして付き合うことが肝心です。

教材では、導入前の判断材料として、以下のような指標が示されています。

出典:組織の準備状況のチェックリスト(種田憲一郎:チームトレーニングで何が変わるのか:チームSTEPPSの成果と導入の要件. medical forum CHGAI vol. 16 no. 2 2012)
出典:組織の準備状況のチェックリスト(種田憲一郎:チームトレーニングで何が変わるのか:チームSTEPPSの成果と導入の要件. medical forum CHGAI vol. 16 no. 2 2012)

続いて、チームSTEPPSで使用される、代表的なコミュニーションの型をご紹介します。「この場面ではこのコミュニケーションの型を使う」というルールを組織内で共有していきましょう。

SBAR

患者の状況に関し、即座の注意喚起と対応が必要な重要情報を伝達するテクニックの頭文字をとったものです。例えば、患者さんが急変した際、頭に思い浮かんだ情報をダラダラと言葉すると、「もっと端的にわかりやすく説明しろ!」という展開が想像できます。そういう状況下では、SBARの順番で伝達すると効果的です。

出典:『チームSTEPPS 2.0 ポケットガイド(日本語版14.1版)』(訳・編集:国立保健医療科学院)P.11

<活用例>
昨日、大腿骨頚部骨折で入院した80歳のAさんですが、今訪室したところ、意識レベルJCSⅠ‐3、構音障害、流涎、右半身に麻痺が認められます。バイタルサインは○○です。1時間前に訪室した際は特に変わりはありませんでした。…「Situation」
Aさんは既往に心房細動がありワーファリンを内服していましたが、来週の手術に向けて休薬していました。…「Background」
脳梗塞を起こした疑いがあるのではないでしょうか。…「Assessment」
すぐに診察をお願いします。…「Recommendation & Request」

チェックバック

チェックバックとは、発信者が伝達した情報を、受信者が確実に理解しているかを復唱、再確認することです。医療現場では、指示内容の伝達エラーが想定されるため、指示や依頼したこと(されたこと)を繰り返し反復して伝え合い、間違いがないかを確認し合います。

<活用例>
A:〇〇mgの△△をivお願いします。
B:はい。〇〇mgの△△をivですね。(復唱)
A:はい、その通りです。 (再確認)

もし、Bのチェックバックが無い場合、Aは「チェックバックをお願いします」と復唱を求め、伝達の間違いがないかを確認するのも有効です。復唱が間違っていれば、正しい指示を出し、再度チェックバックしてもらうことで事故を未然に防ぐことができます。

I pass the baton

I pass the batonは、患者の診療やケアの引き継ぎの際に、情報交換を向上させるための方法の一つで、それらの頭文字を並べたものです。

出典:『チームSTEPPS 2.0 ポケットガイド(日本語版14.1版)』(訳・編集:国立保健医療科学院)P.13

医療機関では勤務時間帯での引き継ぎが日常的にありますが、特に新規入院で、急変の危険性が高い患者さんを引き継ぐ際などに活用できるのではないでしょうか。

2回チャレンジルール

2回チャレンジルールは、誤った知識で対応が行われようとする場合、気付いた人の責任で提案し、否定されても繰り返し指摘する手法です。

<活用例>
A:○○をお願いします。
B:〇〇ですね?(内心は間違っているのではと疑い、チェックバック)
A:はい、〇〇です。
B:(やはり間違っているのではないかと思い)〇〇ではなく△△の間違いでは?
A:あっ、間違えました。△△です。すみません。

例えばこの例文のAが医師、Bが看護師の場合、Bはなかなか勇気がいるかもしれません。しかし、この躊躇が医療事故の始まりである事例も多々あります。誰でも間違えることはあります。2回チャレンジルールを活用するには、あらかじめ、チームで指摘を受け入れる環境やルールを設定し、指摘を拒まない風土を作っておくことが重要です。

DESC(デスク)スクリプト

DESC(デスク)スクリプトとは、意見の対立をうまく処理し、解決するための建設的な取り組みを行う方法で、最終的には合意を目標としたプロセスの頭文字をとったものです。

出典:『チームSTEPPS 2.0 ポケットガイド(日本語版14.1版)』(訳・編集:国立保健医療科学院)P.28

前提として、両者にコンフリクトがあり、何かをきっかけに個人的な感情にまかせて衝突が発生した時の解決に有効です。例えば、X医師がミスをした看護師に人目もはばからず叱責し、それを見た同僚のY医師が医局に戻ってX医師に注意した際に両者にコンフリクトが生じ、Y医師がその解決を図ったとします。

<活用例>
Y医師:
人目もはばからず感情にまかせて看護師をオープンエリアで叱責するなんて。他のスタッフはもちろん、患者さんまで驚いていましたよ。…「Describe」
あんなものを見せられては、他のスタッフだってX先生に萎縮してしまってチーム医療に支障をきたすし、何より患者さんにも不安を与えてしまいます。…「Express」
せめてバックヤードに戻った上で教育的に指導すれば、X先生の信頼も上がると思いますし、皆が不安にならずに看護師の成長にもチームの雰囲気にも良い影響を与えるのではないかと思います。…「Suggest」「Consequence」

解決に導くためには、その場で同調して衝突し続けるのではなく、Y医師が医局に戻ってから落ち着いてX医師に話したように、(1)場所やタイミングを図り、(2)個人的な非難やどちらが正しいといった批評ではなく、何がチームにとっての最善かを冷静に投げかけるのが大切です。

最後に、チームSTEPPS導入と継続のポイントをお伝えします。

ケース編で登場したN病院の場合、課題ときっかけは既にそろっています。ここで重要なのがトップの決意です。トップが号令をかけ、導入の推進に揺るぎない決意と意欲をスタッフに示すことが求められるでしょう。

そして、無理なく続けるコツは、医師を中心に導入を展開していくことです。なぜなら、せっかくチームSTEPPSを導入しても、医師が参加しなければこれまで同様に医師のヒエラルキーによるコミュニケーションの問題は解決しないからです。例えば、各科の部長医師をインストラクターとしたり、また、コミュニケーション・態度に問題のある医師を院長や部長医師が指名してインストラクターに選任したりするのも方法のひとつかもしれません。

人材を選ぶ時代から、人材に選ばれる時代へ

今回は、職場のコミュニケーション課題を改善する、チームSTEPPSの代表的な“型”について紹介しました。チームSTEPPSは、医療安全を最終目的としたコミュニケーションツールのため、組織全体で取り組みやすい手法だと思います。また、体系化されたフレームワークから、リーダーシップやチーム作りの根本を学べます。

現代は「働き方改革」と言われるように、働き手が大切にされる時代です。これからは雇用形態や働き方、待遇といった制度面が整っているだけでなく、雰囲気や帰属することへの安心、やりがいが得られる職場かどうかが求められます。

医療機関も同様に、生産人口が減少していく中、働き手が職場を選ぶ風潮がより一層強まることでしょう。そこで選ばれない医療機関は人材確保が経営問題に発展し、淘汰されていきます。これを機に、今一度、職場環境について見直してみてはいかがでしょうか。


【チームSTEPPS の教材等の無償配布】
営利目的では使用しないなどの条件に同意のもと、以下のサイトからダウンロードしてご利用いただけます。
https://mdbj.co.jp/tsja/materials.php

【チームSTEPPSの資料等の活用について】
チームSTEPPSの資料等は、米国連邦政府が著作権を保持し、営利目的での利用は制限されています。また、日本国内での院外での利用については種田憲一郎氏(国立保健医療科学院)が正式な承諾を得て管理を委託されています。


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